第10話 戦闘

 天を裂く激しい閃光が数体のワイバーンに直撃した。体の自由を失った巨体が次々と校舎に降り注ぎ、轟音と共に地面が揺れる。


《ファイヤーアロー!》


更に追い打ちをかける様に無数の炎の矢が次々と撃ち出される。その内の幾つかは魔獣の背や胸に突き刺り、肉の焼ける匂いが土煙に乗って漂った。


「グギャアアアアアアァッ」


 魔獣は狂った様に吼え、巨大な翼をバタバタと動かした。その風圧だけで、倒壊した校舎から逃げ出していた生徒が吹っ飛んで壁に激突する。

アレクは呼吸を整えながら、次の攻撃魔法を撃つべく魔力を練り上げた。

 だが、それが最期の力だったようだ。心臓を貫かれた魔獣の目から光が消え、地響きと共に地面に倒れた。

「やったね!!!」

「よし、絶好調!」

 止めの炎系魔法を放った赤毛の少女が2人、両手を上げてハイタッチする。日頃制限している特大魔法を連発し、リズと友人のエイシャは、水を得た魚の様に生き生きとしていた。

学院は見るも無惨な瓦礫と化していた。あちこちから火の手が上がり黒煙が立ち込めているが、その原因の大半はこの2人だった。

平時であれば、教官が怒り狂う惨事である。しかし、今は緊急事態だ。ワイバーンが壊すか、脳筋少女達が壊すか。いずれにせよ形あるものは壊れるのだ。

「この調子でバンバン行くわよー!」

 リズはノリノリで上空のワイバーンを指差した。

「アレク、殺っちゃって!」

「アレクさん、お願いしまーす。私達の魔法だと、あそこ迄届かないのでー。」

可愛らしく頼んでいるが、言っている内容がアレである。

上級生や教官達もかなりの数を落としていた。だが、魔獣の数はさほど減っているように見えない。学院の上だけでもまだ数十体いる。

「これ、魔力持つのか?」

 魔力の消費量は威力と距離に比例する。上空の魔獣に当てようとすれば、更に精度も求められる。

しかし、女の子の前では、弱音を吐けないのが男という生き物だ。精神を集中し、上空に雷を呼び起こす。ごっそりと魔力が削られ、稲妻が閃いた。

又数体、鳥形の魔獣が旋回しながら地面に降って来た。その上に炎弾が雨霰と降り注ぐ。

「これで7体。今夜はドラゴンステーキ食べ放題ね。」

「リズったら。それ、私に作れって言ってるのかしら。」

「え?そうだけど?私がやってもいいけど、調整がちょっとね。」


もしかして、ワイバーンの丸焼きでも作るつもりなのだろうか。

大きく肩で息をしながら、アレクは木にもたれかかった。流石に疲労感が半端無い。本当は地面に突っ伏してしまいたかった。

 そもそも上位魔法は覚えても使い所の無い魔法だ。そうそう練習する機会も無ければ燃費も悪い。前衛のフォローがあって、ここぞという時に1発か2発撃ち込めれば良いものだ。

リズ達の様に平然と連発する方がおかしいのだ。

「アレクさん、大丈夫ですか?随分お疲れのようですけど。」

「えっ?まさかこの程度で疲れた訳じゃ無いわよね?」

 エイシャの言葉に、リズは本気で驚いたらしい。まじまじと顔を見つめてくる。

「当たり前だろ。まだまだ全然いけるぜ。」

 たとえふらふらであっても、ここで痩せ我慢するのが男というものだ。額の汗を拭い、両頬を叩いて喝を入れる。

「よし、もう一発行くか。」

「無理しない方がいいですよー。魔力枯渇は怖いですからね。私の父さんもそれで死んでしまいましたし。」

「そういえばそうだったわね。男は無駄にカッコつけるから、引き際を誤るって母さんが良く怒ってたわ。」

「・・・・・。」

身内ネタのはずなのに、どうにも心に刺さる内容だった。

「でも、無理しないといけない時もありますよね。無理しないと生き残れとか、ね?」

 先程迄とは違う。ビリビリと肌を刺すような威圧感が場を支配する。

「避けろっ!」

 上空から、青白い炎が降り注いだ。リズとエイシャは左右に飛んで地面をころがり、アレクは咄嗟に防御結界を張った。

ブレスだ。

先程迄の雑魚とは比較する迄も無い。体長10メートル近くある上位個体だ。

それが、3人にターゲットを絞り、命を刈り取らんと急降下してくる。

〈アイスアロー!〉

喉元を狙い、氷の矢を放つ。

矢は固い鱗に砕け、僅かに喉元を凍らせただけだった。

「駄目か・・・」

くらりと視界が歪み、両膝が地面に付いた。

魔力枯渇症。

想像以上に、それは唐突に体から自由を奪った。

その隙をワイバーンは見逃さない。太い尾が鞭の様に空を横薙ぎにした。

「アレクっ!!!」

リズが叫び、炎の矢が飛ぶ。

ワイバーンは一瞬で標的を変え、より脅威であるリズを炎の矢ごと横殴りに吹き飛ばした。

彼女の華奢な体は、強風に煽られる木の葉の様に空を舞って、地面に激突しゴロゴロと転がった。

「リズ、しっかり!」

エイシャが悲鳴を上げた。

素早く走り寄り、怪我の状態を確かめる。腕の骨が折れている。口から血が流れており、内臓も傷付いたかも知れない。

「動かないで!今、回復魔法をかけるから。」

〈ヒール!〉

温かな光がリズの体に吸い込まれる。だが、その程度の下位魔法で治る様な傷には見えなかった。

「くそっ!」

リズが死ぬかも知れない。

全身の血が沸騰する様だった。

アレクは体に魔力をまわし身体強化を掛けた。後の事を考える余裕は無い。今無理をしなければ、全てが終わってしまう。

真っ直ぐにワイバーンに突っ込み、腹を殴り付ける。

比較的柔らかい部位のはずなのに、それでも余りに固かった。

まるで打撃が通らない。

鋭い鉤爪がはるか上空から降ってくる。それを横に飛んで避け、更に追撃の尾を躱した。

心臓が痛い。だが、呼吸を整えている暇は無かった。

ワイバーンは再びブレスを吐こうと息を溜めている。その範囲には、リズとエイシャも含まれていた。

〈範囲防御結界・・・〉

 二人を守る様に。二人を守れるだけの強度で。

吐き気と頭痛に抗う様に魔力を振り絞る。

魔獣の口から青い炎が吹いた。

熱風と爆風に皮膚を裂く鋭い痛みが襲う。アレクの意識は急速に遠のいていった。




 


 

 

   



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