第35話 獏神の力

 宿に入るなり、ヘリットは皆に囲まれた。


「で、わかったの? 自分の力」


 シュリンがヘリットに詰め寄る。王都の閉鎖が破れるまでに、魔族を滅ぼす方法を編み出しておかなければならない。命がけで『葬られた記憶の館』を探したのも、獏家の真の力をヘリットに見つけ出して欲しかったからだ。

 彼らは疲労困憊であったが、これはすぐに聞いておきたいことだった。

 無言でうつむくヘリットを見ていた皆の表情が曇る。


「やっぱりわからなかったのか」


 腕組みをしてミホスが天を仰ぐ。こうなれば残った村の人々を組織して軍を作り魔族と戦うしかないとまで彼は考えている。だが、際限なくため込まれた魔をすべて殲滅できるかというと、正直その可能性はかなり低いと考えている。

 今までの努力は無駄だったのか。絶望感で満たされる部屋の空気に耐えかねたのか獏男が声を上げる。


「わからなかった訳ではないんです、ただ……」

「止めろ」

 

 いつにないヘリットの鋭い声に皆が息をのむ。


「でも……」

 

 ヘリットの方をチラリと見て獏男が口をとがらす。


「みんなにちゃんと言っておかないといけないんじゃないですか。僕らに期待されても困るってことを」

「なんだあああっ獏男、その投げやりな言い方はぁっ」

 

 ミホスは獏男の胸ぐらを掴んで引っ張り上げる。


「お前たちが役立たずってことは初っ端からわかってたんだ。でも、何か取り柄がないかって一縷の望みを持って俺たちは命をかけて葬られた記憶の館を探したんだぞっ」

「うわあああっ、神様ですよ、僕、神様っ」

「うるさい、見習いの癖して威張るなっ」


 ミホスの締め付けがますますひどくなり、獏男は泣きわめく。

 見かねてヘリットがミホスの手を押さえる。


「すまなかった。きちんと話すよ。だからこいつを下ろしてやってくれ」


 ミホスはしぶしぶ獏男をおろした。喉をさすりながら獏男は依り代であるヘリットの影にそそくさと隠れる。情けなさすぎて、どちらが守護精霊かわからない……。


「落ち着いて、ミホス。こみ入った話になりそうだ、まずは座ろう」


 マイヤの提案に全員が、食堂の丸テーブルに腰を下ろした。彼らの前には宿の主人が気を利かせて出してくれたお茶が湯気を立てている。


「さ、教えてヘリット。どうなの? なぜあなたの力は役に立たないの? だって、あなたを見た魔族はみんな慌てて逃げていったんでしょう」


 ヘリットはうなずいて、決心するように大きく息をした。


「獏の力は大きいがゆえに、君たちのように部分的に使いこなせる力ではないんだ。一度発動してしまうと、現われた魔は消えるが……」

 

 魔が消える。まさに望んでいた結果ではないか。ざわめきがテーブルに広がる。


「で、どうなるんだ? 魔が消えてから」

 

 口ごもるヘリットに、丸テーブルに乗りだしたミホスがたずねた。


「今度は、聖獣家当主以外の者たちが正気を失ってすべて魔になってしまう。この世は獣の時代に後戻りだ。獏の術では世の中の『魔』の量は変わらない。消せばそれだけ別な場所に移行するということさ」

  

 ヘリットの言葉に皆は言葉を失う。


「道理で都陥落というあの危急存亡の時でさえ、ヘリットのお父上が術を使われなかった理由はそれだ」


 マイヤはあのときの事を思い出す。魔族が押し寄せる王都、様々な場所から火の手が上がる。王宮の屋上から、獏家の当主はその阿鼻叫喚の市街を唇を結んで、ただ眺めていた。


「ヘリット、獏は何を喰うんだ? 失われた記憶の館で私が見た本には、その後、欲望に捕らわれて魔に変化した人々を解放するには獏が何かを食べればいい、と書いてあったが」


 だが、マイヤの疑問にヘリットは首をかしげる。


「獏家は代々悪い夢を喰う、と巷では言われているが、実はそんな能力は無い。僕らが使えるのは心に橋を渡して、眠った相手と交信する夢語りの術と眠った相手の場所に実体も移動する夢渡りの術だ。何かを喰う術っていうのは――あるのかもしれないが、本にも載っていなかったし、父上からも聞いていない」


 皆、言葉を失う。絶望のとばりが彼らを包んでいた。


「ガガッガー、ダダッダーンン、ツテツテツテツテ、ダダッダーンン」

 

 突然沈黙を破るようにライカの唄が始まる。

「うるさいっ、だま――」

「いいじゃないミホス、他にお客もいないし、人里離れた一軒家ですもの。音楽ってこういうためにあるんでしょ。絶望のどん底、希望の欠片もないような気分から、なけなしの勇気を奮い立たせるために。まずは生きて帰れたお祝いをしましょうよ」

「シュリン、わかってるねえ」

 

 ライカは勢いよく龍の姿に変身すると、鱗で髭を弾いて震わせる。

 葬られた記憶の館で新たに得た閃きはライカを進化させていた。彼の演奏は辺りに色とりどりの音色をまき散らす。

 今日の音は独りよがりの騒音では無く、心の弦をかき鳴らすような熱い曲だった。


「わかった、ヘリット。よく伝えてくれたな」

 

 ミホスがヘリットの肩を叩く。


「お前は一人じゃない。筆頭聖獣家の重荷を背負うな、一緒に戦おうぜ」


 ライカの曲に合わせて、ひとりでに手拍子が湧き上がる。足で拍子を取るものもいる。ライカの作曲した曲に皆が心を合わせるのは、これが初めてだった。そしてライカも、今までよりも人の気持ちを良くさせるように演奏を変えているように思われた。


「ええい、もうやけくそだああ」

 

 ミホスが踊り始めた。そのあまりの下手くそさに、皆は笑い転げる。

 夕食を運んできた宿の亭主も笑いが止まらず、手に持った鍋の中のスープが大波のように揺れた。

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