第2話 慈愛の司祭:渇望
どこまでも白い部屋。そこに私は囚われている。
大地母神はあまねく生命に対する慈愛を持つ女神。
私、シシィはその大地母神の司祭を拝命しています。
我が信徒が穢されたという報告を受け、配下のクレアとともに地方の小さな神殿に逗留しております。
そしてクレアは今仇敵を討つために出撃し、その身を危険にさらしています。
私は白い牢獄に囚われたまま、神殿の祭壇に祈りを捧げるしかできないのです。
祈りを捧げ続けてどれほど経ったのでしょうか?
神殿の扉がノックされ、滑り込むように彼女が戻ってきました。
鉄、そして鼻腔を突く血の匂い。その慈愛とは正反対の匂いに、なぜか安堵を覚える自分がいるのです。
「エリザベート様、只今戻りました」
「お疲れ様、クレア」
ひざまずくクレアと視点を合わせるため、私も彼女の前でひざまずきます。
「私は斧の乙女たらんとする騎士神官です。司祭様がそのような」
「そうかもしれませんけど、それ以前にあなたは私の大切な友人ですわ」
短く刈り込まれた金髪は、戦うための衣装だと彼女は誇らしげに笑っていましたが、そうあらねばならぬという生きざまは私の心を
手にしたハンカチでそっと彼女の戦化粧を拭いさります。その頬を彩る装いは、彼女が私の代わりに犯した罪の痕。
本来ならばハンカチなどではなく、私の手で、唇で分かち合うべきものなのに。立場がそれを許しません。
「そ、そのような!」
クレアに触れられた喜びから微笑んでいると、彼女は慌てて私の手から逃れようとします。かわいい人、このままずっと私の手の中にいてもいいのに、とより一層笑みが深くなるのを感じてしまいます。
「怪我などないですね?」
「はい。あのような
クレアはことあるごとに斧の乙女という言葉を持ち出します。彼女の
澄んだ碧の瞳が私を映し出しているのが見えました。その瞳は
「クレア、もう少し柔らかくお話できませんか? それに私のことはシシィと」
クレアは慌てて引き下がり、私の手から逃れようとします。あ、っと思った時には頭を下げてしまい、表情が見えなくなりました。
「ご容赦くださいませ。とても恐れ多くてそんな……」
「私も、あなたも、人間なのですよ?」
「エリザベート様が人間であらせられるのであれば、私などそこらの埃でございます」
「んもう……私の大切な人をそんなに貶さないで」
この時の私の表情を見られなくてよかった、と思う。彼女の崇拝に近い感情の発露を見ると、どうしても私のゆがんだ心が表にでてしまう。
あなたが埃であるならば、その埃に守られる私はいったい何なのかしら? という意地の悪い問いが浮かんでしまいます。
心を落ち着かせるために小さく深呼吸。いつもの表情を、取り繕った硬い司祭という仮面を取り戻します。
「なかなか生き方は、変えられないわよね」
クレアが顔を上げ、私と視線を合わせてきました。その真摯な瞳に私の心が震えます。
「これ以外の生き方を私は知りませぬ。大地の仇敵を滅する、ただそれだけです」
「もう少し、女の子らしい生き方をしたほうがいいと思うんだけどな」
ちょっとした悪戯心。左手を腰に、右手の人差し指でクレアの鼻をつつきます。
クレアは目を見開いてその指先を見て固まっています。細かく瞳が震えていて困惑しているさまが見えますね。こういう時のクレアは歳相応のかわいい女性になるなあとのんびりと見ていたら、目が細められ、元の硬い表情に戻ってしまいました。
また斧の乙女のこととか考えているのかしら。本当に困った人。
「どうかなされましたか?」
「いいえ」
私は首を左右に振り、うつむく。
私やクレアが神の道を選ばずに出会っていたら、きっともっと親しく……いや、神の道を選んだからこそ出会えた彼女ですもの。ため息とともに感傷を吐き出します。
「出会いが違ったのなら……いいえ、たられば、は
クレアが私に近づく気配がします。彼女から触れてほしい。あさましくも私は期待に震え、待っていました。何も起こらない。顔を上げ、彼女を見ます。
クレアは唇をかみしめ、ぎゅっと握った自らの右拳をにらみつけていました。
「クレア?」
「はい、何でございましょう?」
呼びかけると彼女は拳を下ろし、私をじっと見つめます。何もかもを見通すかのようなその瞳。
本心を知られぬよう、仮面をかぶり、言葉をつなげることでごまかそうとする、浅ましい私。
「いつも、私のために……その、汚れ仕事を」
「いいえ。エリザベート様の役に立つこと、それこそが私の喜びでございますよ」
クレアの微笑は、よほど私より慈愛に満ちていて、どちらが大地母神の司祭かわからないほど。
彼女は自ら斧の乙女の道を選んだと言うでしょう。
でも、それは違う。
私は彼女を繋ぎとめる鎖。任務ある限り、彼女は私に付き従わなければなりません。私が彼女を求める限り、彼女は仇敵を滅し続けなければならないのです。
そう、私は、私の心が、嫌いだ。
こんなに醜い執着が
『愛』なんて綺麗な言葉に
当てはまるわけがない
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