第2話 呪われた身と生きてきた

 鼻をつく獣臭の中、思えば最初の戦闘から違和感はあった。


 さっそく遭遇した〈ホーンラビット〉をステラは軽く倒した。それなのに、生臭い返り血とともに衣類には破れがあり。次に現れた〈グリーンスライム〉も酸の刺激臭を残して難なく撃退。だが、衣類には穴があき、心なしか防具も傷んで見える。


「着替えを出してくれ」


 頬の汚れを拭うステラの要望に応え、タンスを下ろす。そりゃあ、まあ、ハレンチな露出具合では目のやり場に困ります。

 ここまでで4戦・7体討伐。普通ならこのくらいで着替えなんてしない。


 桐の清々しい香りがほんのり移った服を手渡し、少し低い私の布目隠しで彼女は身支度をしてもらう。こういう茂みもない場所では、ソロのとき一体どうしていたのだろう?


 野営場所を決めて落ち着くころには、計3度の着替えを済ませていた。


「あなたのマジックバッグはすごいな」

 追加のたきぎを私の横に置くなり、ステラがこぼした。


「形状が特殊なだけで、機能は他の人のものと変わりないですよ」

 爆ぜる焚き火を枝でつつきながら、たぶん、と心の中で付け加える。


「魔物の攻撃を受けても傷1つ無いこと、私が気付いていないとでも?」

 隣りに腰を下ろしたステラの鋭い指摘にドキリとする。


 実はこのタンス、結界で覆われているお蔭かとんでもなく頑丈なのだ。いざとなれば武器代わりに振り回せるし、実際、そうして難を逃れたこともある。今日も咄嗟に盾扱いしたところを見られたらしい。


「そんなことより、ステラさんですよ! 次から次に出てくる魔物を、私を気に掛けながらバッサバッサ倒しちゃってスゴイです!」

「このくらい出来なくちゃ、長年ソロ冒険者なんてやってられないさ」


 得意げに言ってのけたあと、打って変わってステラは自嘲気味に続ける。


「……呆れたろう。ああいう、物持ちが悪くなる呪いにかかってるんだ。出費がバカにならなくて、だから誰にもパーティを組んでもらえなくなって、仕方なくソロで冒険者稼業をやってるわけさ」


 ソロで活動しているにしては随分と軽装だと思ったら、少しでも出費を抑える為だったらしい。それでも、さすがに胸当てと小手だけというのは……いや、服のほうが安価に買いそろえられるのは分かる。けれど、せめて腰までカバーできる胴鎧くらい着てほしい。


 預けられた衣類や防具には、どれも修繕した跡があった。それが苦労と努力の証なのは、昼間のステラを見た者ならば分かるはずだ。それでも離れたのなら、それまでの相手だったということ。


 異世界転移前の自分を見ているようで、ふつふつと沸くものがある。報われない努力なんて、あってたまるものか。


「女の子だもの、オシャレしたっていいじゃない!」

 立ち上がり、唐突に叫んだ私にステラが目を点にする。


「ステラさん。いいえ、ステラ! あなたと出会うのは運命だったのよ」


 言い放つが早いか、タンスから桶と石けん、それから汚れた分の防具類を取り出した。川にさらして大まかに汚れを取ったあと、次々に石けんでもみ洗いしていく。


「あの、キリコ。いったい何を?」

「いいからいいから。ステラは残りのスープでも飲んでて」


 衣類は軽く絞り、防具は手ぬぐいで拭く。そしてタンスの中段にしまい直した。

 タンスに手をかざしてスキルを念じる。


 ――〈タンスの肥やし+2〉、有効。


 緑色に淡く光るのを確認して、不安げなステラに向き直る。


「あとは明日のお楽しみです!」


 そうして胸を叩いた翌朝、「こちらをご確認ください」と取り出した防具類を見て、ステラが目をシロクロさせた。


「うそ……ボロが綺麗になってる!?」


 洗っても取り切れなかった返り血や泥汚れは欠片もなく、溶けたり破れたりした部分も元通り。あそこまで酷い有様のものは初めてだから心配したけれど、一晩でも大丈夫だったようだ。さすがはスキル+2の性能。


「いったい何をどうしたら破れや繕い跡まで無くなるんだ!」

「そういう変わったスキルがありまして」


 満面の笑みで答える。


 本来は『長らくしまい込むこと』を意味するだけの〈タンスの肥やし〉だが、この世界では『収納した物を時間経過で修繕、頑丈にする』というトンデモ有用スキルだった。合わせて持っている〈タンス貯金〉も、『持ち運び歩数により金銭が増える』なんて夢のスキルとなっている。


「肥やし発動中は重くて背負えなくなるし、貯金は借金じゃない自分のお金に限られますけどね」

「詳しく聞きたいところだが……とにかく、ありがとう! とても助かる」


 私の手を取り、力強く振る。

 いつかの私の苦労を少しでも労えたなら、それで満足だ。


 森に入ってからのステラは活き活きしていた。初日より派手に汚れ、破れ、溶かされているが、明らかに動きはキレッキレなのだ。


 〈ゴブリン〉の群れに遭遇したときは、一足で懐に飛び込んだかと思った次の瞬間には首が2つ宙を舞っていた。


「ゲギャギャ!」

「遅い。遅い、遅い!」


 返す一閃で3体目を仕留める。悪役もかくやという高笑いでヘイトをかせぎながら、向かってくるゴブリンにロングソードを振るい続けた。私を狙う個体にはつぶてを見舞い、ひるんだ隙を突いてまわる。


 私はといえば、ほぼ一歩も動いていない。銅1級と銀2級、それもソロ冒険者とじゃこんなに差があるのか。


 危険が去ったとき、ステラの服は返り血がしたたるほどだった。


「キリコ、着替えを頼む」

「はい!」


 始終こんな調子で着替えの回数が増えている。それなのに、2日はかかると予定していた道のりを1日で踏破してしまった。多く見積もったにしても、とんだ快進撃だ。


「ところで、泉へはどうして?」

 着替え後の小休止で素朴な疑問を投げかける。


「目的か? オルカの泉には解呪の言い伝えがあってね」

「解呪……もしかして!」

「そう。この呪いを解けるかもしれないと思ったんだ」


 となれば、報酬もああなるか。女性ポーターを募集したのは着替えが多いからだし、たくさん運べるとなれば更に人選は限られただろう。


「さあ、泉まではもう少しのはずだ。着いたらそこで野営といこう」

「了解!」



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