第13話 謎

「いってーーっ!あっ、うぉっ。やめて、やめて下さい!死ぬ程痛いんですけど。」

 一時的に救護室と化した第二屋内演習場に悲鳴が響き渡る。多くの負傷者に混じり、診察台代わりの長椅子の上に、アレクはほぼほぼ全裸でうつ伏せにさせられていた。

「こんなに傷だらけだったら、染みるのは当たり前でしょう。多分死なないから、静かにしてくれる?」

 幸い骨は折れていないが全身に火傷や裂傷、打撲だらけだ。

治療師の女性は患者の悲痛を聞き流し、傷口をグリグリと洗い流した。更に、投げやりな雰囲気でポーションをかけまくる。

「多分って、何?多分って?うぉっ、まじ死にます。いたい、痛いっ痛い。」

「回復魔法もだけど、ポーションも本人の治癒力を高めるものだからね。体が弱り過ぎてると、逆に生命力を削っちゃうのよ。」

「俺、めっちゃ弱ってます。そんなにかけたら死ぬ。うぉおおお。本気で死ぬー。」

「それだけ軽口叩けるなら、多分大丈夫でしょ。はい、今度は前ね。」

容赦無く診察台の上で仰向けになるよう転がすと、患者の文句を一切無視し、テキパキと治療を済ませた。

「はい、最後にこれ飲んで。3日間は安静にして勝手に出歩かないこと。熱が出ると思うから、辛くなったら、誰かに医務員を呼んでもらうこと。分かった?」

「はーい。」

 負傷者は次から次へと運ばれてくる。自分で動ける者は自力で場所を探して休めということらしい。

 治療中は死にそうだったが、ポーションのお陰でかなり傷口が治ってきている気がする。・・・多分。

エイシャとリズも気がかりだが重傷者の収容されている第三演習場に行く程の元気は残っていなかった。

演習場には、多くの生徒や職員が雑魚寝状態で休んでいた。比較的空いている場所を見つけ横になると、強烈な疲労感がおそってくる。それなのに、全身痛すぎて眠りに落ちる事が出来ない。

(まじで、これ、辛過ぎるな。)

 

 ワイバーンの上位個体は、あのブレスを吐いた後、急に飛び立っていった。他のワイバーンもそれに続き、襲撃は唐突に終わりを迎えた。

 理由は分からないが、危ないところだった。後一撃喰らっていたら、本当に死んでいただろう。リズも一命は取り留めたと聞いているし、エイシャはほぼ無傷だ。他の区画でも、軍でも犠牲者が多く出たという。そんな中、生き残った自分達は幸運だった。


「おい、聞いたか?帝都の結界が壊れたって話。」

「え?結界ってあれだろ?昔から帝都を守っているっていう。」

「今回の魔獣の襲撃も結界が壊れたせいじゃないかって。」

「それにしても結界が壊れたタイミングで魔獣が通りかかるなんてタイミングが悪過ぎだろ。」



隣の男子生徒達が数名、声をひそめて話している。内緒話という訳では無いだろうが、周りに眠っている者が多いせいだろう。


「意図的に誰かがはかったんじゃないかっていう噂もあるぜ。だいたい結界は500年間維持されて来たんだぞ。それがこのタイミングで偶然壊れるなんてあり得ないだろ。」

「襲撃されたから壊れたんじゃないのか?」

 不意に他から声が聞こえ、話していた男子生徒達はビクッと体を震わせた。まるで、幽霊を見る様な目でアレクを見つめてくる。

「あ、悪りい。つい、気になってさ。」

「あ、ああ。」

 頭に包帯を巻いた生徒は、ゴクリと唾を飲み込み、隣の若者と視線を合わせた。細身の生徒は腕を折ったのか、ギプスを巻いて三角巾で吊っている。

「全然元気じゃんかよ。」

「だって、全身包帯巻いてたら、もう駄目なヤツだって思うだろ。」

「・・・・・・。」

アレクは客観的に自分の姿を見下ろした。至るところ包帯だらけ、しかも血が滲んでいる。顔も半分くらいは包帯が巻かれているし、ちょっとホラーかも知れない。

「よくその怪我で生き残ったなー。」

 手足に包帯を巻いたもう一人の生徒が呆れた様に言う。ここは軽傷者の救護室だ。その中で、こんなにぐるぐる巻の者が紛れていたら、もう助からない重傷者だと思われても仕方無いだろう。

「あー、見た目程じゃない。危なく死ぬところだったけどな。」

 人より自然治癒力が高く無かったら、ヤバかったのでは?とは思う。これで内臓が出てたら重傷者だったね、と医務員に言われたくらいだ。いや、内臓が出てたら普通に死ぬと思う。

「で、さっきの結界の話だけど、あれだけの数で攻撃されたら、流石に保たないだろ?強度とか魔力がさ。」

「あの結界を維持する宝玉は、魔力量のばかデカいヤツが十人くらいで補充するって聞いたぜ。そう簡単には無くならないんじゃね?」

「へえー、詳しいな?」

「何だっけ。魔法省管轄で仕事を斡旋するところがあるだろ。先輩が其処でバイトをしててさ、割がいいらしいんだけど魔力量が足りなくて出来ないってよくぼやいてたんだ。リズちゃんくらい魔力量があれば大丈夫かもだけどな。」

「あー、リズちゃんね。リズちゃん最高!めちゃくちゃ可愛いし強いし、彼女にしたい。」

「確かに。オレもあの笑顔に癒されたい。何なら炎で焦がして欲しい。」

「・・・・死ぬぞ、それ。」

 間近で威力を知っているだけに、アレクはドン引いた。ワイバーンだって死ぬのだ。癒されるどころか、人間なんて簡単に消し炭になってしまう。

「あいつ十人って、桁違いだな。」

「最近はそれを一人でできるヤツがいるらしくてさ、張り出しもされないらしいけどな。」

「え?マジで?化け物じゃん。」

 上位魔法どころか、特位魔法も使いたい放題だろう。ほとんど動く殲滅兵器と変わらない。国に1台あれば強力な抑止力となり、大局を左右する程の力だ。

「まあ、意図的に結界を消したり、魔獣を操ったりなんて出来る気もしないから、お前の言う方が一理あるな。」

「そうだね。僕も結界魔法使うけど、リズちゃんの魔法受けたら簡単に壊れる自信あるし。」

「大丈夫だ。あいつの魔法喰らったら、だいたいの結界はイカれる。」

其処で、彼等はお互いに顔を見合わせた。

「もしかして君、リズちゃんの知り合い?」

「さっきから〈あいつ〉とか、妙に距離感近いよな!?」

「あー、知り合い?、友達?かもな。さっき迄一緒に戦ってたし。」

友人?ライバル?そういえば、やたらに向こうから絡んでくるがどんな関係なのだろう。あまり真面目に考えた事は無かった。

「お兄様、お願いします。今度僕にリズちゃんを紹介してください。」

「オレもお願いします。紹介してくれたら、オレ、おにーさんの使い魔でも椅子でも何でもやります。」

ガシッと手を握られ懇願される。その切迫感と圧に多少の犯罪臭がしなくもない。が、それよりも・・・

「痛っ。力強過ぎ。俺は怪我人なの。」

 激痛が腕を走り、アレクは横になって呻いた。泣きそうだった。頭がぼーっとして、全身が熱っぽい気がする。

「わりい。俺、ちょっと寝るわ。何か辛くなってきた。」

「おー、休め、休め。お前、めちゃくちゃ顔赤いぜ。」

「ごめんね、起こしちゃって。何かあったら声かけて。」


変な趣味だけどいい奴らなのかも知れない。たぶん。

でも、リズを紹介するのは止めようと思った。何かあったら、恨まれるのは自分だ。せっかく拾った命だ。無駄にはしたくない。

彼等は、更に声を密めて話し続けている。こちらを気遣ってくれているのだろう。時々聞こえてくる笑い声に、もう魔獣が襲って来ない事を願った。






だんだん話すのが辛くなってきた。アレクは再び横になった。

「俺、ちょっと寝るわ。」

「」

 


 





 





 

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