第14話 それでも・・・

「肉、肉、肉が食べたい。」

彼女は呪詛の様に呟いた。手元にあるのは野菜と麦を似たリゾットだ。彼女はスプーンを握り締め、ぐるぐるとリゾットをかき混ぜた。小さく刻んだ野菜の中にやはりこま切れの様な肉片を期待したが、勿論最初から入っていないものは出て来ない。

「何でよー。あんなに沢山お肉の塊落としたじゃない。ドラゴンステーキ食べたい、食べたいの、エイシャ。」

「はいはい。それ、いらないなら、私食べるけど?」

「い、いらないとは言ってないでしょ。勿論食べるわよ。」

 天災の様な災害から2週間。学院はまだ機能不全のままだった。再開の見通しのつかない中、近隣の者は実家に帰ったりしているが、遠方ではそうそう生き来も出来ない。

 廃墟の様な学院の中でもマシな寮が整えられ、帰る事の出来ない生徒達が生活している。

食事も生徒会達で交代で行う為、なかなかにリスキーだ。

たまに、食べ物では無くなったものが出てくる事もある。

リズ自身も得意とは言えないので、他人の事は責められないのだが、やはり美味しいものが食べたいのだ。

「男子寮の方がもっと悲惨でしょ。食べれる物があるだけ、マシと思わなきゃ。」

「それがそうでもないみたいですよー。」

 隣に座っていた年下の少女が周りを気にしながら声を潜めた。淡い茶色の髪を肩口で切り揃えた可愛い少女だ。

「え?どういう事なの、アリサ。」

「料理の得意な子が居て、その子がいつも作ってくれてるそうで、寮のご飯より美味しいって兄さんが言ってました。」

「いいなー。こっちも誰か専属で作らないかなー。」

「花嫁修業だと思えばいいじゃない。」

暗にエイシャに作ってほしいと仄めかすリズに、エイシャが先手を打つ。

「好きな人を射止めたいなら、胃袋を掴むのが一番って言うでしょ。」

「そうですよねー。私が好きな人も、料理が上手な人が好きって言ってるみたいですし、頑張らないと。」

「わお、アリサ。好きな人いるんだ。」

「へへ。片思いでけどね。そういうリズさんって好きな人いるんですか?」

矛先が自分に向いた途端、心臓が跳ね上がった。

リズは耳迄赤く染め、ワタワタと両手を振った。

「す、好きな人なんて、い、いないわよ。」

「リズには領地に許婚がいるもの。ね、リズ。」

「えー、そうなんですか?」

 他人の恋バナ程楽しいものは無い。アリサはキラキラした瞳でリズを見つめた。

「ち、違うわよ。幼馴染で、腐れ縁ってだけ。べ、別にあいつは許婚とか、そんなんじゃないわよ。」

「でも、ご両親は彼に後を継がせるつもりじゃない。本人もそのつもりだし。昔から自分の家みたいに入り浸ってるし、今更でしょ。」

「そ、それはそうなんだけど。」

「既にご両親公認って事ですね。いいなー。ちなみにどんな人なんですか?許婚さんって?」

 「熱いっていう点では、リズとタメをはるかな。似た者同士だし、割とお似合いよ。」

「へええ?」

 不意に背後から男性の声がした。女子寮ではあってはならない声に、リズは小さく悲鳴を上げた。

「お前って許婚がいたのか。意外だな。」

アレクだった。

「そうか、お前、いいとこのお嬢様だもんな。別に意外でもないか。」

「な、なんであなたがこんなところにいるのよ!」

 最悪だ。一番聞かれたくない相手に一番聞かれたくない話を聞かれてしまった。

 そして、それ以上に、それを聞いたアレクの淡々とした態度が何故か心を傷付けた。

「ここは男子禁制のはずですけど。どうして普通に混ざっているのですか、アレクさん。」

「呼ばれたんだよ。何かコンロの魔道具が調子悪いらしくてさ。」

 俺は悪く無い、と言外に言って両手を広げ、肩を竦めてみせる。

「アレク先輩って、魔道具直すの得意ですものね。兄が言ってました。魔道具科の中でもアレク先輩は別格だって。あいつは魔道具に愛されてるって。」

誰が見ても憧憬の色を浮かべて、アリサは食い入るようにアレクを見上げていた。その頬がほんのり紅潮しているのは気の所為ではないだろう。 

リズの心はざわいついた。

エイシャは目を眇めて、咎める様にそんな友人を見つめていた。

「それを言うならマイクの方だろ。俺はお前の兄さんみたいにマニアックじゃないし、割とフツー?」

「あー、確かに。兄は先日も修理をお願いされたのに変な改良して怒られてましたねー。」

「そうなんだよな。魔灯の修理なのに、カラフルに色が点滅するヤツに作り変えてさ。ある意味天才なんだろうけど、修理屋には致命的に向かないんだよな。」

「それで、アレク先輩が呼ばれたんですね?あ、厨房ならあっちです。私、案内しますよ。」

 さっとアレクの腕に自分の腕を絡ませると引っ張るように食堂の奥へと案内する。小さく無い胸を腕に押し付けているように見えるのは気の所為だろうか。


「きゃー、あれ、本物のアレクさん?」

「間近でみると、一段とかっこいいね。」

「魔法も勉強もトップクラスだって。それで魔道具も直せるって凄いね。」

食事をしている女子生徒達がヒソヒソと話ながら顔を赤らめている。

そう、無駄にイケメンなのがいけないのだ。そして、顔だけが取り柄のイケメンでは無いのが更に悪い。

「リズ様、分かっているとは思いますが、貴方にはお立場があります。」

囁く様に、鋭くエイシャが釘を刺す。普段友人として接している彼女が敬語を使うのは、それが友人では無く主人に仕えるお目付役としての言動であるという事だ。炎の精霊に仕える一族、その族長の唯一の娘がリズだ。

「誰でも良い訳ではありません。ましてや、国を持たぬ流民など。」

「分かってる。だから、そんな言い方はしないで。」

 分かっている。そう、だからこの気持ちは気に入っている友達に向けたもの。それだけなのだ。

「アレクだって、好きで流民に生まれた訳じゃないし。誰だって生まれるところは選べないでしょ。」

「リズ様・・・。」

「そんな事より、今は学院生活を楽しみましょ。ええと、アオハルってやつ?」

「え、何それ。聞いた事ないけど?新しい造語なの?」

 口調も雰囲気も、友人のそれに変えて、エイシャは呆れた様にボヤいた。

 そう、青春は長い一生の中で瞬く程の時しか無い。未来を憂いて今を無駄にする事は無い。宝石の様な時を本当に宝石と出来るかどうかは、自分自身にかかっているのだから。







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