第24話 目覚め

 ライカの扉が見えた頃には、爆音が三人の耳を打ちのめしていた。


「起こして、連れてくればいいんですね?」


 マイヤは耳を塞ぐこともせずさっさと扉の方に歩いて行く。半開きの扉から身体を滑り込ませると、しばらくして夜着の前をはだけて眠そうに目をこすっているライカを連れて出てきた。


「すごいですね、この耳障りな音を聞いて頭がこなごなに割れるような気がしませんでしたか?」


 マイヤは獏男ににっこりと笑いかける。


「ライカとは幼い頃から一緒で、この爆音には身体が慣れていますから」

「失礼な奴らだな、なぜ『演奏』と言えないんだ」


 ぼりぼりと胸やボサボサの髪を掻きながらライカが顔をしかめる。


「これ以上の人数をつれて夢渡りはできません。マイヤの本体には目覚めていただいて、次にライカをつれてシュリンの所に行きましょう」


 獏男はそういうとマイヤの頭に手を当てる。その瞬間、橋の上からマイヤは消えた。


「今頃ベッドの上で目を開けておられるでしょう」


 夢を使った術の場合、術を掛けられた方は夢の中の記憶は覚えていないか、覚えていてもおぼろげである事が多く、すぐ忘れてしまう。ヘリットとのいきさつをマイヤはきっと忘れてしまっていることだろう。


「やっぱ問い詰めておくべきだったかな」


 ヘリットはあの時のただならぬマイヤの様子を思い出す。

彼は聖獣家の面々を覚醒させる前に、マイヤとの間に波風を立てるのは得策ではないと考え、あえて何も聞かなかった。

 だが、あの得体の知れない少女の存在が今後マイヤに何を起こすのか、嫌な予感にヘリットは顔を曇らせる。彼は絞められそうになった首にそっと手をやった。



 鋭い棘のある植物で覆われたシュリンのピンクの扉の前で、ライカの演奏が始まった。

 始まった直後。


「う、うるさいわねっ」


 激しい勢いで扉が開くと、跳ねた髪をなでつけながらシュリンが現われた。

開いた瞬間から扉にびっしりと生えていた棘植物は姿を消し、可愛いリボンの付いた桃色の扉に戻っている。


「お嬢様、お目覚めの時間でございます」


 まるで舞台のように、気取った様子でライカが胸に手をやって腰をかがめた。


「ライカ、いいこと、一角獣家ではいつも繊細なガラスのベルで目覚めの時を知らせるの。瓦礫を引っ掻きあわせたような無粋な騒音やめてくださるかしら。耳が壊れるわ」

「起こしてやったのに、ひどい言われようだな」

 

 鼻息荒く頬を膨らませるライカ。不機嫌になってまた音を奏で始めるまえに、彼は獏男によって急いで目覚めさせられた。


「あら、ヘリット、それに獏ちゃん。一体どうしたの?」


 シュリンはやっと二人に気がついたようで目をぱちくりしている。

 良かった。泥酔していてベッドの上のことは覚えていないようだ。ヘリットは胸をなで下ろす。


「実はあの女城主は魔族だったんだ。みな毒酒にやられて眠りの世界に捕らわれてしまって、今一人ずつ起こして回っている所なんだ」

「へえ、獏家もたまには役に立つのね」

「で、シュリン、次は君にお願いしないといけない。毒酒で眠りから覚めないミホスを起こして欲しいんだ。僕らでは炎の扉に近づけない。これは君にしかできないことなんだ」

「ええ――っ、むさ苦しい男って苦手なのよね。特に寝覚めは脂ぎってそうで……」


 毒のある言葉を吐いてシュリンが眉をひそめる。でも、そういいながらもやるのがシュリンのまだ許せるところだ。


「あんたは結婚しても、朝は自分で起きてきそうだったから良かったけど――」


 ちらりとシュリンはヘリットを見る。


「っていうか、あんたは、私が目覚めたら居なくなっていそうで怖いわ」

「君はとても魅力のある人だけど、僕たちは夫婦には向いていないんだよ」


 ヘリットとしては最大限の褒め言葉であったつもりだが、シュリンの耳には留まらなかった様子で、彼女はすでに紅い編み上げ靴をカツカツと鳴らしてミホスの扉に向かっていた。


「火傷に気をつけてくださいね――」


 獏男が心配そうに声をかける。

 シュリンはチラリと後ろを向くと、片眼をつぶって見せた。


「可愛いですねえ」


 両手を胸の前に組んで獏男が感に堪えない様子でつぶやく。ヘリットはしらん顔をするが、心の奥底では獏男に共感する自分がいた。『シュリンが一角獣家を離れるために、自分は利用されているだけだ』『彼女とは性格が違いすぎる、結婚してもうまくいかない』と、わかっていても、この最近急に芽生えてきた抑え付けても湧き上がってくる困った感情にヘリットはため息をついた。


 一方、紅い橋を渡りできるだけミホスの部屋に近づいたシュリンは、扉に向かって声をかける。


「ねえ、ミホス」


 決して大きな声ではない。むしろ子供をあやすようなささやき声に近い。

 だが。

 いきなり扉の隙間から吹き出している炎が止み、ピタリと熱風が止まった。

 熱風が止んだため、扉の前まで行ったシュリンはドアに顔を付けてさらに優しく声をかける。


「ミホス、お目覚めの時間よ」


 ぶしゅううううううっ。

 いきなり鼻息にも似た風が扉の隙間から勢いよく吹き出した。

 扉の中からどったんばったん、何か物音がしている。

 何が起っているんだ? 顔を見合わせて、獏男とヘリットも扉の前に向かう。

 と、いきなり扉が開いて寝癖の激しく付いたぼさぼさ髪のまま正装したミホスがあらわれた。レディの前では礼をわきまえるのが獅子王家の伝統という訳か。

 しかし慌てて着たのか、残念ながら燕尾服はくしゃくしゃで、ズボンからは入れ損ねたシャツがはみ出ている。


「おはよう。よく眠れた?」


 シュリンの笑みにミホスの顔が真っ赤になる。しかし、後ろに二人が居るのを見てたちまち彼は不機嫌な顔になった。


「なんだ、お前ら」

「わかりやすい人ですね。さあ、帰りますよ」


 これ以上の長居は無用とばかり、獏男はミホスの頭に手を触れた。


「この橋は焼けてますから危ないです。シュリンちゃんは僕と渡りましょうねえ」


 獏男はちゃっかりシュリンの手を取って橋を渡り始めた。

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