第11話 白い時
気が付けば、何も無い真っ白な空間の中に居た。立っているのか、横になっているのかも分からない。まるで深い霧の中にいるようで居心地が悪かった。
「俺、もしかして、死んだのかな?」
よくある大衆小説では、死ぬと真っ白な空間で目が覚めると書いてある。これで、神様が出て来たら完全に死後の世界だろう。
「おはよう。」
不意に耳元で少女の声がした。
心拍数が一気に跳ね上がる。
まるで図ったかのようなタイミング。
「そうか、やっぱり俺、死んだんだな。」
カイルは両手を見下ろした。
手を握る感覚はあるのに、それは半ば透き通って見えた。
特に感慨は無い。
もともと親の顔も知らない天涯孤独の身だ。地位も権力も無い、それなのに、地位も権力も脅かせるだけの魔力持ち。
使い潰されるだけの存在だと始めから割り切っていた。使い潰されて、不要になったら消されるのだと。
それでも、生きられて、学院にも行けて、友達の様なものも出来たのだから僥倖だと言えるだろう。
死後の世界ならば、少女が空間に浮かんでいても不思議では無い。あらためて、相手の顔を見る。金色の髪が後光の様に背中に長く流れ落ちる。
感情の無い紅い瞳。小柄な天使の様な美少女。
既視感のある姿だった。
「ナーシャ?」
何度も夢に見た。すると、これも夢なのだろうか。
「あなたは宝玉に選ばれた。」
少女は手を伸ばし、頬に触れたきた。ヒヤリと冷たい手の感触。赤く塗料を塗ったような爪先が、肌に細い傷を付ける。
「宝玉になる?それとも、世界を滅ぼす?」
「え、何その選択・・・」
夢だとしても突拍子も無い、荒唐無稽な話だった。
「他の選択肢は無いの?そもそも宝玉になるってどういう事?」
「何故に宝玉が魔石の代わりになるのか?」
彼女の言葉は謎かけの様だった。
「魔石とはそもそも何なのか?」
「魔獣が死んだら、その魔力が凝り固まって出来るって聞いているけど。」
音の無い空間に、サイレンの様な警戒音が鳴り響いた。酷く不快な焦燥感を掻き立てられる様な音だ。
「魔石は、魔獣が殺されたらその命が凝縮されて出来る。」
彼女は意味深に続けた。
「では宝玉は?」
「宝玉は、何から作られるのか?」
「さあ。俺は魔力を補充するだけだし?それって、国の偉い魔術師か何かが作ってるんだろ?」
わかってはいけない。
本能が警告を発してくる。
この問いは信じている日常の根幹を覆すと。
これはただの夢で、現実は何も変わらない。 変わらないはずだ。
「宝玉になる?それとも復讐する?」
少女はくつくつと嗤った。
「もし世界を滅ぼしたいのなら、私が力を貸して上げる。」
「俺はーーーーー」
けたたましい警戒音が目覚めしの様に執拗に眠りを妨げる。無理やり目をこじ開けると、真っ暗闇に時折青い稲妻が閃いていた。
「ここは・・・何処だ?」
頭の芯が痺れるように痛む。小刻みに震える手足を叱咤して、カイルはふらふらと立ち上がった。
数歩歩き、何かに躓いて倒れ込む。硬い肉の感触。監視役の兵士が二人、床に倒れていた。
「もしもし、もしもーし。」
肩を揺さぶったり、叩いたりしたがピクリとも動かない。
一応呼吸もしているし、生きてはいるようだ。だが、意識の戻る気配は無い。
「困ったな、俺、道分からないんだけど。この人達が案内してくれないと出られないじゃん。」
宝玉の白いほのかな光が一つ、鼓動の様に脈打っている。もう一つの宝玉は、完全に光を失っていた。いや、そもそも、その形を保っていない。ひび割れ、幾つもの破片が床に散らばっていた。
「げっ。やばいじゃん。」
これは、どさくさに紛れて国外逃亡案件だ。宝玉自体は、各家庭、いや個人でも持っている程何処にでもあるしろものだが、広域結界の宝玉は質量共に桁違いだ。伝説級、国宝級であり、帝都中の宝玉を知っていると言ってもいいカイルでも、これほどのものは他に見ない。
すみませんでした、では、済まないだろう。
「これ、俺のせいだよね。はあぁ、一生働いても返せないかも。」
タダ働き、残業、奴隷墜ち。
一生馬車馬の様に働かされる未来しかない。
弁償で済めばまだ良い方だ。
最悪、国の重要機関を破壊した罪で投獄、処刑もあり得る。
合法的に目障りな存在を処分出来るのだ。何なら、仕組まれた可能性さえ無いとは言えなかった。
「何とか直らないかな。」
砕けた破片を手にカイルは茫然と壊れた宝玉を見つめた。が、勿論修復する術も無い。あったとしてもカイルは知らないし、出来るはずも無かった。
『宝玉になる?それとも、世界を滅ぼす?』
少女の言葉が蘇る。
「俺はーーー」
カイルは泣きそうな声で呟き、その場に蹲った。
「俺はただ、普通に生きたかっただけなのに。」
自分に遺された選択肢は限り無く少ない。
むしろ、選択肢など無いくらいに・・・。
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