第六話

 作戦会議を九分九厘聞いていなかったプロングは隣にいる作戦の発案者に耳打ちをした。


「おい、作戦とは一体どんなものなのだ?」


 進軍中だというのになんとも頓珍漢な質問をするものだとアニゴは呆れる。

いじわるをして答えないという事もできたが、作戦の要と言っても過言ではないプロングに把握してもらわねば困る。

アニゴはため息を吐きながらも内容を要約して説明した。


「良いか、敵勢力を分断するのがお前の役目だ」

「ふむ」

「土魔法でも氷魔法でも何でもいい。壊れにくい壁を作り出して、なるべく兵士が囲まれないようにしてほしい」


 アニゴは更に説明を続けようとするが、やるべきことが分かったプロングにはもう聞く気が無い。

再び索敵をし、全体像を見渡すプロング。

やる気はあるようで何よりだ、とアニゴは笑う。


 この街の魔法使いはかなり数少なく、心もとなかった。

そこまで魔法の発展している場所ではなかったのだ。

だからこそプロングの魔法は重宝される。

あまり会議では乗り気ではなかった為危惧していたのだが、大丈夫そうだ。


「見えてきたぞ」

「分かっている」


 恐らくこちらの姿を発見した敵兵が全体に通達しているだろう。

これから戦いは更に激しくなる。アニゴは深呼吸をし、ナイフを手にした。


「進めー!」


 街のメインストリート、そこにたどり着いた瞬間に、待ち構えていた敵兵が一気に攻めてくる。

しかし負けじとこちらもやり返す。

相手の主戦力と戦うのは領主達の役割だ。


街の中央で戦いが起こっている今、意識はそこに向き、参戦しようと近づいてくるだろう。

実際中央の戦いで敗れた時点でこちらの負けは確定する。


 だがそんなことはさせない。いわばこれは罠なのだ。

メインストリートへ続く道はかなり限られており、そこを通らねばたどり着けない。

裏通りもあるだろうが、そんなもの侵略者が知るはずもないだろう。


そうなれば敵の流れは一目瞭然。

プロングの力がここで役に立つ。


 索敵である程度の数の敵がメインストリートへの道に入った事を確認すると、入口と出口を氷魔法で封鎖する。

全員を捕まえる事は出来ないが、これで戦力は分散できた。


「いいぞ」

「よし、第二陣行くぞ!後は領主サマ達に任せろ!」


 アニゴの合図で三分の一の兵士が四方へ散っていく。

それぞれ屋根に上り、上から閉じ込めた敵兵を攻撃する。

敵兵も上に登ろうともがくが、撃ち落されて終いだ。

八方塞がりとはこのことか、と壊されそうな氷の壁を補強しつつ、プロングは索敵を続ける。


 アニゴとあと数人は未だ各地で戦闘中の国民の援護へ向かった。

既に制圧されてしまった場所を指示すると、真っ直ぐそこへ向かうアニゴ。

少しの見張りしかいないためあっさりと取り返し、再び制圧された場所へ向かう。


 これが一人の力であって良いのか。そう思わざるを得ない戦闘力を持つ男だ。

一体どれだけの訓練を積めばこの強さを手に入れられるのか。

その力にはどんな気持ちが込められているのか。


 気になって仕方ないが、きっとアニゴは話してくれないだろう。

プロングは気合を入れなおし、壁の補強をしつつ戦いに参戦した。










「真っ向勝負するな!地の利を生かせ!お前たちが生まれ育った場所だろうが!」


 国民を鼓舞しながら戦い続ける。

メインストリートとは違って何処から敵兵が来るかも分からない。

そんな状態で戦うというのは体力的にも精神的にも厳しいものだ。

しかし着実に敵兵の数は減っている。

このままいけば完全制圧も難しい事ではないだろう。

皆の心に希望が見え始めたその時。


「わ、派手にやってるね」


 凛とした声がアニゴの耳に入る。

その声には何処か威圧感があり、嫌な予感が全身を駆け巡った。

咄嗟に振り返ると、そこには何処かで見た事のある風貌をした男が立っていた。


「テメェ、何者だ?」


アニゴの問いかけに男はゆっくりと笑う。


「何故敵の君に名を教えねばならないんだい?」


 敵、その一言でアニゴはすぐさま臨戦態勢に入る。

雰囲気といい仕草といい、全てがアニゴの癪に障る男だ。

男はアニゴの威嚇を鼻で笑い、見下しているのか哀れな者を見る目をしながら口を開いた。


「まぁいいや。僕はフェデル。応援に呼ばれたんだ」


 敵兵とはまた違う軍服を着ている。おそらく敵の協力国の者だろう。

このような場に応援を呼ぶ時点で敵国の無様さがよく分かる。

しかし笑ってはいられない。

フェデルと名乗るこの男、魔力の量が尋常ではないどころか、剣の腕も立ちそうだ。


 アニゴは固唾をのみ、フェデルの一挙手一投足に目を向ける。

此奴は危険だ、勝てない。本能がそう言っているのだ。


「ん~。この戦力差でピンチになるような国に手を貸すべきじゃなかったね。面倒くさいだけだ」

「ならとっととテメェの国に帰りな」


 アニゴは怯えを表には出さず、それどころか逆に煽りだす。

こういう時は気持ちで負けてはいけない。

威勢だけでもよくしないと、全てにおいて負けてしまう。


「あは。そうしたいのは山々なんだけど、お偉いさんに怒られるからね。真面目にやるよ」


 そのために僕だけ先に来たんだ。

そう笑うフェデルは剣を抜き、アニゴに向ける。

どうやら相手は戦う気満々なようだ。


 先制攻撃をしたのはアニゴの方だった。

自身のスピードを生かしフェデルに突っ込み攻撃する。

しかし無駄な動きなく躱され、それどころか背中を軽く切られてしまった。


「クソッ…」

「今度は僕から行かせてもらおうかな」


 余裕の笑みを浮かべるフェデルは剣に触れ、魔法をまとわせる。

電撃をまとった剣の一撃を受ければ少なくともスタンしてしまうだろう。


宣言通りフェデルは剣を振り下ろす。

アニゴのナイフと比べて速度は遅いが、一撃の重さが違う。

一つ一つの攻撃を丁寧に躱すアニゴだが、フェデルの追撃は止まらない。

それどころか剣を持たない片手で魔法を発動し始めた。


「嘘だろ!?」


 アニゴに向けて無数の電撃が放たれる。

軌道が分かりにくいうえに数があまりにも多すぎる。

数発は躱したものの、死角からきた一撃が直撃してしまった。


 その衝撃で視界は真っ白に飛び、そのショックで体が硬直する。

フェデルはそのチャンスを見逃すことなく思い切り剣を振りかぶった。


 あと数センチでアニゴの首が飛ぶ。

その瞬間だった。




「起きろアニゴ!!」


 氷の塊が剣を弾き、アニゴの危機を救った。

追撃としていくつもの氷柱をフェデルに向けて発射する。

簡単にあしらわれてもいい。アニゴを起こす為の時間稼ぎだ。


「プ…ロ、ング」

「早く起きろ、寝てる場合ではないだろう!」


 氷魔法を放ったのは無論プロングだった。

索敵であまりに強い者がアニゴの下に現れた為、助太刀に来たのだ。


 相手は恐らく剣士の弱点ともいえる雷魔法を得意としているのだろう。

物理的に切る事も出来ず、当たればその痺れ効果で暫く動けなくなる性質は魔法使いにはあまり有効ではないが、剣士や近接攻撃を得意とする者の天敵である。


アニゴにとってなんとも相性の悪い敵だ。

しかも剣士と魔法使いの複合型と来た。これでは魔法使いも歯が立たない。


 プロングは冷や汗が止まらない。

アニゴが動けるようになるまでにはもう少し時間がかかる。

それまで自分一人で戦わなければいけないのだ。


 ヒロアスと対峙した時の感覚と何故か似ている。

どうしようもなく強い相手と対するというのはこれとない恐怖を伴うのだ。

しかしプロングは逃げないし、隠れもしない。

復讐を心に誓ったのだ。こんな所で負ける訳にはいかない。


 強い覚悟を持ってフェデルに向き直る。

突然現れたプロングに驚いていたフェデルだが、再びにっこりと笑って剣を構える。

相変わらず剣には電撃が禍々しく走っていた。


「君じゃ相手にならなそうだね。苦しまないよう一瞬で殺してあげるよ」

「……やれるものならな」


 フェデルが勢いよく踏み出す。

そのスピードはかなり速く、目で追うので精一杯だ。

しかしアニゴの方がもう少し速い事をプロングは知っている。


 一撃目を何とか躱し、ままならない体制から何とか氷魔法で攻撃する。

だがフェデルも予測していたようで難なく躱す。

そしてもう一撃を、と力を込めたフェデルだが違和感を感じた。

足元が凍り始めているのだ。これでは抜け出すのに数秒を要する。


その隙にプロングは風魔法を利用して空へ浮かびあがる。

地上戦では勝ち目がないのは明白だからだ。

フェデルが氷を砕いているその隙に普段は唱えない呪文を詠唱し、魔法の威力をあげる。

風と氷の複合魔法。竜巻に氷の礫を加える事で殺傷性が増し、更に抜け出しにくくするのだ。


 フェデルを中心にして魔法を発動する。

これが今プロングに出来る全力の時間稼ぎだ。


「ふーん。考えたね」


 既に足元の氷を砕き切ったフェデルは少し考えた後、天に向かって剣を突き上げる。

空模様が段々と悪くなり、雨が降り出しそうな雰囲気に変わる。

フェデルが何をしたいのか察したプロングは急いで地上に戻った。


次の瞬間、一瞬辺りがピカリと光ったかと思えばとてつもない衝撃音が響き渡る。

竜巻に向かって落ちたのは特大級の雷だ。

天を切り裂く雷は竜巻をも切り裂き、あっという間に霧散していく。


「嘘だろ…」


 あれ程の衝撃があった中心地にいたというのに、フェデルは何事も無かったかのように佇んでいた。

その手に握られる剣は雷の力を吸収したのかかなりの力が溜まってる。


急いで次の策を考えるプロングだが、自身に強化魔法をかけたフェデルの素早さには追いつけなかった。

肩から腹にかけてかなりの深さで切られてしまう。

血が勢いよくあふれ出て、それが母の死を想起させる。

何とか血を止めようと傷口を抑えるが、何の意味もなさない。

無情にもドクドクと流れ落ちていく。


「あ、ごめんね。首を狙ったんだけどさ」


 ズレちゃった、と笑う姿はもはや悪魔である。

恐怖か絶望か。プロングの中から色々な感情が沸き上がる。

しかしもう目の前が霞み始めてしまった。


「それじゃあ、お疲れ~」


 フェデルが剣を振り上げる。

プロングは思わず目を瞑った。





 しかしいつまで待っても衝撃が来ない。

重たい瞼を何とかこじ開け、前を見る。

そこにはアニゴとフェデルが剣を交えている姿があった。


「わりぃプロング!大丈夫か!?」


 遅すぎる目覚めに今度は怒りが沸き上がる。

しかしどっと安心感が心を覆った。

腰が抜けたのかはたまた貧血か。プロングはもう立ち上がる事が出来なくなってしまった。


「よそ見する暇なんてあるのかい?」


 プロングが無事な事を確認したアニゴは目の前にいる敵に集中する。

全集中力をフェデルに注がなければ負けてしまうだろう。

ナイフを握る手に汗が浮かぶ。

どうやってこの男の弱点を見つけ出すかが肝だ。


 飛んでくる斬撃を躱しながらなんとか隙を探るも、相手は全く本気ではないようでただ体力が奪われていくだけだった。

時間が経つにつれダメージが溜まり、段々と避けきれなくなってくる。

万事休すか、と舌打ちするアニゴ。

しかしプロングが何かを閃いたのか、アニゴに向かって叫ぶ。


「手だ!手を狙え!魔法使いは魔力を一度手に集める傾向がある。そこを潰すんだ!」


 フェデルやプロングが魔法を使う際は必ず手から発動している。

それを潰すことが出来れば魔法を出せるようになるまで時間がかかるだろう。


「そんな丸聞こえな作戦に引っかかると思うの?」


 アニゴの目に希望が映るが、フェデルの一言で我に返った。

それもそうだ。フェデルは今から手に対しての攻撃を警戒すれば良いだけになってしまう。


だがアニゴはそこまで単純ではない。

その集中を利用し別の箇所への攻撃を仕掛ければいい。

ブラフが出来ない程アニゴは弱くない。集中力を乱すことが出来ればこちらのものだ。


 体力が少し戻ったのかプロングも援護をする。

アニゴへの回復魔法や支援魔法。フェデルへの弱体化魔法は弾かれてしまったが、弾くのにも魔力を消費するし、警戒をしなくてはならない。

二対一。卑怯かもしれないが、これが戦争と言うものだ。

相手もそれを分かっていて参戦している。文句を言われる筋合いはない。


 プロングが広範囲で足元を凍らせ、フェデルの動きを止めようとする。

しかしフェデルは余裕の表情で躱した。


「同じ手は喰らわないよ!」


 フェデルの意識が完全にプロングに向いたその一瞬の隙。

それをアニゴは見逃さなかった。


二人の連携で掴み取った一瞬の隙。無駄にするわけにはいかない。

アニゴはナイフに魔力をまとわせ強化する。

腕を二本同時に切り落とすとなればそれくらいしないと不可能だと判断した。


 普段はやらない為お粗末なものだが、フェデルの手を切り落とすにはなんら問題はなかった。

血が噴き出て、辺りに真っ赤な水たまりができる。

フェデルは何が起きたのか理解できなかったのか、落ちていく自身の手をただ見つめていた。


 ゴトリと嫌な音が辺りに響く。

そのあとに続いて軽い剣が落ちる音。

フェデルの動きが止まる。プロングも油断して啞然としているが、アニゴはすぐにフェデルを取り押さえた。


「……あは、やられちゃった」


 アニゴのナイフがフェデルの首に近づく。

だがフェデルは何の抵抗もしなかった。

それどころかジッとアニゴの顔を見つめて何かを考えている。


「言い残す事はあるか?」


 グッと力が入ったことでフェデルの首からは血が出始める。

しかし腕から流れる血の量にはまったくもって敵わない為、ちっぽけな事にすら思えてくる。


フェデルは少し考えた後、思い出したように口を開く。


「そういえば君…見たことが…ある。ヒロアス様に、斬りかかった奴だね」

「……お前の主将の首はいただくって決めてンだ」


 フェデルの口からヒロアスの名が出た事に少し驚く。

余計ナイフに力が入るが、フェデルは気にしていないようだ。

駆け寄ってきていたプロングにも内容が聞こえたのか、少し驚いた表情でフェデルを見ていた。


「断言するよ。君達みたいな…ちっぽけな奴に、ヒロアス様は負けない」


 そう言い残すとフェデルの瞳から段々と光が抜けていく。

それを見たアニゴは首からナイフを離し、フェデルから離れた。

恐らく出血多量だろう。一度に流れるには多すぎる血の量だ。


辺りにはフェデルの血が広がっている。

二人の胸には強敵に打ち勝った歓喜と、それ以上の憎悪が残った。


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