第8話 鳴動
魔道車の微かな振動が伝わってくる。体を引っ張るような遠心力から、何度か道を曲がったのが分かった。
ただ、それを覚えたところで何の役にも立たない。
恐らく第一区画の門。車の窓越しに、一言二言門兵が声をかけるのが聞こえる。ガサガサという音がして、恐らく許可証を見せたのだろう。門兵が敬礼して下がったのが分かった。
とはいえ、目隠しをされた状態だ。正確な場所も動きも分からない。周囲に強い魔力を多く感じるから、勝手に軍の施設だと思っているだけだ。
目隠しに、魔法阻害の手枷。両脇には屈強な兵士が付いている。護衛の為という訳では無いだろうから、妙な行動を起こさなぬよう監視役といったところだろう。
魔力量が多く強大な魔法が使える者は、一人でも脅威だ。施設にも人にも甚大な被害を与える事が出来る。その存在自体が兵器なのだ。
魔法は使えないと言ってはあるが、魔力量が無駄に多いせいで信用されてはいないらしい。安全を期した措置なのだろうが、まるで罪人の様だと毎回思う。
暫く街中を走っていた車は、唐突に止まった。
無言の圧で車から降ろされ、目隠しのまま歩かされる。親切に道案内をしてもらえる訳では無い。時々壁に激突したり、階段に躓いたりするのだが、兵士は言葉をかける事も歩みを止める事も無い。
漸く目的の場所に到着すると、目隠しと手枷が外された。その代わり、下手な真似は許さないとばかりに兵士達の威圧が強まる。
狭い部屋には柱が二本。胸の高さにそれぞれ宝玉が設置されている。
広範囲妨害防護結界。その動力部。
他国からの遠視や転移を阻害する結界だと聞いている。非常に高価で精密な設備だとも。
足元の回路を迂闊に踏まぬよう細心の注意を払いながら、カイルは右側の白い宝玉に手を触れた。
毎月やっている仕事だ。今更、相手の好む波長を探す迄も無い。目を瞑り、魔力を注ぎ込む事一分余り。先ずは一基目の宝玉の充填が終わる。
「うん、余裕だな。」
監視役の兵士が、若干引いた様な顔をした。構わず今度は左側の宝玉に向かう。
「うん?」
触れた手に僅かにノイズが走る。何時もとは異なる違和感に嫌な胸騒ぎがした。手を離そうとした途端急激に魔力が吸い取られる。同時に、宝玉が激しく点滅し、赤く眩い光を放った。
「手を離せ!魔力の供給を止めるんだ!」
兵士が叫ぶ。
ブーッブーッブーッブーッ
警戒アラートがけたたましく施設内に鳴り響いた。
◇◇◇◇◇◇
昼時の学食は戦場だ。
トレーに山盛りおすすめランチセットを片手に、アレクはかろうじて空いている席に滑り込んだ。
安い、多い、そして、だいたい美味い。これが、学食の売りである。大半の学生が集中する為、休み時間は常に満席だ。
「ねえ。ちょっとそっちに詰めてくれる?」
どんと大盛りパスタが直ぐ横のテーブルの上に置かれる。
肉のフライをくわえたまま少し右にズレると、リズは無理矢理細い隙間に割って入った。
「お前なあ。」
胸こそ発育途中だが、顔面偏差値高めの美少女だ。肌が触れ合えば、反射的に男が反応しそうになる。
現に、反対側の犠牲者?は、耳まで真っ赤だった。こちらを意識しないようにパンをむさぼっているが、きっと味は分からないたろう。
「他にも席あるだろう。そっちに座れよ。」
暗に女の子は女の子同士でつるめと仄めかす。
「いいじゃないの、私、あなたに話があるの。」
「俺?」
「そう。もうすぐ、その、ほら、中間試験があるじゃない?」
彼女は一旦言葉を切って、言おうか言うまいか逡巡しているように見えた。両手を組み、人差し指を忙しなく動かしている。
「ほら、前回魔法で負けたじゃない?このままじゃ悔しいし、今度は座学で勝負しましょ。」
「それってさ。」
何を思ったのか彼は突然嬉しそうに笑った。
男なのに、こんなに綺麗なのはズルい。
間近で破壊力抜群の笑顔を見て、リズの顔が赤くなる。
だが、その後の言葉が最低だった。
「俺に奢りたいってこと?」
「馬鹿っ!なんでそうなるのよつ!」
思わず立ち上がり、ポカポカと頭を殴る。
いいなー、オレも殴られたい。
周りの男子生徒が羨ましそうに二人のじゃれ合いを眺めた。
「私が勝ったら、何でも言う事を一つ聞く事。いい?」
「いいぜ。」
「ほんとに?」
「勿論。男に二言は無い。で、俺が勝ったら、昼食奢りな。屋台回って食い放題。」
それって、ほぼデートでは?
みんなは疑問に思うが、本人には全く自覚が無い。
「わ、分かったわ。」
リズは頬を赤らめ、目を泳がせた。
「も、もちろん、勝つのは私だけどね。」
「総合成績でいいんだろ。よし、やるからには全教科満点を目指すぜ?」
もともとアレクは優等生だ。おまけに負けず嫌いである。
そして、無駄にイケメンだ。
「そ、そう。せいぜい足掻きなさいよね。ところで、最近あの人どうしたの?」
これ以上は心臓がもちそうもない。彼女は無理に話題を変えた。
「ほら、何かボサッとしていつも眠そうな友達いたでしょ。」
「ああ、カイルか。」
急に真顔になり、彼は残った最後の一切れをフォークでつついた。
「何か最近見ないんだよなー。寮にも戻ってないし。」
「えっ、それって問題じゃないの?」
何なら軽く失踪事件である。
「教官も何も知らないの?」
「一応チラッと聞いてみたけど、そのうち戻ってくる、みたいな感じでさ、俺らの知らない事情があるんだろうな。実家に呼び出されたとか何とか。」
「それは無いと思う。あいつ、孤児院の出身だろ。」
向かい側に座っていた男子生徒が否定する。
「エリクトンって、孤児院の名前なんだ。エリクトン孤児院。孤児院の出身者は、たいてい孤児院の名前を姓で名乗ってるんだよ。知らなかったのかい?」
ちょっと得意気になって説明しているのは、可愛い女の子が聞いているからだろう。鼻の下が若干伸びている。
「そうなんだ、そういえばその手の話しは聞いた事がないな。」
自分も出世だの出身だのあれこれ聞かれたくない立場だ。自然、相手の内情にも深入りしないようにしてきた。誰だって言いたく無い事や知られたく無い事はあるものだ。
「何かの事件に巻き込まれてないといいけどね。ほら、あの人って不幸体質っぽくない?」
それ、どんな体質だよ。
言いかけて、アレクは不意に違和感を感じて空の方向を見上げた。
見えない何かが壊れた。
そう、当たり前の様に其処にあるもの。
自分達を守っていた何かが、バリンと音を立てて割れたのだ。
「この音、何?」
ウィーン、ウィーン、ウィーン・・・
不安を掻き立てる様な警戒音が、帝都中に鳴り響いた。
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