幽界郵便屋さん

リラックス夢土

第1話



 俺は幽界ゆうかい郵便屋ゆうびんやだ。



 幽界郵便屋はどんなものかだって?

 仕方ねえなあ。知らないなら簡単にお前さんに俺の仕事内容を説明してやるぜ。



 まずは郵便屋ってくらいだから俺が運ぶ物は主に手紙や書類などだ。

 たまに宅急便扱いの物も運ぶこともあるがそれは特別な場合のみ。



 そして俺に手紙を出して欲しいと依頼してくるのは幽界に来た連中だな。

 まあ、早い話が死んでしまった奴らさ。



 預かった手紙の送り先はそいつらが生きていた世界だ。

 死ぬ奴らの中には突然事故で死んじまったり予想外のことで死んじまう奴らもいる。



 そういう奴らは突然家族と死に別れてしまって最後に自分の想いを家族に伝えることはできない。

 生前の世界に未練を残しちまうとその魂は輪廻転生を承諾しないためずっと幽界を漂うことになる。



 そうすると幽界が魂で人口爆発しちまうから幽界のお偉方が考えて設立したのが幽界郵便屋だ。

 自分が死んだ後にどうしてもまだ生きている奴らに伝えたいことがある場合はそれを送れる制度を作った。



 幽界郵便屋を使うには「ルール」がある。



 ひとつ、幽界郵便屋を使えるのは一度のみ。

 ひとつ、幽界郵便屋を使ったら輪廻転生を受け入れること。



 この条件を呑んだ魂から俺たちは郵便物を預かる。

 そしてこの郵便物を届ける仕事が幽界郵便屋だ。



 そんなこと言っても死者からの手紙なんか受け取ったことないって?

 それなら今回は特別にお前さんは俺の仕事に同行してもいいぜ。

 世の中、百聞は一見に如かずって言うしな。



 さて今日も仕事するか。

 え~と、最初の配達先はっと……



 俺は本日配達する配達物の中から一番最初に配る手紙の宛先を確認して幽界から生者の世界と向かった。

 幽界郵便屋の配達員は生者の世界では鳥の姿になる。



 おっと、この家だな。



 俺は一軒家の二階の部屋に侵入する。

 鳥の姿をしていても俺たちは幽界の者だから窓や壁は通り抜けることができるのでどこでも侵入できるのさ。



 手紙の宛先はこの家の二階のこの部屋の机の中。

 俺は手紙を宛先通りにその部屋の机の引き出しを開けてそっと入れる。



 本来ならこれで俺の配達の仕事は完了だが今回は俺の仕事内容をお前さんに教える約束だからな。

 この配達された手紙にどんな意味があるのか特別に見学させてやろう。





「義兄さんが交通事故で亡くなってから一か月ね。気持ちは落ち着いた? お姉ちゃん」


「うん、少しね。いつまでも悲しんでいられないわ。私はこの子を育てる責任があるから」



 咲子さきこは自分の妹にそう言いながら息子をあやす。

 一か月前に咲子の夫は交通事故で亡くなった。


 子供が産まれてこれから幸せな未来が続くと思っていたので突然夫の健司けんじが交通事故で亡くなったことのショックは大きい。

 だが、悲しみに囚われている暇はない。幼い息子をこれから一人で育てていかないといけないのだから。

 


「そうだね。まもるくんを立派に育てないとね。私も協力するからね、お姉ちゃん」


「ありがとう。嬉しいわ」


「それじゃあ、今日は護くんの面倒を見てるからお姉ちゃんは義兄さんの遺品整理してね」


「うん。じゃあ、お願いね」



 息子を妹に預けると咲子は二階の夫の部屋へと向かう。

 夫が亡くなった後は葬儀でバタバタしていて夫の遺品整理が今日までできていなかったのだ。


 息子との新しい生活を出発させるためにも夫の遺品を整理して心の区切りをつけたいと咲子は思っていた。

 二階の夫の部屋に入るとそこに愛する夫はいないのだと悲しみに襲われるが咲子は自分に気合いを入れるために両手でピシャリと自分の頬を叩いた。



「これからは護と二人で生きていくんだからしっかりしなきゃ。え~と、まずは机の中から整理していくか」



 咲子は夫が使っていた机の引き出しを開ける。

 そこには封筒があり「咲子へ」と書いてあった。



「何かしら? この封筒。私の名前が書いてあるけど……」



 咲子は封筒を開けて中に入っていた手紙を読む。



『咲子へ。この手紙でいつも言葉には出せない君への感謝を伝えようと思う。毎日、俺のために家事をしてくれてありがとう。咲子の作る飯はうまくてとても満足しています。護の世話も頑張っている咲子には感謝しかありません。ずっと咲子と護と一緒にいたいけど世の中何が起こるか分からない。でも俺がいなくなってもその時は護が咲子を護ってくれると俺は信じています。咲子を護ろうという意味を込めて息子には護という名前を付けたのだから。どんなことがあっても咲子と護はずっと俺の大事な家族です。愛しています。健司より』



「これは……健司さんが遺した手紙……そうね……私たちはいつまでも三人家族よ……私もあなたを愛しているわ、健司さん。護が私を護るというなら私も護を護るから……安心してね……うぅ……」



 咲子は手紙を抱き締めながら涙を流す。

 健司からの手紙は咲子の心を癒すと同時に改めて息子を育てていく力を咲子に与えてくれた。





 分かったかい? 俺が配達した手紙であの奥さんは夫を亡くしても子供を育てていく力を得たのさ。

 こういう場面を見ると俺もつい涙しちまうこともある。


 なんだって? もっと感動的な場面を見たいから次の配達に行こうだって?

 お前さんにはもう少し現実ってものも見せないといけないかもなあ。



 俺は次の配達物を確認する。



 おっと、いけね。こいつは速達扱いだ。

 ほら、ついてきな。急いで次の場所に行くぜ。

 次はおそらくお前さんにも現実ってもんが分かるだろうよ。



 鳥に姿を変えた俺は次の配達先へと向かう。

 次の配達先は立派なお屋敷だ。



 手紙の宛先はこの屋敷の主人の部屋にある金庫の中。

 家に侵入した俺は金庫の中に手紙を置く。金庫には鍵がかかっているが幽界の者である俺には鍵が閉まっていても関係ない。



 さあ、何が起こるかお前さんもよく見ておきな。





「では皆様、お揃いになられましたので故人の遺言書が入っている金庫を開けます」



 弁護士の声に三人の男女は緊張する。

 今日は亡くなったこの屋敷の主人である俊夫としおが遺した遺言書が公開されるのだ。



 生前の俊夫は会社の社長をしていてその資産は莫大な額になる。

 そしてそれを誰が相続するのか俊夫が遺した遺言書で決まるのだ。



 相続人候補は三人いる。

 ひとりは俊夫の後妻の温美あつみ。ひとりは俊夫と先妻との間の息子である和俊かずとし。もうひとりは俊夫と温美の間の息子である春俊はるとしだ。



 金庫の鍵が開けられ中にあった遺言書を弁護士が手に取り読み上げる。



『私の会社の権利及び資産の全ては私の秘書である浪川なみかわ俊樹としきに相続させる。小栗おぐり俊夫としお



「は? 秘書に全財産を相続させるだと!」


「何を馬鹿なことを! 相続の権利は俺たち三人にあるんだろ? なんで赤の他人に相続させるんだよ!」


「そうよ! 私は俊夫さんの妻なのよ!」



 遺言書の内容に納得のいかない三人が騒ぎ立てる。

 すると弁護士が静かな声で話し始めた。



「それについては私から説明いたします。まず浪川俊樹さんは俊夫さんの息子です。俊樹さんの母親と籍は入れておりませんが俊夫さんは俊樹さんをきちんと認知されております」


「愛人の息子だったってことか!」


「そんなの認めないわよ!」


「俺も認めん!」



 そこへひとりの男性が部屋に現れる。



「私が社長の小栗俊夫の息子であることは事実です。ですがあなたたちにも遺留分だけの遺産は渡しますよ。それを受け取ったらこの屋敷を出て行ってください」


「浪川っ! 俺たちを馬鹿にするのか! 殺してやる!」


「そうだ! てめえなんか死んじまえっ!」



 和俊と春俊が浪川に殴りかかり大騒ぎになる。

 弁護士が警察に通報し小栗家のお家騒動は世の中に知れ渡ることになった。




 ほうら、分かったかい?

 今回、俺が運んだ手紙は遺言書だ。



 きっと俊夫って奴は死んでから遺言書の中身を書き換えたくなったんだろうなあ。

 でもそのおかげでこのとおり流血事件のお家騒動になっちまった。



 俺が運ぶ配達物の全てが生者を幸せにする感動ものじゃないことがお前さんにも分かっただろ?

 なんだって? それでも最後まで俺の仕事を見てみたいだって?



 それなら次の配達が最後だからついてきな。



 俺は最後の配達先へと向かう。

 そこはあるアパートの部屋だ。俺は宛先になっている場所に配達物を置く。



 さあ、これが最後だからよく見ておけよ。



「この部屋の住民と連絡が取れないんですね?」


「そうなんですよ。こちらの住民の職場の人から無断欠勤が続いていると連絡を受けまして一応念のためにお巡さんにも連絡したんです」


「なるほど。大家さんの話は分かりました。あなたがその職場の人ですね?」


「はい。私はここに住んでいる野村のむら加奈子かなこさんの上司の武村たけむら慎吾しんごと申します。野村さんは真面目な人で今まで無断欠勤をしたことがないので会社としても心配しておりまして」


「そうですか。では大家さん。部屋の鍵をください。部屋を確認しますから」


「はい。どうぞ」



 大家から部屋の鍵を受け取った二人の警察官は鍵を開けて部屋の中に入る。

 すると部屋が荒らされており床にはいろんな物が散らばっていた。



 その部屋の中央でひとりの女性が倒れている。

 女性の背中には刃物が突き刺さり身体は血塗れだった。



「これは殺人だな! すぐに本部に連絡を!」


「ああ、分かった!」



 ひとりの警察官が本部へとすぐに連絡する。

 もうひとりは現場の様子を慎重に確認した。



 死んでいる女性の手が床に散らばっていた紙のひとつに伸びそこには血文字で何か文字が書いてある。

 その血文字は「たけむらしんご」と読める。



「これはダイイングメッセージだ! たけむらしんごってことは上司のあいつか!」



 文字を確認した警察官は部屋の外で待機していた武村を拘束した。



「な、何をするんですか! お巡りさん!」


「野村さんと思われる女性は亡くなっていました。そしてその女性が残したダイイングメッセージにあなたの名前が書かれていたのです」


「そ、そんな馬鹿な! 私が見た時にはそんなものは……あっ!」


「ほお、あなたが見た時にはダイイングメッセージはなかったということですか。あなたが何を見たのかお話を聞かせてください」


「く、くそ、加奈子が悪いんだ! ただの浮気相手だったくせに俺の家庭を壊そうとするから!」



 喚きたてる武村を警察官は警察署に連れて行く。

 その後は大勢の警察がやって来てアパートの周囲は騒然となった。




 

 分かったかい? 今回、俺が配達したのはダイイングメッセージが書かれた紙さ。

 まあ、単なる手紙じゃなくてこういう物も配達するのが俺の仕事だ。



 差出人は自分が殺されて犯人を捕まえて欲しくてこのダイイングメッセージを書いた紙を送ったんだろうねえ。

 この配達物のおかげで事件は解決したようなものだ。



 さあ、これで本日の俺の配達は終わりだからさっさと帰るぜ。

 ところでお前さんはどんな手紙を出すんだい?



 は? なんでそんなこと訊くのかだって?

 だってお前さんはもう死んでるじゃないか。死んで未練があるから幽界郵便屋に来たんだろ?


 

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