第1章最終話 熱
夜の風は冷たく、家の中はしんと静まり返っていた。
つばきは布団の上で丸くなっていた。
いつもなら眠りにつけるはずの時間なのに、
胸の奥が荒く上下し、熱い息がひゅうっと漏れる。
(……あつい……くるしい……)
頬が火照り、視界がぐらぐら揺れる。
そのとき――
布団の隙間から、ふっと光の粒が浮かび上がったように見えた。
胸元の少し上、首のあたり。
じわり、と薄い紋のような影が浮かびあがる。
月光に照らされて一瞬だけきらりと光った。
でも、すぐに淡く揺れて消えた。
(……いま……なにか……)
瞳を開けることさえ辛く、
“光を見た”という感覚だけがぼんやり残った。
つばきは布団を握りしめ、
荒い息の合間に、小さな声をこぼす。
「……ごめんなさい……
……また……めいわく……かけて……」
頬に、熱か涙か分からない水が滲んだ。
その声に気づき、
蓮華は急いで部屋へ入ってきた。
「つばきちゃん!どうしたの?」
近づこうとして、つばきの熱気に驚いた。
「……すごい熱……」
蓮華はすぐに冷静になる。
薬箱を引き寄せ、薬草をすり潰し、湯で混ぜる。
その動作は慣れているというより――
痛みの記憶に似た慎重さがあった。
「ごめんね、これ苦いけど……少しずつ飲んでみて」
つばきは苦しげに息を吐きつつも、
蓮華の手元だけを見て、かすかに頷いた。
蓮華は椀をつばきの唇に添える。
つばきの指が震えながら椀の縁を掴む。
ひと口。
喉がじん、と熱くなる。
「……えらいよ、つばきちゃん」
蓮華は優しく頭を撫で、
冷えた布をゆっくり額へ置いた。
(……だいじょうぶ……?)
(……ひとりじゃ、ない……?)
つばきの目に涙がにじむ。
「……ごめん、なさい……」
「謝らなくていいの。あなたは悪くないわ」
蓮華はタオルを絞りながら、小声で続けた。
「雨の日に濡れたのがよくなかったんだと思う。
すぐに楽になるから……もう少しだけ頑張ってね」
その声音は、つばきの恐れをそっとすくうように優しい。
そのとき、蓮が部屋に飛び込んくる。
「お姉ちゃん!つばきちゃん、どうしたの!?」
蓮華は振り返り、落ち着いた声で言った。
「熱があるみたい。……蓮、お願いがあるの。
“ほうこう草”が足りないの。サヤさんに、少し分けてもらってきてくれる?」
蓮は迷わずうなずいた。
「うん!すぐ行く!」
雨上がりで冷えた夜風の中、
蓮は小さな足で走り出した。
扉の隙間から、冷たい外気が入り込む。
蓮華はその風を受けながら、
ふと、自分の胸元へ手を当てた。
(……熱……)
その単語が突き刺さる。
蓮華の脳裏に――
二つの影が浮かんだ。
小さなつばきのように熱に浮かされ布団で震える両親。
呼びかけても返事をしなくなっていく、
あの病の夜。
喉の奥がぎゅっとつまる。
(――もう誰も、あんなふうに失いたくない)
蓮華はそっとつばきの手を握る。
握るというよりは、
“触れたら逃げてしまう小鳥を包むように”。
「……大丈夫。あなたは助かる。
私が絶対に、守るから」
つばきの呼吸はまだ荒い。
額のタオルがじんわり熱を吸う。
その横顔を見つめながら、蓮華は深く息を吸った。
外では風の音。
遠くで蓮の走る影。
部屋の中には――
り……ん。
弱い息とともに鳴った鈴の音は、
祈りのようにも、
――小さな兆しのようにも聞こえた。
夜はゆっくりと更けていく。
だが、この静けさは長くは続かない。
ーー第1章完ーー
プロローグから第1章まで、一挙公開しました。
第2章から毎日1話ずつの投稿となります。
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