2 黒南風と白南風

 六波羅探題を辞した二人の陰の者は、日頃都ではねぐらにしている洛中西九条の廃寺にいた。まだ雨は止んでいない。霙交じりの冷たい雨だ。

 ここはかつて桓武帝によって都が創建された折、東寺と並んで置かれたという西寺の塔頭跡である。西寺は百年も前に火事で失われた後再建されず、荒れるに任されていた。廃寺と言うより廃屋と言ってよく。本尊などもすでに失われ、かろうじて半壊した蓮華台座のみが、ここがかつて寺であった名残をとどめていた。屋根も抜け壁も朽ちて、かろうじて雨風しのげる程度の部分が残っているが、それもいつ崩れるかわからない。

 二人はその下で小さな火を熾して鍋を架けていた。鍋の中は野菜と茸、川魚。塩と酒を加えていい出汁が出ている。忍びである兄弟は酒を飲まないが、黒南風は好んで料理に加えた。時折、においに吊られて寄ってくる野犬を、兄弟はそちらには目も向けず石つぶてで追い払う。

「兄者、かなり入ってるぞ」

 先程探題で受け取ったばかりの金袋を覗き込んで、弟の白南風が思わず無邪気な声を上げた。宋銭だけでなく、銀の小粒もいくつか混じっている。探題時益は随分奮発したようだった。

 この西寺跡周辺、西九条あたりは洛中とは言え南縁で、都の外れといってもいい場所だったが、六波羅同様、栄華を誇った平氏一門の壮麗な屋敷が軒を連ねていたと言われる。寿永二年(一一八三)夏、木曽路を攻め上ってきた源義仲に追われた平氏が都落ちする際に、自らの手で焼き払い、以来百年以上にわたって荒れるに任せて放置されていた。とても家とも言えぬような板囲いが、あちらこちらに点在し、それぞれに明かりや人の気配もするのだが、すべて夜盗や乞食の類いで、役人なども見て見ぬふり、まず堅気の都人は怖がって近づいてこない。忍びには好都合な場所だった。


「兄者、やっぱり気になるか、……八瀬童子」

 白南風は忍び道具の手入れをしながら兄に問う。この時代忍びの用いる道具は、至って簡易かつ小型なもので、大体はその場その場で調達するのだが、兄弟は研究熱心で、他の忍びには想像もつかないような用具を開発し、実際に使用していた。今白南風が手にして巻き上げているのも、麻縄に細い鋼を巻き込んで強度を上げたものだった。……黒南風は鍋の中の具をかき混ぜながら、黙って弟の話を聞いている。


 最後の最後に探題北条時益が告げた「八瀬童子」とは、洛北、比叡山の西の麓、八瀬の里に古くから住まう者達である。平安の昔より天皇家に関わる雑事一般を引き受けることを生業としていたが、表向きの雑事だけでなく、裏向きの仕事も担当していた。つまり兄弟と同じ「陰の者」としての役割を、天皇家のために果たしていたのである。歴代の天皇すべてが常時八瀬童子を使っていたわけではないが、大覚寺統の後醍醐帝は即位前から彼らを重用していたとの噂はあった。

 黒南風・白南風兄弟は、八瀬の里からさほど遠くない鞍馬で修行した、鞍馬流の陰の者だったので、八瀬童子は意識せざるを得ない存在だった。ただ八瀬の者達は、身分は低くとも天皇家直属ということで気位が高く、他とは一切交わろうとしないので、交流はほぼなかったと言っていい。――何もわからぬだけ不気味な存在だった。

「しかし八瀬の者達、主である後醍醐帝が幕府に囚われて配流されるのをみすみす見逃すとは、何をしておったのだ」

 白南風の疑問は最もだったが、黒南風には心当たりがあった。

「それはな、幕府が後醍醐帝を隠岐へ追放した後、代わりに即位した光厳帝。これもれっきとした天皇家の御血筋じゃ。つまり八瀬の者から見れば主筋に変わりない。後醍醐帝ばかりに肩入れするわけにもいかぬだろうが」

「確かにそれは理屈じゃが、光厳帝の持明院統は、後醍醐帝の大覚寺統のようには陰の者を重用しておらぬと聞くぞ」

 弟がいつの間にか皇室の内情まで詳しくなっているのに内心で感心しつつ、黒南風は続ける。

「それはそうじゃ。特に後醍醐帝は八瀬を重用していたらしいからの。奴らも命を懸けるなら後醍醐帝の為であろう。……しかしな、八瀬の者は帝の身に危険が及ばぬ以上、帝からの指示がない限り手を出せぬのよ。此度のこと、帝にとって窮地には違いなかろうが、これを乗り切るのはやはり表の力でなくてはならん。陰の者の力を頼むようではこの国を統べることなどできないと、帝はお考えなのだ」

「つまり、ここまで八瀬童子の出番がないということは、帝はまだ諦めてはおられぬということか?」

「そうよ。まだ各地には鎌倉に抵抗する武士は多いし、ひょっとして、さらに大物が後醍醐帝を担いで、天下に号令しようと狙っているかもしれん」


「……兄者は、六波羅忍びなどはでなく、まるで先帝の味方のような口ぶりじゃの」

 白南風はそう言ったが、本気ではない。この兄弟はどこか醒めたところがあり、祖父の代から仕える六波羅探題に対しても、忠誠心からというより、契約のように考えている節があった。そのため抜群の技量を認められながら、他の仲間からは浮いた存在で、任務に際して兄弟以外の者と組めないのだった。

 通常は六波羅忍びの頭領である犬丸太夫を通じて、後日渡されるはずの金子を、わざわざ探題自ら彼らに先渡しして命令したのも、そうした事情を承知した上である。先帝と八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを巡って、八瀬童子とぶつかる可能性があるこの任務を果たせるのは、六波羅忍びの中でもこの兄弟以外はないと考えたからである。頭領にしてみればこうした身勝手な部下の存在は面白いはずもなく、役目の中で死んでくれればと願っていることは間違いなかった。――それがわかっていても、歯牙にもかけない兄弟なのだった。白南風がつぶやく。

「ただ、この度の儂らの仕事、先帝から神器を奪おうとすれば、やはり八瀬童子と戦うことになるのだろうなあ、兄者」

 それはそれで、どこか楽しんでいるような白南風である。ここ数年さらに腕を上げた彼は、より手ごわい相手と技を競いたくてたまらないのだ。


「かもしれぬ。しかし儂が気になるのはもうひとつ……」

 黒南風がつぶやくと、白南風がすぐ反応する。

「時益様のあのひと言じゃろう、――『いかなる手段を用いても』。……兄者、あれはいかんよなあ……」

 兄は沈黙をもって弟の言を肯定した。六波羅探題北条時益は、神器を取り戻すにあたって、言外に隠岐で先帝をしいし奉ることを示唆したのである。

「畏れ多くも、主上を害することを示唆するとは。しかもはっきりとは言わず、われら忍びに責任を負わせるような……あれが探題、いや幕府の考えなら、わしはついていけん。兄者はどうする気だ?」

 白南風はかなり腹を立てている。


 日本人にとって帝とは特別な存在である。即位前ならまだしも正式に即位した天皇を殺害することは、奈良時代以降の日本の歴史にはない。明治以降の神格化は極端だが、それ以前でもやはり他の者とは全く違う特別な存在であった。そしてその意識は下層階級ほど強く、逆に権力の中枢にいる者ほど薄くなりがちな傾向にあった。天皇は藤原摂関家や将軍家、北条得宗家などにとって、自分の権力のために利用する存在だったからである。裏社会に生きる隠の者である忍びは間違いなく前者だった。白南風が憤るのも当然だった。しかし黒南風は静かに言う。 

「我らは六波羅忍びぞ。命には背けぬ」

「しかし、それでは――」

思わず声が大きくなる弟を兄は制した。

「考えがある。……案ずるな」

 黒南風と白南風は二歳違い。忍びの業は弟が勝ると黒南風は認めている。しかしこうしたとき、よい知恵を出して状況を打開するのは常に兄の黒南風だった。だから白南風は兄に頭が上がらない。

「さて、明日は一日都で下準備じゃ。隠岐への出立は明後日の夜明け前になるかな。忙しくなるぞ。今はこれを食うて少し寝ておこう。……冷えてきたな、朝には雪になるやもしれん」

 黒南風が鍋から椀によそったものを差し出すと、白南風は黙って受け取りガツガツと食べ始めた。この姿は子どもの頃と少しも変わらんな。そう思って黒南風は少し笑うと自分も食べ始める。


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