第10話 敗者の人権


ヒトの人生はそのヒトが決めるべきものですね…。

タテマエは…



あれから一週間くらい後、青年Bは自宅のソファー兼ベッドで横になりながらスマホをいじっていた。送信先が『友達A』として、安否確認の文章を書き終えると、送信ボタンを何度も押していたが、『送信できません』と返ってくるだけだった。メールアプリを閉じてマップアプリを見た。


青年B「やっぱり送信できないな…。ここはもう山梨県だし…。」


メールアプリを閉じると、『ヤブーグルインターネットアプリ』を開いた。一番上に『山梨県の絆』とあり、『山梨県府中市の支給品の申し込み』とあった。


青年Bはタップしようとしたが、二人用の小さなテーブルに食べかけのカップ麺と、その横に積まれている五食くらいの未調理の物と何本かのペットボトルの水もあるのが分かった。窓側の梁を見るとエアコンがついており、静かに快適な風を吹き出していた。


青年B「食料はあるし…食欲はないし…水はあるし…電気も大丈夫…急ぎではないか…。」


再びスマホに目を向け、今度は数行下の『新しい山梨県府中市の会』をタップした。パッと開いたそのページには、青年Bと同じくらいの年齢の女性の写真が見出しになっている短文がたくさんあった。


なんとなくその中で髪の毛を虹色に染めて、カラーコンタクトをした派手な一人の女性に目がいった。その写真の女性もこっちを見たと気付いた瞬間、その女性のページが勝手に開いた。青年Bはビクッと反応した。


虹色の髪の女性「パラリーンで、ポロリーンな!関係になりたいな!…。」


女性が大きな声でしゃべり続けるので、青年Bは慌てて右上のXボタンをタップしようとするが、彼女のページの長方形が巧みに青年Bのタップから逃れ続けた。


青年B「落ち着け…このスマホの画面から、このページは出られないから…画面の右上の狭い範囲しか動けないはずだ!」


女性は冷静な回答に少し驚いたようだったが、


虹色の髪の女性「ア・タ・シ・を・捕まえられるかな!」


青年B「気色悪いことを言うンじゃない!」


青年Bは人差し指に全気力を集中して構えた。


青年B「それ!」


人差し指で画面の中央辺りをタップしたが、なんとXボタンは女性の画面の縦幅を大きく圧縮してスマホ画面の底辺へ逃げていった。これには少し動揺したが、


青年B「いや、待て!お前はこの小さな小さなスマホ画面から出られない!」


虹色の髪の女性「イマサラそれがわかったからって…何ができろと思うの?ア・タ・シ・か・ら・逃れられると思ってるの?」


青年B息を大きく吸うと、


青年B「『スマホ画面の表示について』の法律は知ってる。次の一発で仕留める!」


青年Bが再び構えると、


虹色の髪の女性「これでどうだ!」


彼女のページは拡大縮小回転しながら激しく画面の中を舞った。青年Bはそれを見切ったのか、正確に一瞬でXボタンをタップした。すると虹色の女性のページは消えた。


青年B「条文に『持ち主が正確に押せない動きは表示してはならない』とあったはずだ!元ゲーマーのオレをこんな程度で翻弄した気になるな!」


と言いながら、銃口の煙を飛ばすように自分の人差し指の先をフーッと吹いた。


再び女性たちの写真の画面に戻った。スーッと肩の力を抜いてしばらく上を向いていたが、ふと、スマホに目を戻すと、いくつか下の欄の女性である特に美人ではないが真面目そうな女性に目がいった。すると、また勝手にページが開いた。


真面目そうな女性「あの…こういう時は何から話せばいいでしょうか?」


こちらも訳がわからないので、


青年B「あなたは何をしているのですか?」


と聞くと、


真面目そうな女性「私は山梨県の者ですが、マッチングアプリの『ナシっ子』に新規加入して、憧れの東京の方と…ってキャンペーンに参加しただけです。」


聞けばなるほど…であった。


青年B「マッチングアプリなのですか?スミマセンが…コチラはそのつもりでは…、閉じますね…サヨウナラ。」


真面目そうな女性「はぁ…失礼します…。」


青年Bは『ヤブーグル』を閉じた。


青年B「勝手に開いたマッチングアプリで政略結婚かよ…。絆とか言って既成事実を作りたいだけじゃないか!」


青年Bは大きな溜息を吐いた。スマホを一回スリープにすると、食べ残したカップ麺を再び食べ始めた。何か思い立つと、食べながらスマホを手に取り写真アプリを開き『ライブラリ』をタップしてから続いて『友達A』をタップした。しばらく写真を見ながら、ふと、はじめの方に会った1枚の写真に目が行った。


青年B「多摩川五本松公園か…アイツに初めて会ったのは…あそこだったな…。」


マップアプリを開いてみると、『多摩川五本松公園』は山梨県と千葉県の県境をなっていた。


青年B「ここならアイツも…。」


冷えたカップ麺を食べ尽くすと、お湯を沸かしてもう一食食べ、すぐ支度して出かけた。


そのころ、青年A、女学生A、Bも自宅でスマホを見ながら同じ事を考えていた。


青年A、女学生A、B「多摩川五本松公園なら…。」




親しい友人に会うチャンスが転がり込んできました。しかし、軍事国境を隔てて会うことはルール違反です。


友情は大切です…

ルールも大切です…


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