第3話 ラウンドツー
「……ありがとうございます。」
皆が出ていった部屋の中で、壁に背を預けていたヒバナへ感謝を述べる。
「礼を言われる筋合いはない。妾はただ妾の意志を貫いただけに過ぎないからな。」
「ソレが嬉しかったんです。」
噛み締めるように言葉を吐く。
「普通、存在者なんて言ったらすぐに武器を向けられたって可笑しくないんですから。」
「武器を向けられた程度なら妾とてそう少なくない。しかし、そうか。妾とは同程度或いはそれ以上の種族なのだな。存在者とは。」
感心した様子で頷くヒバナは、どこか他人事のように口にした。
「あはは、なんですかその言い方?まるで存在者を知らないみたいな。」
「あぁ、知らん。妾は戦や武者修行で放浪していたからな。余り世間には精通していない。」
「えぇ!?」
驚愕に打たれ、開いた口が塞がらない。まさしくそのような体験であった。
「じゃ、じゃあ存在者が分からないのに庇い立てたってことなんですか!?」
或いは、無知ゆえか。
「先も述べたが、妾は種族で他者を測ることはしない。存在者がどのようなものであれ妾はただ、ローディアス……貴公を気に入っている。」
「気に入るって……どうして?」
嬉しそうに口端を歪めるヒバナの言葉に偽は感じない。
「妾は強者を好む。武力、知力、精神力、財力、強さとは千差万別であるが強者は一様にして立ち上がり、踏み出す者だ。……貴公の言葉にはソレがあった。それだけだ。」
思い当たるのは、口走った言葉。
「妾は部屋に戻る。明日、また会おう。」
「あ……はい。また。」
窮屈そうに扉から身を捩って出ていくヒバナの背中をただぼんやりと眺めていた。
「……ふふん。」
最低限の部屋に比べれば、その部屋は豪勢そのものを体現していたのであろう。備え付けられた薄いベットに、椅子が追加された机。質の低いことには変わりないが、心が満たされていればそんなモノは気にならなくなる。
「まさか、受け入れてくれる人がいるなんてなぁ。」
拒絶、断絶が当たり前だと思ってここまで来た。何故なら自分ならそうするからだ。
「……格好良い、生き方だな。」
ごろりと寝返りをうてば、天井を向き切るより先に肩が壁につく。
「ドーガンだな。あそこまで気持ちがいい奴は他にそういねぇだろうさ。」
「うわっ!?」
するはずのない声に飛び退けば、扉に背中を預けて佇む天使の姿があった。
「いっ、いつの間に?」
「ん?瞬きの間に。」
イタズラっぽい笑みを浮かべて、純血の瞳が緩やかに狭まる。ドアが開いた音も気配もなかった、しかし、答えるつもりはないのだろう。
「……ごっ、ご要件は?」
「んなカシコまんなよ。俺達自己紹介しあった仲だろ?」
警戒するこちらをよそに、大仰に伸ばされた手はふらふらと近寄り、やがでベットに腰を下ろして肩に回された。
「俺はすっかりお前が気になっちまってよぉ、どうだ?自己紹介の続きと行こうぜ?」
「……うん。それが、一晩の足しになるなら。」
「ははっ……つぇーな。んなやつばっかりだ。」
ボソリと呟かれた声は何かに阻まれたように、聞き取れなかった。
「回りくどいのはナシでいいか?」
「え?う、うん。」
抱いた疑念を押しのけるかのように、天使は回した手に力を込める。
「存在者ってのは、一体なんなんだ?」
細身で柔らかな腕が膨らんで関節が角ばる。それが硬直にも見えて強張ってるように感じた。
「過去、歴史上に姿を現したのは5回。始めて姿を現したのは東ザラでの紛争。2年と長く均衡した紛争は存在者の出現によって突如として終戦を迎える。……均衡していたのが嘘のようにベルザリアが圧勝。けれどその2年後現在でも不治の病である魔癌が蔓延しベルザリアは壊滅。後の3度も現れるのは必ず争い事の時。そして……争いをしていた者たちは等しく死に絶える。まるで、その罪を禊がんとするように。」
瞳を閉じて、思い出す。
「けれど、そこに存在者が介入した痕跡や経緯はない。あるとすれば、突然の気候変動や政治状況の変化、未解決の暗殺事件。存在者は一人しかおらず、時が来るまで姿を隠している説や存在者は複数人いて、普段は地中深くで眠っているなんて説もあって……不幸の象徴と忌み嫌う人がいれば、神の制裁を謳う人もいる。その点で言えば……いや何でもない。」
天使と似たり寄ったりという言葉は飲み込んだ。
「とにかく、分かってることは少ない。ただ現れるだけ、だだそこに存在するだけ。そこに意思はなく、そこに自我はない。故に存在者。……亜人どころか種族かどうかも怪しい。今わかってるところはそんな感じかな。」
「……随分と詳しいんだな。」
驚きか皮肉か、どちらにせよその平坦な声は内に潜むものを覗かせなかった。
「自分の出自が分からないのは、案外怖いものだから。」
「分からない?」
しかし、途端に驚きは皮を裂いて顕になる。
「今から、何年前かな。枯れ果てて荒れた墓地で目を覚ましたんだ。文字は読めて、そこがどんなところかは何となく分かって、確信めいていたのは自分が存在者であるということだけ。実は名前も最初に見たお墓に掘られてた名前でね、本名じゃないんだ。」
といっても、名付け親がいないからなんだけどね。
「……今のお前には何かを収めようとか滅ぼそうとかそんな気はあるのか?」
「……。」
もとより嘘をつくつもりはない。けれど、こちらを一瞥もしない天使の問いかけは嘘への拒絶を強く感じさせた。
「あるよ。むしろ、その為に僕は望んでここに来たんだ。」
「望んで?」
まだ、瞳はコチラを見据えない。
「うん。皆はスカウトだろうけど実は僕は売り込みでね。馬車の仲介をしてたから足になれます!!って。」
「だから、乗り切だったわけだ。」
「けど、咄嗟に出たあの言葉に嘘はないよ。」
それを、ヒバナは認めてくれたから。
「多分だけど、存在者っていうのは最後通告なんだと思う。読んだ本や聞いて回った話だけど、過去に存在者が現れた争いはどれも長く続いていて、何か変革がなければ10年……下手をしたら100年続いてもおかしくないものだったんだって。そして、その事が確定した時点で存在者は現れる。」
「争いが長引くのを防ぐためにか?」
「違う、と思う。」
まだ、腕は強張っているまま。
「歴史上で5回って言ったよね。その5回目は今回の魔王騒動。そして、その主犯は存在者。存在者が争いを防ぐモノならその行動は矛盾してる。」
「それなら、意志を持ってるってのも矛盾だな。魔王サマは存在者じゃないんじゃねーのか?」
「……違う。魔王は存在者だよ。」
「なんで断言できる?」
それでも、天使は向き合ってくれている。
「目を覚ましてから、色んなところを歩いて回った。農作物の売買で生計を立てたり、山に籠っていた賊と戦ったり、馬車の仲介に没頭してみたり、産まれた理由が分からない以上、とりあえずの生活を楽しんでいた。けど、魔王が現れたと聞いた時、漠然と思ったんだ。ソイツは存在者で同族として正さなきゃいけないって。」
「正す?」
「うん。存在者が現れる明確な理由は分からないけど、争いが起こっているのは必須条件の一つで間違いない。けど、今回の出現は条件が欠けていてる。それ以上に、歴史上に2体の存在者が現れているのもおかしい。」
例外だとヒバナは言っていたが、それは言い得て妙というものなのだろう。
「良くないことが起こってる。僕はソレを止めるための舞台装置なんだと思う。……だからね、僕はそんな確信を果たすためなら崩都を滅ぼすし、戦争を収めるつもりなんだ。あ!けど、皆に迷惑をかけるつもりはないよ。形だけは同じパーティーで、僕は個別で動く。」
「本気か?」
ここで、始めて天使と目が合った。
「うん。明日、皆にしっかり話してから動くから心配はしないで。」
「……。」
「あ!勿論、ルーシフェルの言葉が嫌だったとかじゃないからね!!ルーシフェルが僕を含めて皆を守ろうとしていたって分かってるから。」
いつの間にか脱力した腕は力なく肩に寄りかかっていた。
「話しに来てくれてありがとう。君は、強いね。」
「ッ!……はははっ。」
がくりと頭を下げて、ルーシフェルはどこか愉快げに声を漏らして、立ち上がる。
「?ルーシフェル?」
「……すぅ、『生きる者よ、違えなさい。異なりなさい。それは過ちにあらず。汝が在り方は主にあらず、されど汝が魂は主のもとにある。恐れるなかれ、怯えるなかれ、正しさを知りえるには穢れを知らなくてはならない。』
唱えられた声は何処までも清らかで、内に潜む汚れを拭い取ってくれる気がした。
『全ては、汝が主のもとへ還るために。』
組み合わされた両手のひらは祈りを、広げられた翼は祝福を。
狭い部屋が一転して、天使の後光に照らされる。舞い落ちた羽が霧のように消えていき、息を呑むのさえ躊躇してしまうほどの神聖な空間を形成する。
「……ははっ!天使様の祝福ってヤツだ、自慢すんなよ?タダでさえこのイケメンっぷりだ。皆に集られてちゃ出発も敵わねぇ。」
「……うん。大事にする。」
そうして、向き合ったルーシフェルは始めて出会ったころの様な飄飄とした笑顔を浮かべ軽薄に言い残す。
「おやすみ、ルーシフェル。」
「あぁ、良い夢みろよ。ローディアス。」
ルーシフェルは扉をすり抜けてそのまま姿を消した。
「そっ、そりゃ、気づかないわけだ……。」
呆気にとられてしまったが、もうその顔をからかってくれるルーシフェルも居ない。
「
そう口を開けば程なくして数枚の羽が舞い戻ってくる。
「恨んでくれんなよ、ローディアス。真正面からぶつかり合うなんて、スカした天使様にゃ小っ恥ずかしくてできねぇわ。」
先ほどの会話を思い出しただけで口角が上がってしまうのを感じる。
「……存外、回りくどい真似を好むのだな。」
「そうか?意外と大変なんだぜ、飄飄とやるのもよ。根回しと試行錯誤を積み上げてソレをひた隠しにするんだ。」
壁に背中を預けていたヒバナが、暗闇から姿を現した。
「返しておこう。妾には手に余すからな。」
大きな手のひらに包まれた白羽が1枚、手渡される。
「よく気づいたなぁ、鬼の秘術ってやつか?」
「突然話し声が聞こえれば、誰であっても原因を探すだろう。お誂向きに羽が扉に挟まってれば、尚更な。」
ヒバナはコチラを見透かすような笑みを浮べて、言葉を続ける。
「それで?何故妾を呼んだ。」
「意思表明でもしとこうと思ってな。」
「ほぅ?」
羽をしまって、光輪も沈める。
「すっかり肩入れしちまった。助けてくれるか?」
俺はローディアスと違ってズルいからな、勝てる試合しか申し込まない。
「背負いたがりだな。」
「っとぉ?」
しかし、ときには足元も救われる。だから翼を備えていたのだが……
「貴公は知らぬかもしれないが、妾達は臆病であれど下劣ではない。過保護も行き過ぎると煙たがられるぞ。」
透かした笑みを見逃していた、か。
「妾は手を出さない。そして、貴公が手を出す必要もない。全ては奴らが決めるだろう。喜べ、此度は貴公の勝ちだ。もっとも、ソレを恥ずかしがる童にとっては手に余すかもしれないがな。」
「……ハッハッハ!あーぁまったく、格好つかねぇや。」
「格好などつけんで良い。羽根も腕も妾らはすでに余しているだろう。」
「ははっ違いねぇ。」
久しぶりに心地よい夜を送れそうだ。
ブレイブマン・イレギュラーズ @pricke
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