第2話 尺度

「……ハッハー!!おもしれぇ冗談じゃねぇの。なぁ、っーとヘカーテ?」


「わっ、私ですか!?……ま、まぁそうですね。ネクロマンサーのエルフが言うのもなんですけど、なかなかいい趣味のジョークだと思いますよ。」


ぎこちない空気を蹴り飛ばすように、わざとらしい笑い声をルーシフェルとヘカーテが上げる。


「是も驚きました。ローディアスは是が出会ったことがない人格を有しているのですね。まさか、存在者を吹聴するなどとは。」


「な、な〜んだジョーダン?あははは~ウチまじビビっちゃったしぃ。もー、そんなジョーダン言えるなら変な心配しなくて良かったじゃんね〜。」


増長するようにシディとチヨコが息を吐く。方や感心したように、方や安心したように。そんな空気に飲まれて、やはり失敗したと思わずには居られなかった。しかし、この雰囲気に上手く流されればまだ取り付く島はあるかもしれない。


「さ、流石にバレちゃいます?いや〜いいボケかませたと思ったんだけどなぁ。」


取り繕って笑みを浮かべれば、ルーシフェルは真白の髪をかき上げてニヘラと口を歪ませる。


「ほれみろ!な?ったく大人しそうな顔しやがってコイツ〜!質の高ぇジョークだったぜ、マジで。」


「……。」


その他も安心したように、或いは肩透かしを食らったように思い思いの言葉を口にして凍りついた場をどうにか溶かしていく。


「……。」


そんな空気のなかで、ただ一人だけ腕を組んでこちらを見据えていた。


「……ローディアス、先の言葉に嘘はないのだな?」


「え?」


静かに口を開いたのは、ヒバナと名乗る長身の鬼。


「汝が身元は存在者ではないと、その言葉に嘘偽りはないのかと聞いている。」


「……そ、れは……。」


「ちょいちょいタンマタンマ!ウェイトだヒバナ。辞めとけって。」


口籠った動揺を遮ったのはルーシフェル。


「ジョーダンだった、で良いじゃねぇか。なぁ?下手な正義感出してる場合じゃねぇって。」


一見すればそれは醜く残酷な発言。しかし、それ以上に多数を救う発言であった。勿論、そのなかには無傷とは行かなくとも僕自身を含めている極めて慈愛に満ちた答え。


「正義感?そのようなものにかまけた自覚はないのだがな。そして、其の手を退けろ。妾は今、ローディアスに問いている。」


相対するのは全て物を切り捨てる発言。その先で救われるのは、僕だけ。


「確かによぉ、俺達が今やってるこたぁ俺達がやられた差別と一緒だ。やっかみを踏み潰して、意思も権利も尊重なんてしないでねじ曲げる。俺はソレに対して弁明するつもりもなけりゃ、開き直ってるつもりもねぇ。マットーに向き合ってるつもりだ。」


不安げな瞳が揺れ動いたのは、一体どこであったのか。


「けど、案件が案件だろうが。」


その瞳を守るために、電子は手を広げて抗議をする。


「知らぬ存じぬは通させねぇぜ。俺達ぁ一番向き合わなきゃいけねぇわけだからな。」


決意を新たに、人差し指が鬼へ向けられる。


「例の崩都の王様は、存在者って話じゃねぇか。」


「……。」


「存在者がナニモンでナンナノかそいつぁさっぱりわかっちゃいねぇ。噂じゃもう生物なんてカテゴリーから外れた災害の化身だなんてもんまである。ただそこにいるだけで、何かを起こしちまうそんな連中なんだよ。」


語るに悍ましく、継ぐに痛ましい語り草。


「けどな、現状は強制一蓮托生。皆が皆モヤモヤ抱えて、皆が皆張り付けて笑う。それが一番丸く収まんだ。仲良く不均衡を享受しようぜ?」


「そんな言い方っ……。」


鏡に映る醜悪さをかき消したかったのか、ネクロマンサーは言い淀んで、うつむいた。


「じゃあそれ以上に何があるよ?あぁ?」


天使は泥を被って踊る。口を閉ざした者たちのために。


「下らんな。」


「……え?」


だが、鬼はそれをねじ伏せる。


「妾にはないどうでもよい尺度だ。」


それでも天使は地に伏さない。


「……ははっ!カッケーなぁおい!?」


高らかにラッパを掲げる。


「で?カッケーだけかよ。」


おどけた口調から一転した地を這うような重音。


「良い子ちゃんぶってんじゃねぇぞ。区別も差別も侮蔑も人様の大事な宝もんだ。切ってもきり離せねぇへその緒なんだよ。……生半可に受け入れて手放す、ソレが一番残酷だ。最初から壁1枚向こうにいるのが多種族間で向かい合うっーことなんじゃねぇのかよ?」


「そのような尺度は妾にはないと言ったぞ。」


だが、その瞳は揺るがない。


「妾は一度たりとも腕が2本であることが正常だと考えたことはない。」


鬼の体を覆っていたローブが1人でに取り払われ。それは、けして2本の腕ではできない所業。それを裏付けるようにもう2本の腕が布の下から正体を表す。


「産まれついての四腕でこの体躯なのでな、この体以外での生活を知らぬ。特別なことは何一つなく、食さなければ飢え、心臓を突かれれば死ぬ。……妾は皆と同じであるつもりだ。」


鍛え抜かれ、隆起した筋肉。まさしく筋骨隆々という様子でさらけ出されてるのは、逞しくそれ以上に美しい恵体。


「だが、妾は時に忌み嫌われ、時に祀り立てられる。それは全て妾が例外的であるからだ。一般的でなく、尋常的でなく、普遍的でない。妾がそうであるのでなく、他者が妾をそうだと思うからだ。」


恵まれた、それは祝福か呪詛か。どちらにせよその鬼は


「それらはすべて、先の汝が述べた壁を挟んだ向き合い方なのだろうな。」


紅色の肌、長く艶のある銀色の髪、黄昏を孕んだ瞳孔、そして四対の豪腕。


「それで向き合ったと言われて納得できるのか?だとしたら、汝のほうが余程の良い子ちゃんだな。」


「っ!……そ、れは。」


一つ踏み出された足は何処までも威圧的に見える。その風貌がそうさせる。


「種族でなく、個と接すれば良いだけの話。妾はそれ以上も以下の尺度も持ち合わせていない。」


しかし彼女のその内に宿る慈愛は一体なんど塗りつぶされてきたのだろうか。


「……んなことできるわけねぇ。」


何故なにゆえ?」


「そうやって教えられてきたからに決まってんだろ。親に殴られて育った子供は自分のガキを殴って育てるようになる。それと一緒だ。結局のところ俺達はレッテルだけを見て遠ざけるしか能がねぇ。どれだけ今から真剣に向き合ったって、心根の嫌悪は消えねぇ!例外的で、異常的で、特殊的である限りだ。存在者って枠組みが外側にある以上は絶対だ!」


真白の髪、純血の瞳、頭上に浮かぶ光輪、そしてその内に潜む寄生体。


「……っくハ!かかかっ!そうか、そうか!道理でだ!」


「は?な、なんだよ急に!」


それはまるで、子供の突拍子もない話を理解したような笑み。


「かかかっ、いや済まないな。消して愚弄したわけでない。気分を害したのなら謝ろう。悪かったな。」


目尻に浮かべた涙を指ですくって、鬼は小さく息を吐く。


「妾たちは化け物であろうが。何を今さらニンゲンぶっている。」


「……。」


諦めのような言葉には研ぎ澄まされた意思があった。


「産まれついて理の外側。存在者がそんな妾たちの外側だというなら、存在者は理の内のもの……よもや存在者が人間であると言うことだが?」


「んなっ、暴論じゃねぇかそんなの!」


「暴論だって論であろうが。」


それは同情に近しい自虐。


「内と外で壁を作るのはまだ理解できる。だが、どうしてよしみもない内側と同じやり方を選ぶ?」


傷のなめ合いと唾棄するのは簡単だろう。


「例外を理解できるのは、同じ例外だけではないか。」


だが、それ以上に


「再び問おう、ローディアス。汝は何者だ?」


差し伸べられたその手が何処までも嬉しくてたまらなかった。


「……ぼ、僕は、」


「頼む、待ってくれ。」


伸ばした手が横から掴まれる。


「一晩だけ待ってくれないか?俺はその場の雰囲気で決めていいものじゃないと思っている。出発は明日の朝だ。それまでは考えさせてくれ。」


「……わかりました。」


その言葉に不平等さを感じなかったのは、つかみ損ねた紅色の手が優しく背中を守ってくれていたからだろうか。

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