第9話 トラブル

 地の底から噴き出る様な異様な魔力の高まりを感じて、魔法省の長であるマルクス・セフィーロは咄嗟に自らに結界を張った。

 一瞬遅れて津波の様な衝撃波が吹き荒れる。音の波、いや、属性変換されていない純粋な魔力の波動だ。限界を超えた魔力量が魔灯を維持する回路に流れ一斉にショートする。真っ暗な廊下に回路を走る余剰魔力が青い稲妻の様に閃いた。

 魔法省の中は、阿鼻叫喚のパニックに陥っていた。

 直に魔力波を食らった魔術師の多くは、脳を揺さぶられ気を失って倒れた。意識のある者も濃密な魔力に魔力酔いを起こし、青ざめた顔で蹲っている。

「いったい何が・・・」

四方から押し潰される様な圧倒的な圧迫感。原因究明の為、探知魔法を発動するが、余りに魔力が濃すぎて見透す事が出来ない。

 そして、問題は魔法省だけでは済まなかった。


バリンッ。


帝都上空。

都市全体を覆う広域妨害防御結界が、まるでガラスが割れるかの様に粉々に砕け散った。

 古代魔法の粋を集め、当代最高の魔術師達が作り上げた最高傑作。帝国創設以来約500年間、帝都を守り続けた広域結界が消滅したのだ。

「何という事だ・・・」

 

 窓から空を見上げれば数え切れぬ程多くの黒影が上空に集まっていた。鳥、では無い。

鉤爪のある翼と龍の様な体。何より小さな家程の大きさがある。今では未開地にしかいないはずの魔獣の一種。

ワイバーンが次々と街に襲いかかっている。

そう、まるで。

邪魔な結界が消えるのを待っていたかのように。


「長官、ご無事でしたか。」

 あちこち探し回っていたのだろう。副官のセス・ミラルダは、業務室に上司の姿を探し出し、安堵の表情を浮かべた。まだ若い。確か20代前半だったはずだ。学院のエリートで魔法省に入り、魔法の実力と指揮力が買われて僅か数年で副官に抜擢された。

 若者にありがちな驕りも無く、常に冷静なイメージがある。

「君は平気そうだな。いったい何があった?」

 帝都全体に警報が鳴り響いている。ワイバーンの対応は軍の管轄だ。応戦する魔法に、魔獣が咆哮を上げる。

助っ人に向かわせたくとも、ここには動ける人材がほぼいない。まずは、魔力波を止めるのが先だった。

「はい、恐らく動力炉の暴走かと。自分は制御室に居ましたが、魔力暴走で大半の回路がショートし、機能不全に陥っています。現在復旧の目処は立っておりません。」

「動力炉だと?そういえば、宝玉の充填が今日だったな。」

「ええ、先日ご報告通り、本日二基の宝玉の充填が行われる予定でした。補充者が入室した後でしたので其処で何かトラブルが起こったのでは無いかと。或いは。」

彼は一瞬の逡巡の後に囁く様に付け加えた。

「動力炉の補充者が魔力暴走を起こした可能性も。」

「それは有り得ん。」

 魔力暴走。

 膨大な魔力を持ちながらコントロールが未熟な者に起こりやすい現象だ。自身の魔力が制御不能となり、無秩序に強力な魔法を使う事が多い。周りへの被害も甚大だが、本人の体も耐えきれない。脳が焼き切れ内臓が破裂し文字通り命を燃やし尽くして暴走が止まるのだ。

 悲惨な事故を減らす為に学院の存在があるが、特に危険がある者には安全措置の刻印をする事になっていた。

カイル・エリクトン。

宝玉の充填を務める若者も又、その刻印を施した1人である。

「憶測で事は進まん。動力炉へ向かうぞ。君も付いて来い。」

「はっ。しかし、よろしいのですか?」

 動力炉の回路は秘中の秘である。魔法省では逆に限られた者しか入る事が出来ない。

魔法省長官、そして代々メンテナンスを請け負う一族の魔術師がそれに当たる。

「緊急事態だ。やむを得まい。私に何かあれば、君が引き継ぐ事になるのだからな。」

「はっ。御意に。」

 恐縮したような素振りを見せて副官は胸の前に手を当て頭を下げた。

 マルクスは踵を返し、足早に動力炉へ向かう。

その後を粛々と従う副官の口元は何故か、嗤っているように見えた。



◆◆◆◆◆◆◆◆


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書きたくて書いている物語ですが、誰かの目にとまるのは望外の喜びです。

ある時は筆者側となり、ある時は読者側となる。素晴らしいですね。

これから生まれてくる物語が少しでも楽しんで頂けますようがんばります!


 

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