第12話 収束

 地下へと続く階段を降りる頃には、魔力圧は幾分収まっていた。結界を維持する魔力量が膨大だといっても無限では無い。一気に爆発した事により、迅速に消費されたのだろう。

ここまでの通り道、幾人かの職員は動ける状態迄持ち直していた。回路のメンテナンスに関わる魔術師の救護を優先する様に指示する。宝玉も問題だが、結界を司る回路が壊れていては如何ともし難い。その術式は秘匿であり、ある魔術師の一派が専有し一子相伝で受け継がれている。

「長官は、この度の魔力暴走は事故だと思われますか?」

最深部に近づくに連れ、無人のエリアが続く。魔灯は全て壊れたらしく、前方を照らす〈ライト〉だけが唯一の明かりだ。

「どういう事だ?」

「いえ、今思えば、いろいろ不自然かと。」

マルクスは無言で先を促した。

「先ずは宝玉が二基同時に魔力切れとなった事。次に二基の充填が必要なのにも関わらず補充者を一人しか依頼していないこと。そして、その補充者がエリクトンの出である事。」

「イースンの一派が絡んでいると言いたいのか?」

「宝玉の安全性が疑問視されれば、マルトゥース派を牽制出来ます。イースン公爵は、成り上がりの新興勢力を良く思われてはいません。」

 魔獣を狩り尽くし、失われていく魔石の代替として二十年程前に登場した宝玉。その開発と生産を一手に担っているのがマルトゥース侯爵を主とする一派だ。宝玉の開発により、一庶民に過ぎなかったマルトゥース一族は、短期間に侯爵に迄成り上がった。

 今や宝玉は、王侯貴族は勿論、庶民でさえも無くてはならないものとなった。宝玉の製造は完全なるブラックボックスであり、その原料も生産する工房も全て侯爵領内にある。その利益は計り知れないものがあった。

 現王太子を擁護するイースン派から見れば、目の上のたんこぶであり、これ以上力を付けさせたくない存在である。何かしらの不祥事をでっち上げ、罪を被せようとしてもおかしくは無い。

「確証の無い推測は身を滅ぼすぞ。我々のすべき事は先ず、広域結界の修復だ。」



 動力部への道は、安全装置が作動した事により頑なに閉ざされていた。本来は登録者の魔力を流せば開くはずの扉は、魔力暴走の危険を察知し何者も通さぬよう完全にロックされている。

魔力炉からの被害を最小限に止める装置だったが、見立てが甘かったという他無い。それとも、この被害さえもまだ抑えられたものだという事なのか・・・。

「確か手動でロックを解除出来たはずだが・・・。」

古い記憶を頼りに、扉がある壁の端の方に手を這わせる。窪みを押すと蓋が開き、レバーが三つ並んでいた。

「それで、補充者と監視役は閉じ込められている可能性が高いという事だな。」

「はい。最も高濃度の魔力に曝されていますから無事かどうかは。最悪生きていても廃人になっているかも知れません。」

監視役は魔力抵抗の高い訓練された魔術師だが、補充者は一般の少年と言ってもいい若者だ。それも魔法が使えない様に処置された、ただ魔力量が多いだけの。自身を守る事は難しいだろう。

「長官、内部の状況が分からない以上、ここは慎重になるべきかと。」

「何かあっても君と私がいれば何とかなる。いや、何とかするしかあるまい。それが、上に立つ者の責務だ。」

順番を間違えぬよう慎重に引くと、カタン、と乾いた音がして壁の一部が開いた。

廊下とは比べものにならない濃い魔力圧。〈ライト〉の明かりが霞んで見える。息苦しさを覚えつつ細い通路を進むと、二人は魔力炉のある部屋に出た。

 点滅する白い光に、死んだように倒れている兵士が2人と、力無く蹲る若者が照らし出されていた。若者はふと顔を上げ2人を確認すると、座り込んだままゆっくりと後ずさった。

その顔には明らかな恐怖があった。

「カイル・エリクトンだな。」

「・・・・・・。」

「よく無事だった。もう大丈夫だ。」

安心させるように、穏やかさに話かける。だが、彼は壁際迄這う様に後退すると、狼に睨まれた子兎の様にブルブルと震えた。

「長官、様子が変です。ご注意を。」

危機的状況から救出されたのだ。普通はもっと喜んでもいいはずだ。

違和感を覚え、周囲を見回す。宝玉の光は一つ。そして、もう一つの宝玉は明らかに破損していた。

「こ、これは。」

同様に気付いた副官が割れた宝玉に歩みよる。

「これが、魔力暴走の原因。これをやったのはお前だな。」

「ごめんなさい。」

両の腕で顔を隠すように項垂れながら、カイルは泣いているような声で謝った。

「ごめんなさい、俺が・・・俺が壊したんだと思います。」

「謝って済むと思っているのか。一体どれだけの被害が出たと思っている!」

セスの放った魔法が輪のようにカイルを拘束する。

「宝玉はそんなに簡単に壊れるものでは無い。一体何をした?いや、誰に頼まれたっ!?」

「俺は何も・・・」

 ギリギリと輪が収束し、肉に食い込む。内臓が圧迫され、カイルは小さく悲鳴を上げた。

「そのくらいにしておけ。取り調べは我々の分野では無い。」

「しかし・・・。」

「もう気を失っているぞ。今は時間が無い。そいつは司法省に連絡をしてさっさと引き取ってもらえ。」

想定していた中で最悪のシナリオだった。

宝玉は壊れ、騒動の下手人はエリクトンの者。

これは自分の首一つでは済まない問題だと、マルクスは深いため息を吐くのだった。









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