第6話 流浪民
「おじさーん、串焼き一本オマケしてくれよー。」
第三区画の中央、噴水を囲んで広く設けられた広場には、今日も多くの屋台が並んでいる。学院の学食も値段の割に量が多くお手頃価格となっているが、屋台程豊富なバリエーションは無い。
「また、お前か。」
ねじり鉢巻を頭に巻いた中年の男は、ため息混じりに手を振ってたかろうとする客を追い出した。
「こっちは慈善事業じゃないんだ。食いたいなら金を払いな。」
「いいじゃん、ちょっとくらい。オヤジと俺の仲だろ?」
「そんなもん知るか。だいたいオレはお前のオヤジじゃねえ。」
ぶつぶつ文句を垂れながら、焼き上がった肉にタレを塗る。脂の焦げる匂いに香ばしいタレの香りが混じり、その匂いに釣られる様に新たな客が訪れた。
アレクは諦めて、向かい側の屋台に近づいた。小麦を練って焼いたものだろうか。ハートや星形になっている焼き菓子は、ほのかにバターの香りがした。
「一つ味見は如何ですか、お兄さん。」
店の店員らしい、15、6くらいの少女が声をかけてきた。差し出した木の皿には、トッピングや形状の異なる焼き菓子が幾つか載っている。
「妹さんや恋人さんも絶対喜ぶと思いますよ。」
「え、俺って恋人がいるように見える?」
驚いて聞き返すと少女は逆に驚いた顔をした。
「えっ、彼女居ないんですか。お兄さん凄くイケメンじゃないですか。モテそうかなあって。」
「そんな事ないさ。俺、ほら、この国の生まれじゃないし。」
帝国人は一般的に茶髪で焦げ茶色の瞳をしている。無論、多くの移民と交わり、赤毛や金髪も少なくは無い。肌色は白色系だが、南方の褐色系も混じっている。
だが、黒髪黒目となれば明かに他国の出身だ。船を使って遠く北の方から来る者は黒髪黒目が多い。肌は透き通る様な白色だ。
珍しかった髪色も、ここ数年で急速に移民が増えてさほど奇異な目で見られなくなってきた。彼等はもともと都市から都市へ、国から国へと渡り歩く商人だったが、ある時船で多くの民を引き連れて訪れ、定住を始めたのだ。
「そんなの関係無いですよー。運命の一目惚れは一瞬ですからー。」
「ふーん、そんなものかな。」
女性は恋バナを好むし、同級生の中には本気で嫁さんを探している者もいるが、アレクはいまいちピンと来ない。誰かと一緒の未来はまだ考えられないのだ。
皿から1つ焼き菓子を摘み上げ口の中に放り込む。
「んー、あ、これ美味いな。」
生地に混ぜ込んであるのはクルミだろうか。サクサクしていて香ばしい。
思わず綻んだ若者の笑顔を少女は商売も忘れてぼーっと見つめた。
(なんて尊い・・・)
顔立ちが整っている事もあって、無駄にヤバい破壊力だった。年頃の乙女心を根こそぎ攫ってしまいそうだ。
「これとこれと、後これも貰おうかな。全部でいくら?」
「・・・・・・。」
返事が無い。
少女は呆けた表情であらぬ一点を見つめている。悪くない顔立ちなのに、いやむしろ可愛い方なのに、ちょっとお馬鹿に見えるのが残念だった。
「おーい、どうした、大丈夫か?おーい。」
「えっ?あ、ごめんなさい。何でしたっけ。」
「しっかりしろよー。この辺の纏めて適当に包んでくれ。で、これくらいで足りるか?」
懐から銀貨を数枚出して台の上に載せる。ちょっと痛い出費だが、手土産なら悪くはない。
「まいどありー。また来てね、おにーさん。」
嬉しそうに銀貨を箱に仕舞いながら、少女は満面の笑顔で手を振ってくれた。
さっき買った串焼きを頬張りながら、アレクは足早に第三区画を通り抜けた。第三区画の先、城壁の外側には貧民街の他に移民達の住むエリアがある。大森林に面しつつも防壁も何も無い。布を張ったテントが並び、地面を掘って作った竈では煮炊きの湯気が上がっていた。
「アレク兄だ。」
「アレク兄が来た。」
幼い子供達が笑いながら走り寄って来る。穴が空いた服では冬は乗り越えられないだろう。痩せ細った両腕を無邪気に差し出してくる彼等に、アレクは唇を噛み締めた。
「お土産ちょーだい。」
「あたち、おかちがいい。」
「はいよっ。」
腰に結んだ皮袋を掴み、年長の少年に放り投げる。中には先程の焼き菓子が入っている。子供達には高級品だ。
「みんなで分けろよ。」
わーっと歓声を上げ、子供達は焼き菓子を持った少年の周りに群がった。
「若、こちらに。」
痩せた長身の男が手招きした。
テントの中に入ると、一枚の封書を渡される。
「母君からです。」
血判の印が押されてある。特殊な方法でしか封が解けない魔法が施されたものだ。
封を解き中身に目を通す。
相変わらず必要な事だけしか書かれていない。
たまには、体の調子はどーだとか、母親らしいこと書けよな。
言っても無駄な事と思いつつ、愚痴の一つも零したくなる。
読み終わると同時に、掌から炎を出した。揺らめく炎に手紙は瞬く間に焼けて無くなった。
「若?」
「冬迄に出来る準備は済ませろ。次の春には動く。」
指示を出しながら、魔紙にインクで返事を書いていく。
その内容を見ながら、自分も言えた義理では無いと思う。この親にしてこの子あり。事務事項ばかりで、時候の一つも無い。
「こんなもんか。文字数も限られてるし、しょーがないよな。」
「大丈夫です。若の愛は、母君にちゃんと届いてますよ。」
「うぉっ。馬鹿。」
危うく封印の呪文を間違えるところだった。突然妙な事を言い出す部下を軽く睨み付ける。
「変な事言うなよ。貴重な魔紙を無駄にするところだっただろ。」
「若が母君を好きなのは誰もが知ってますから。勿論、母君も。そして、母君も若を愛しておられますよ。」
「まーな。其処は否定しないけど。あらためて言われると恥ずかしいだろ。」
誰が見ても家族を溺愛している母親に気持ちの上で救われているのは確かな事だ。不確定で重い未来を気張らずに背負えるのも、自分を肯定してくれる家族が、仲間がいるからこそ出来る。そう、この運命は一人では担い切れない。
「とにかく。」
軽く咳払いして、彼は表情を改めた。年相応の少年の影が消え、上に立つ者の風格が滲み出る。
「預言はあくまで予言。事を動かすのは俺達の力だ。」
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