第3話 斧の乙女:浄化
エリザベート様と旅に出るようになってもう十年、辺境の小さな村々を回り、大地母神の仇敵を討ってきたものの、私の力が足りないばかりに小さな事件ばかりを担当している。
辺境の小さな名もなき村の悲劇の救済者。ついた二つ名が『辺境の英雄』。でもそんな生き方も悪くないと思えるのは、エリザベート様と一緒だったからだ、と思う。
「あー! やっと着いたわね」
ゴトゴトとよく揺れる乗合馬車の硬い座面を降りて、エリザベート様が大きく伸びをする。
「お疲れさまでした」
「クレアもね」
エリザベート様は私に笑顔を向けてくださる。私もそれに応じて微笑む。エリザベート様はそこで小さなため息。
「でもね、我が家はたぶん大変なことになってると思うわ。なんせ三か月振りですものね」
私はあいまいに微笑んだままうなづく。
「とにかく、家に帰ったらお掃除して、それから三日は休むぞー!」
「そういたしましょうか」
エリザベート様の荷物を半分持って、我が家へと帰る。
乗合馬車の停留所からすぐのところに私たちの家はある。懐かしい我が家はいいとして、郵便受けが大変なことになっていた。
「きゃー、郵便受けがあふれてるわ!」
エリザベート様が茶化しながら一杯になった郵便受けを開く。ドサドサと落ちる信書を見て二人で笑う。沢山の信書を抱えてリビングに入る。
「これは私、これはクレアのね」
エリザベート様は声に出しながら信書の山を作る。
私は黙って自分の目の前にある信書を仕分けていった。その中の一つに司教様の封蝋のあるものがあった。今更ですか、と思いつつ、自分の信書の山に積んでおく。
「これでよし、っと。まだまだ辺境にはたくさんの問題がある、ってことだけがわかったわ」
辺境の英雄宛の信書が五十五通で一番多かった。私には七通、エリザベート様は二十通。おそらく中身はやはり辺境の英雄宛なのだろうと思いつつも一旦は私室で確認しましょう、ということになった。
私室に入り、司教様以外の六通を開ける。中身は全て村の近くに現れた野盗を倒して欲しい。すでに作物に被害が出ているという訴えだった。これは予想通り。
最後の一通もおそらく予想通りだろう。いったん深呼吸をしてから開ける。
司教様からの信書は斧の乙女への推薦状だった。斧の乙女は別名一人教会。一人で各地を回り、布教し、救済し、
名誉あることではあるけれども、それはエリザベート様との別れを意味する。
ため息を一つついてから返信をしたためようとペンを取る。
「あ……」
インクが乾いていてペンがだめになっていた。仕方がない、明日にしよう。
翌日、起きるともうエリザベート様は家にはいなかった。リビングに手紙が置いてあった。
『今日、クレアの誕生日のお祝いをします。なのでお買い物に行ってきますね』
「私の誕生日は再来月ですよ、エリザベート様。どちらかというとあなたの誕生日のほうが近いじゃないですか」
私の独り言は自分でもびっくりするくらい弾んだ声だった。そういえばここ数年、パーティなんてしたこともなかったな、とふと思う。
私も身だしなみを整えて買い物に行こう。そして一緒に誕生日を祝おう。
神殿から信書とともに届いた白銀の新しい法衣をまとい、旅の間に伸びていた髪を軽くまとめる。
まずはペンとインク、そこから、ね。
買い物から戻ってきてもエリザベート様はまだ帰っていなかった。買い物袋の一つをリビングの片隅に置き、私室に引っ込む。司教様への返信を書かなくては。
「ただいまー! クレアー、いるー⁉」
半分も書かないうちにエリザベート様が戻られた。引き出しに書きかけの手紙をしまい、リビングへ向かう。
「おかえりなさいませ、エリザベート様」
「お誕生日のお祝いするわね」
たくさんの食材を抱えたエリザベート様が極上の笑みを浮かべている。
「それはいいのですが、エリザベート様の誕生日のほうが近くありませんか?」
「んー、でも私はクレアのお誕生日を祝いたいの」
「なるほど。では私もエリザベート様のお誕生日をお祝いいたしましょう。まずは一緒に料理を」
「あの、ね……とても言いにくいんだけど……クレアはその……」
エリザベート様の困った顔を見て吹き出してしまう。
「知ってますよ、冗談です」
「んもう!」
エリザベート様はポカポカと私を叩く。その拳は小さく、柔らかい。
「では私はリビングの飾り付けをいたしますね」
置いておいた買い物袋からオーナメントを取り出す。
「あら、素敵ね。じゃ、お願いするわ」
エリザベート様はキッチンへと向かわれた。私は部屋を飾り付けていく。
おいしい食事と酒が、旅の疲れとともに私の体を溶かしていく。生あくびを噛み殺していたが耐えられず、つい大きなあくびをしてしまった。
「あら、珍しい。クレア、もう眠いの?」
「そう……ですね……」
「じゃあ、危ないからお風呂は明日起きてからにしなさいな」
エリザベート様の声が遠くに聞こえる。穏やかな、優し気な。
「はい」
なんとか返事を返し、ふらふらと私室に戻ろうとする。
「危ないわ! ほら、肩につかまって」
恐れ多くもエリザベート様の肩をお借りして……なんとか……ベッドに転がり込む。
「ふふ、お休みなさい」
白い部屋に私は立っていた。
目の前には撃滅の女神の法衣を着たエリザベート様が立っていらっしゃる。
ああ、これは夢だ。エリザベート様が戯れでもそんなことをするわけがない。
夢ならば、いつも想っている言葉を。
誕生日の祝いの言葉として。
捧げても、いいかな。
「シシィ。私を受け入れてくれて、ありがとう。あなたのために、我が斧を捧げます」
こんなに醜い情熱が
『愛』なんて綺麗な言葉に
当てはまるわけがない
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