第2章「絶望の撤退戦と『建築』」

「業務開始。工期はゼロ秒だ!」


 俺が魔導スコップマジック・ショベルを地面に突き立てた瞬間、世界が書き換わった。


 ドゴォオオオオオオン!!


 凄まじい轟音と共に、俺とエレナの足元が爆発的に隆起する。

 土くれが生き物のように蠢き、瞬く間に分厚い土壁へと変貌した。襲いかかっていた重魔導機兵ヘヴィ・ゴーレムの鋼鉄の拳が、その土壁に激突し、虚しく弾かれる。


「な、なんだこれは……!? 魔法……いや、これは『施工』か!?」


 エレナが目を白黒させている。

 無理もない。俺の固有魔法超速施工ハイ・ビルドは、マナを触媒に物質の形状と密度を自在に操る、土木作業特化のチートスキルだ。


「姫様、ボサッとしてないで走ってください! 今の壁は『仮設』です。三〇秒も持ちませんよ!」


「あ、ああ! わかった!」


 俺たちは土煙の中を疾走した。

 背後では、重機兵たちが怒り狂って土壁を粉砕している音が聞こえる。

 だが、問題はそれだけではなかった。


 ヒュルルルルル……ズドオオオオオオン!!


 頭上から、雨のように着弾する榴弾の嵐。

 敵の本隊が到着したのだ。


 帝国の「爆撃将軍」ガレオス。破壊を芸術と呼ぶ狂人の指揮下にある砲撃部隊が、このエリア全域を更地にするつもりで撃ち込んできている。


「くっそーーッッ、火力が違いすぎる……! このままではジリ貧だ!」


 エレナが悲鳴に近い声を上げる。

 彼女の美しい白銀の鎧は煤で汚れ、誇らしげなハーフアップのツインテールも爆風で乱れている。


 俺たちは辛うじて、崩れかけた地下壕の入り口へ滑り込んだ。だが、天井の岩盤がミシミシと不吉な音を立てている。爆撃の衝撃で、今にも崩落しそうだ。


「まずいな。強度が足りない」


 俺は即座に状況を判断した。補強材が必要だ。鉄骨代わりになるような、高硬度の金属が。

 俺の視線が、隣で肩で息をしているエレナの体に止まる。


「……ありましたね。良質な建材スクラップが」

「な、なんだその目は。嫌な予感がするのだが」


 エレナが身を引くが、俺は遠慮なく手を伸ばした。

 狙うは、彼女の胸元だ。


「ちょ、貴様!? どさくさに紛れてどこを触って――ひゃんッ!?」

「すいません、ちょっと拝借します」


 俺の手が、エレナの胸部を覆う分厚い装甲板に触れる。


「おい! 私の鎧を勝手に補強材にするな!」

「姫様、その胸パッド無駄にデカいんで壁の一部にしますね。実用性重視でいきましょう」

「ッ!? こ、これはパッドではない! 正真正銘、私の……キャアアアアッ!?」


 カッ! と青い光が走り、エレナの胸鎧の表面装飾と、余分な厚みが剥ぎ取られた。

 俺はそれを液状化させ、崩れかけた天井の岩盤へと融合させる。

 ガキンッ!

 金属の支柱が生成され、崩落しかけていた天井をガッチリと支え込んだ。


「ふぅ……これで一安心だ。それに姫様、その方が軽くて動きやすいでしょう?」

「き、きさ……貴様ァ……! 私の誇り高い王家伝来の鎧を……しかも、これでは胸がたわんで邪魔ではないか!」


 エレナが顔を真っ赤にして胸元を隠す。

 確かに、ゴテゴテした装甲がなくなった分、彼女の豊かな双丘のラインがインナー越しに露わになっていた。

 ……うん、悪くない光景だ。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「無駄口叩いてる暇があったら走りますよ! 出口はすぐそこです!」


 俺はエレナの手首を掴み、地下壕を駆け抜けた。

 光が見える。出口だ。

 だが、飛び出した俺たちを待っていたのは、希望ではなかった。


「……あーあ。これはまた、派手にお出迎えしてくれたもんだ」


 そこは、切り立った崖に囲まれた袋小路の谷底だった。

 そして、唯一の退路である谷の入り口には、数百の帝国兵と、戦車部隊がずらりと並んでいた。


 その中央。ひときわ巨大な戦車の上に、巨漢の男が立っている。

 ガレオス将軍だ。


「ガハハハハ! ネズミどもが、よくぞここまで逃げ延びた! だが、そこが行き止まりだ。墓場としては悪くなかろう?」


 ガレオスの合図と共に、全ての砲塔が俺たちに向けられる。

 絶望的な光景。

 エレナがガクリと膝をついた。


「……終わり、か。私の力が足りないばかりに……すまない、ヴァン。貴様まで巻き込んで」


 その瞳から光が消えかけている。

 無理もない。戦力差は一対五〇〇。地形は袋小路。

 誰がどう見てもチェックメイトだ。


 だが。

 俺はゆっくりと、谷底の地形を見渡した。


 左右にそびえる脆そうな岩壁。

 足元に広がる、ぬかるんだ土壌。

 そして、正面に密集した敵の大軍。


「……ククッ」


 喉の奥から笑いが漏れた。


「ヴァン……? 何を笑っている?」

「いやね。あの将軍、わざわざ俺たちのために『最高の建材プレゼント』を用意してくれたなと思って」


 俺は魔導スコップマジック・ショベルを構え、カツンと石突きを鳴らす。

 職人の血が騒ぐ。

 ここからは、俺の領域だ。


「姫様、見ててくださいよ。ここからが本番、メインイベントだ」


 俺は不敵に笑い、スコップを高々と掲げた。


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