第7話 休養???

 目を覚ませば、知らない天井だった。

 下手な娯楽小説の一節みたいなオチをまさか自分自身が経験する事になるとは。苦笑いを浮かべながら上体を起こすと、窓から沈んでゆく赤い太陽が見えた。だいぶ長い間眠っていたらしい。久々に頭の芯がすっきりしていた。

 汗ばんだ体が妙に気持ち悪い。せっかく懐も温かくなる事だし、思い切って大衆浴場に行くのも悪くないな、とカイルは思案した。どうせ今から戻っても門限には間に合わないのだ。ついでに美味いものでも食べ歩いて夜闇に紛れてこっそりと寮に戻るのがいいだろう。

「ん?」

 ベッドから降りようとして、右腕にチューブが刺さっているのに気付いた。チューブは竿を立てた様な台に掛けられている黄色い液体の入った袋に繋がっている。

「え、何これ?」

ついでに言えば、着ているものも変わっている。服というよりは、紐で両脇を縛ってあるだけの布、と言った方がいい。しかも、下半身がスースーした。確認するのが恐ろしいが、さすがに、これでは外を出歩けない。いくら膝上迄の長さがあるとはいえ、変質者で捕まってしまう。

「うーん。」

 宝玉への補充が完了したところから全く記憶が無い。

 微かな消毒薬と薬品の匂い。てっきり斡旋所の一室なのかと思っていたが、もしかして、これが噂に聞く入院生活ってやつなのかも知れない。そういえば窓から見える風景も全く馴染みの無いものだった。

「考えても分かるわけじゃないし、寝直すか。」

 そのうち、誰かが来たら聞いてみよう。

 自腹だったら、シーツを被ってでも逃げ出すところだが、せっかく費用は向こう持ちなのだ。ここは休暇だと思って甘えさせてもらおう。

 随分と寝ていたはずなのに、体はまだまだ睡眠を必要としていたらしく、目を瞑るとストンと眠りに落ちていった。


◇◇◇◇◇◇


 焼け焦げた匂いが辺り一面を覆っていた。燃え上がる家々から黒煙が立ち上る。木と草とそして肉の焼ける匂い。

「許さない・・・」

 少女の唇から怒りの声が漏れる。彼女の激情に呼応する様に、痩せた体から青い炎が揺らめいた。

「絶対に、絶対に許さないっ。」

 伸ばした手の先で、巨大な炎が爆ぜる。一瞬にして広大な森が焼き払われ、その前に居た幾つもの人影が吹き飛ばされるのが見えた。

(げっ。完全に殲滅魔法じゃん。)

 アレクの上位魔法も大概だがまるで規模が違う。もはや天災というべきか。夢の中で無ければ、縮み上がっていたはずだ。

 だが、先頭に立つ男は強固な結界でその魔法を耐え忍んだ。黒髪に黒い瞳。長身の体は、ほれぼれするような隆々とした筋肉に覆われている。

「この偽聖女め。これでも食らえっ!」

 彼が長杖を振りかざすと、その先から鋭い氷の牙が伸びた。燃えていた大地が一瞬で凍り付く。死の氷塊をしかし少女は表情1つ変えず青い炎で迎え撃った。

 氷と炎と、混じり合う。凄まじい爆発が起こり、地面が大きく抉られた。岩や瓦礫の破片がこれでもかとばかり雨霰と降り注いだ。

 何だったらその爆発だけで国一つが滅びそうだ。

(なにこれ。怪獣合戦かな。)

 自分の想像力が逞しいのだろうか。それとも、本当は馬鹿デカい魔法をバンバン撃ちたいとでもいう願望でもあるのか。現実には屁程の炎も出せはしないのだが。

 土煙の中から、別の男が剣を握って飛び込んで来た。

「これで終わらせるっ!」

 剣に刻まれた文字が赤く揺らめき剣が炎に包まれる。エンチャント。切れ味と破壊力を爆上げする付与魔法だ。

 剣は結界を切り裂き、少女の胸に突き刺さった。赤い、妙に赤く見える血が剣を伝い地面に落ちる。

致命傷だ。

少女の口から、ゴボっと血が噴き出した。

「永遠・・・に・・・」

 彼女は剣を両手で掴んで男を男達を睨み付けた。

「お前達は・・・永遠に彷徨い続ければいい・・・。」


「この世の・・・何処にも、お前たちの居場所は・・・・・ない・・・・」

 それだけ言うと、少女は再び血を吐き出した。貫通した穴から力と魔力が抜けていく。目を見開いているはずなのに、急速

に視界が暗くなる。


ああ、これが。


人が死ぬ時の感覚なのか。


カイルは何処か客観的に冷静に

自身の死を受け入れていた。


そして、世界は闇に包まれたーーー。


◇◇◇◇◇◇

「ごめんなさい、ごめんなさい。まさか、こんな事になるなんて。」

 かれこれ1週間近く入院生活を送り、漸く医者の許可が降りて病院を後にした。それを待っていたかの様に呼び出しを受けて斡旋所にやって来ると、開口一番、受付嬢がペコペコと頭を下げてきた。何なら、目に薄っすら涙が浮かんでいない事も無い。

 美女と涙。一番まずい組み合わせだ。あわあわと手を振って彼は困ったように頭を掻いた。

「あー、それだけど、半分は日頃の過労のせいだから気にしないで。」

 思えばアレの補充からそれ程日にちが立っていなかった。その間も生活費を稼ぐのにちょこちょこ仕事を入れていたから回復しきっていなかったのだ。

 常にカツカツなのに慣れ過ぎて、感覚が鈍っていたのかもしらない。

 自分持ちだったらトントンどころか入院費で大赤字もいいところだ。気を付けようと大いに反省していた。そう、可能な範囲では。

「でも、そのせいで死にかけましたよね。」

「ははは。何かそーみたいですね。」

「笑い事じゃないと思いますけど?」

 自分達は使い潰しの効く発電機の様なものだ。何なら、死んでも、あー惜しいやつ(発電機)を失くしたねー。で終わってしまう存在だ。生きていく為に、或いは家族を養う為に、無理だと分かっていても無理をする者はいる。年間に魔力枯渇が行き過ぎて死亡者が出るのも現実だ。

 仕事を請け負うのは、基本自己責任だ。だから、それを使う者が心配したり、悲しんだりする必要は無いのだが。

「えーと、それで、何か呼び出されてるみたいなんですけど。」

「あ、本部長ですね。」

今度は何故か睨まれた。

様々な感情がくるくる動いて、目まぐるしく表情が変わる。

受付嬢に限らず、職員の多くは割と淡々と仕事を熟すから新鮮だ。そして、困る。

距離感が近過ぎて、目のやり場に困ってしまう。

主に胸が。

「えーと、レイナさん?」

「其処の扉を入って、階段を上って一番奥の部屋です。来たら即通す様に言われています。」

「あ、はい、どーも。」

 何故急に怒り出したのだろう。謎だ。

そういえば、ルームメイトが女心は七変化だとぼやいていた。多くの男が理解出来ない事に頭を悩ませても無駄であろう。


本部長の部屋には何度も足を運んでいる。大きな仕事は、長から直接言い渡されるケースが多いからだ。

本部長は、40代半ばくらいの長身の男だ。魔法省のエリートで、普段は本来の魔力を隠しているが、だからこそ相当の実力者だと分かる。

夢で見た広範囲殲滅魔法も彼なら使いこなせるだろうか。一度聞いてみたいところだが、夢の話等一笑に付されるのがオチだ。

 彼は顎の動きだけでソファーを勧めると、自分もその向かい側に座った。

「退院して早々だが指名依頼だ。」

 机の上に、何枚かの書類を広げる。

 カイルは書類に目を落とした。何時ものやつだが枚数が多い。そして、報酬額が目減りしている。複数だからこその割引料金なのかもしれない。全く有難迷惑なサービスだ。

 書類には、複雑に文字を組み合わせた印が押してあった。嫌とも駄目とも言えないやつだ。

「ゆっくり休ませてもらったのでむしろ絶好調です。」

 束の間の休暇に、豪華な飯と風呂は付いて来なかったようだ。

「今なら二基纏めてもいけますよ。」






 

 

 

「」



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