第3章「反撃の狼煙、強制退去命令」

「全砲門、斉射ァアアッ!!」


 ガレオス将軍の絶叫と共に、数百の砲身が火を噴いた。

 空を埋め尽くす砲弾の雨。物理法則に則れば、俺たちは数秒後にミンチになる。

 だが。


「――現場監督おれの許可なく、勝手に資材を搬入するんじゃねえよ」


 俺は深く息を吸い、足元の泥濘ぬかるみに魔力を流し込んだ。

 固有魔法超速施工ハイ・ビルド、術式展開。

 対象は、この谷底の「地盤」すべてだ。


流動化路盤ベルトコンベア・ロード!」


 ズズズズズズズ……ッ!!


 地鳴りと共に、俺たちの前方一帯の地面が、まるで液状化したように波打った。

 いや、実際に流れている。土砂が高速で回転し、逆走するベルトコンベアとなって敵軍の足元を掬い取ったのだ。


「な、なんだ!? 戦車が……勝手にバックしていくぞ!?」

「馬鹿な、キャタピラが空転している! 制御不能だ!」


 前進しようとしていた戦車隊は、高速で後退する地面に足を取られ、次々と姿勢を崩す。

 そこへ後続の車両が突っ込み、さらにその横っ腹へ装甲車が激突した。


 ガシャーン! グシャアッ!


 まるで子供が散らかしたオモチャ箱のように、鋼鉄の塊同士が玉突き事故を起こし、火花とオイルを撒き散らして大破していく。


「す、凄い……! たった一撃で敵の陣形を崩壊させたのか!?」


 エレナが目を輝かせて俺を見る。

 だがしかし! こんなものは挨拶代わりだ。


「感心してる場合ですか、姫様。あいつら、まだるっこしい『解体』をご所望らしいんでね。……ちょっと失礼」


「ん? きゃあっ!?」


 俺はエレナの腰に手を回し、その華奢な身体をグイッと引き寄せた。

 薄くなったインナー越しに、柔らかな肢体の温もりが伝わってくる。彼女の心臓が早鐘を打っているのが掌に響いた。


「な、ななな、何を抱きついているんだ貴様! 戦場のど真ん中だぞ!?」

「じっとしてて下さい。振動が来ますよ」


 俺は彼女を抱きかかえたまま、スコップを横薙ぎに振るった。

 狙うは、谷の両サイドにそびえ立つ、脆い岩壁の「構造的弱点ウィークポイント」。


連鎖崩落ドミノ・クラッシュ!!」


 カッ!


 岩壁の基部が弾け飛ぶ。

 それを合図に、数百トンの岩盤が、計算され尽くした角度で敵軍の頭上へと雪崩れ込んだ。


 ドガガガガガガガッ!!


 巻き上がる土煙。押しつぶされる魔導機兵。悲鳴と爆音が交錯する阿鼻叫喚の地獄絵図。


「ひぃっ!?」


 轟音に怯えたエレナが、反射的に俺の首にしがみついてくる。

 豊かな胸の膨らみが俺の腕に押し付けられ、甘い香りが鼻腔をくすぐった。


 ククッ……役得だが、集中力が削がれるな。


「おのれェェェェ!! 小賢しいマネをッ!!」


 土煙の向こうから、悪魔のような咆哮が響いた。

 ガレオスだ。


 彼の乗る巨大戦車だけは瓦礫を弾き飛ばし、無傷で残っていた。

 その主砲の先端に、どす黒い赤色の光が収束していく。


「消えろォ! 地形ごと消し飛べッ! 極大焼夷魔砲イグニス・ブラスター!!」

「ま、まずい! あれは城壁すら蒸発させる戦略魔法だ!」


 エレナが青ざめて俺から離れようとする。

 だが、俺は逆に彼女の手首を掴み、自分の方へと強く引いた。


「姫様、俺の目の前に立って」

「は!? 盾になれと言うのか!?」

「違います。『鏡』になるんです」


 俺はエレナの背中に手を添える。

 そこは、先ほど俺が装甲を剥ぎ取り、インナーが剥き出しになっている無防備な背中。

 素肌に近い熱を感じながら、俺は全魔力をスコップから地面、そして空気中の粉塵へと伝播させた。


即時精製・反射鏡面インスタント・ミラー・ウォール!」


 キィィィィン!!


 大気中のシリコン成分が結晶化し、エレナを中心に、巨大で平滑なクリスタルの壁が出現した。


 直後、ガレオスの放った極太の熱線が着弾する。


 ジュボオオオオオッ!!


 すべてを溶かす熱量。だが、俺が精製した「鏡」は、そのエネルギーを完璧な角度で跳ね返した。


「なっ、馬鹿なッ!? 我が魔砲が――」


 反射した熱線が、一直線にガレオスの戦車へと逆流する。


 ズドンッ!!


 主砲が誘爆し、巨大戦車が炎に包まれた。


「ぐわァアアアアアッ!?」


 黒煙を上げて沈黙する敵将。

 戦場に一瞬の静寂が訪れる。


「は、跳ね返した……? 魔法を……?」


「光線系の魔法なら、反射角さえ計算すれば簡単ですよ。ま、姫様の美しさが輝きを増幅させたってことにしておきましょうか」


「……っ! 貴様、そういうところだぞ……もぉ」


 エレナが耳まで赤くして俯く。

 だが、まだ終わっていない。


 炎上する戦車の中から、ガレオスが這い出てきたのだ。全身火傷だらけだが、その殺意は衰えていない。


「殺す……貴様らだけは、絶対に殺す……ッ!!」


「しぶといですね。……姫様、仕上げといきましょう」


 俺はスコップを振るい、足元の瓦礫を組み替えて、空へと伸びる長大な「滑走路スロープ」を作り出した。

 先端が反り上がった、即席のカタパルトだ。


「仕上げとはなんだ? まさか、これを登って逃げるのか?」


「いいえ。これを登って、『飛ぶ』んです」


「は?」


 俺はエレナの身体を軽々と抱え上げると、カタパルトの射出台にセットした。


「ちょ、待て! 何を! どこを触っている! お尻! お尻はまだダメだ!」


ダメだって、どういうことですか! ……空力特性よし。重量バランスよし。……行きますよ、人間砲弾」


「人間ほ――!?」


 俺はエレナの背中に魔力を込めたスコップを添え、ニヤリと笑った。


「安心してください。俺の施工に、手抜きはありませんから」


 ドォォォォォンッ!!


 炸裂音と共に、俺はエレナを弾き飛ばした。

 超加速射出カタパルト・シュート


 音速を超えて射出されたエレナは、一筋の銀色の流星となって空を裂く。


「うわああああああああッ!? ヴァン、この大馬鹿者ォォォォッ!!」


 罵倒しながらも、彼女は空中で本能的に剣を構えた。

 その切っ先は、正確にガレオスの眉間を捉えている。


「いっけええええええッ!! 姫様ァッ!!」


 俺の叫びと同時に、銀色の閃光が敵将へと突き刺さった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る