第15話 嫉妬

帝国の南東、火山地帯を背後とするフェルヒィート地方。深い森と度々噴火する火山。断崖絶壁の秘境が連なるその一帯は、古代より炎の精霊を祀るイルヒート族が支配している。

紅い髪と瞳を持つ者が多く、炎の精霊の加護を持つ彼等は、炎系の魔法に秀でている。だからこそ、上位の魔獣が跋扈する地で、他の侵略者達に脅かされる事無く、長い時を紡いで来た。魔獣を狩って食料とすると共に、その生態系を大きく壊す事無く共存共栄して来たのだ。

リズはイヒリート族の族長の娘であり、炎の精霊の加護を授かった者だ。炎系の特大魔法を連発出来るのは、単に魔力量が多いだけでは無く、その恩恵により通常の3分の1の魔力量しか消費しないからだ。子供の時から魔法で魔獣を狩って生きて来た彼女にとっては、炎を扱う事は息をするくらい自然な事だった。

 精霊を敬い精霊を祀り、その加護が一族に恩恵をもたらすよう努めるのが族長の仕事だ。その後継たる血筋の彼女は、その血統を保持する役目があった。

 故郷の生活が嫌な訳では無い。幼馴染が嫌いな訳では無い。

ただ・・・。

と、彼女は思う。

(仕方無いじゃない。気になるんだもの。)

 始めは、魔法でも勉強でも負けたくないだけだった。

周りの友達がかっこいいと騒ぐ男子生徒を打ちのめしたかったのかもしれない。

でも、一体何処に惹かれたのか良く分からない内に、たぶん、好きになっていたのだと思う。

それが、許されない恋だから尚更。

 かつて、この大陸は人と魔物と精霊と、共存共栄していたという。だが、1000年前、古代王国は魔物達の王を倒し、魔獣を駆逐し自分達の領土を拡大した。更には自然さえも自分達の支配下に置こうとし、精霊達はそんな彼等を嫌って辺境の地に移り住んだという。

精霊の加護を失い、魔王の呪いを受けた古代王国は滅び、その民は今も何処にも留まる事が出来ず彷徨っている。

それが流民だ。彼らは国を失って1000年近く、どの国にも所属出来ずにいるのは、精霊の怒りと魔王の呪いのせいだという。

1000年も経っているのだ。そんな伝説めいた事を知っている者も、それが理由で忌む者も、今は少数派となっている。

一箇所に定住せず、国から国へと渡り歩く人々、そういう認識が一般的なはずだ。


だが、炎の精霊は未だ流民を許してはいない。そしてイヒリート族も。

だから―。


一度部屋に帰ったものの、どうしても気になって戻ってきてしまった。

目の前には、真剣な顔で魔道コンロと向き合っている青年がいる。解体しながら、其処に刻まれている回路をなぞり読み取っているようだ。

勿論、魔法馬鹿のリズには、魔道具の仕組みも回路も全く分からない。望めば受講出来ない訳では無いが、1回聞いて自分には無理だと悟った。だいたい興味が無い複雑怪奇な理論は、覚えられないのだ。

「其処の2番目の回路が駄目になっていたので、一応修復はしてみたのですが炎の調整がとれなくて。」

その隣に座り、説明しているのは魔道具科のカレンだ。狭い場所に2人でしゃがんでいるので肌と肌が触れ合うばかりである。

その様子を後ろから面白くなさそうにアリサが見ている。そして、厨房の入り口付近に便乗している女子生徒が幾人も押し掛けていた。

「ああ、ここは問題無いと思う。」

一つ一つの回路に魔力を通しながら、アレクは眉を顰めた。

「この辺がショートしてるな。後、こことここも通りが悪くなってるし。お前も魔力を流して見てみろよ。」

「あ、本当ですね。全然気付きませんでした。」

「ちょっと分かりにくいかもな。ええと、こっちをこうしてっと。」

 説明する傍らで、指先に魔力を集中させながら補修していく。

「これで良し、と。一番問題なのは宝玉かなあ。もうだいぶ魔力が無くなってるけど、これ、魔力の補充難しいヤツだろ。いつも誰がやってんの?」

 単純な回路の魔道具に使う宝玉は、魔力がある者なら誰でも補充が出来る。魔灯がいい例だ。しかし、精密な回路と複雑な調整が必要な魔道具の場合、宝玉への補充は、それなりの熟練度が無いと難しい。その宝玉が持つ波長と同じ波長の魔力を補充する必要があるからだ。コンロは、一歩間違えれば火事になる恐れがある為、やはり熟練者による補充が必要となる。

最も学院はそうした事も教えている為、慣れている者に頼むのが普通だった。

「何時もはカイルって人に頼んでたんですけど。」

思いがけないところから、思いがけない名前が出て、アレクは部品を落としそうになった。

「あれ以来姿を見て無くて。ぼーっとした人だったから、やっぱり巻き込まれちゃったのかなって。」

カレンは悲し気に目を伏せた。

倒壊した校舎は、まだそのままとなっている部分も多い。遺体が見つかった者も見つかって無い者もいる。

姿を見ないならそういう事だと思うしか無いのが現状であった。

「かもな。」

 魔獣に食われてしまえば、それこそ骨も遺らない。

だが、確証がある訳では無い。

悲しむ事も希望を持つ事も出来ないまま、その気持ちは宙ぶらりんになっている。

「あいつ、そんな事をやってたのか。」

「知り合いなんですか?」

「一応?友達?みたいな?あの日の前から全然見てないけど。」

「カイルさん、生活費稼ぐ為に斡旋所で相当補充の仕事していたらしくって。指名で大きな仕事もしていたみたいですよ。だから魔力が無くなって良く学院に戻れ無くなっていましたから、今回もそんな感じだったのかも知れないですね。」

「へえ?」

いつも気怠い感じだったのは、常に魔力が枯渇寸前だった為かも知れない、と、今更ながらに気付いた。

一定以上の、少なくは無い魔力がある為に集められた学院で、授業中に扱うくらいの消費で魔力が無くなるのはおかしいとは思っていたのだ。そんなに少ない魔力量ならそもそも国の目にとまる筈が無い。魔力暴走が危険だと判断されるレベル、だからこそ、魔力のコントロールを学ばせる為の学院だ。

「俺も出来なくは無いと思うけど、とりあえずもう少し使えるしな。失敗して壊れたら、今は代替も無いだろうから、最後の手段って事で。」

「はーい、ありがとうございます。」

「アレク先輩、本当に器用ですよね。錬金術も出来る感じですか?」

アリサがかわいらしく首を傾げてみせる。

「魔道具科の奴はだいたい出来るんじゃないか?いちいち材料頼むのも面倒だし、自分で出来れば便利だしな。」

「そんな事無いですよ。私も無理ですし、たぶんアレクさんとマイクさんと、後数人マニアックな人達だけだと思います。」

「それって、俺もマニアックだって言ってる?」

「アレクさんの場合はオールマイティって感じですね。魔法科も掛け持ちしてるんですよね。」

「せっかくだし、出来るだけ全部覚えたいしな。いろいろ覚えてたら役に立つだろ?」

「すごーいです。それを本当にやっちゃうところが、とっても尊敬してます。」

真っ直ぐな称賛の言葉に、アレクは照れた様に頭を掻いた。

鼻の下が伸びている様に見える。

不意に苛立ちを覚え、リズは足早にその場を離れた。


アリサの様に素直に褒める事が出来れば・・。

でも、自分はそんなキャラでは無いし、そんなキャラは似合わない。

もう一度、厨房を振り返る。

其処には、幾人もの女子生徒に囲まれて楽し気に笑っているアレクの姿があった。




 






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千年の夢の果てに 暁 黎 @elys8940

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