第五話
「お疲れ様です~。ちょっと外出ますね~」
アニゴはいい笑顔で周りに屯していた兵士達に話しかけ、自然に門から外に出た。
特になんの咎めも無い所を見るに、相手は相当油断しているようだ。
「こんなにスムーズにいくものなのか…」
「な、言ったろ。なんとかなるって」
この男は計画的なのか楽観的なのか、よく分からない。
城門から出てすぐの所にいくつかテントが設営されている。
兵士から聞き出した情報は正しかったようだ。
プロングは再び索敵をし、五人の影があるテントを割り出す。
「一番奥のテントだ」
「オーケー」
変装している為ばれても問題は無いのだが、なるべく気配を消して気づかれない様に接近する。
相手が奇襲をしてきたのなら、やり返しても文句を言われる筋合いなどない。
「プロング、テント全体の床を凍らせる事ってできるか?」
アニゴの作戦は恐らく足を固めて身動きを取れなくしてからの攻撃という事だろう。
そう察したプロングは無言で頷く。
あの日目覚めてから成長したのは体だけではなく、魔力もであった。
小さかった頃とは比べ物にもならない力を手にしたのだ。
本人にあまり自覚は無いが、理解はしているのだろう。
自分の力量を見誤る事はそうそうない。
アニゴは恐らく魔法があまり得意ではない。
接近戦や肉弾戦を好んでいるという事は見れば分かる。
だからこそアニゴに出来ない事をプロングがする。
役に立てているという事はプロングにとって何より嬉しい事だ。
「準備は良いか?」
「無論だ」
プロングが一瞬にしてテント内の床を凍らせる。
周りには気づかれぬよう工夫されているおかげで外からでは違和感が無い。
大声をあげられる前にアニゴは中に侵入する。
突然の事に魔法兵たちはパニック状態に陥っていた。
「き、貴様何者だ!」
そう問われるがアニゴは返事をしない。
それどころか一番近くにいた三人を素早く切った。
冷静に叩き込まれた斬撃で魔法兵三人は戦闘不能になる。
「このッ!」
一人が抵抗をしようと魔法陣を展開する。
しかしアニゴの動きは魔法が放たれるよりも素早かった。
容赦など知らないアニゴは躊躇なく急所を切る。
残り一人となってしまった魔法兵は凍り付いた足を動かし必死にもがく。
だが非力な魔法使いの力では氷にヒビを入れる事すら出来なかった。
「た、助けてくれ!」
無様にも命乞いを始める魔法兵。
見ていて気分がいい物ではない。幸い外にいるプロングには聞こえていなかった。
ここで情けをかける事が出来る者はどれくらいいるのだろうか。
少なくともアニゴはそんなもの持ち合わせていない。
魔法兵は恐怖からか腰を抜かして座り込み、アニゴを見てガタガタと震えている。
やはり一方的な蹂躙など、気持ちのいいものではない。
アニゴは感情を殺し、ナイフを振り上げた。
「終わったか」
「あぁ。見張りサンキューな」
外で見張っていたプロングと合流する。
これで一番厄介だった魔法使いはいなくなった。
安心はできないが後は歩兵を何とかするだけだ。
「既に敵兵のほとんどが街の中にいるぞ」
しかしこの人数差を埋めるのは中々骨の折れる事だ。
この街の兵士は未だ動けていない。
作戦も、どうするべきかも決めあぐねており膠着状態なのだろう。
「この町の兵士は何処にいるんだ?」
「恐らく領主の所だろうぜ。様子を見に行くか」
軍服は脱ぎ捨て、隠れながら移動する。
国民のピンチに一体何をグズグズしているのか。そう問い詰めに行かねば気が済まない。
途中何人もの敵兵を倒すが、それでもまだまだ数が減らない。
力のある国民は直接戦ったり、バリケードを設置したりと各々できる抵抗を続けている。
しかしそれも時間の問題だろう。
領主の屋敷があるのは街から少し離れた、上り坂を上り切った場所だ。
ここまでは敵兵も来ていなかったが、ピリピリとした空気が漂っている。
やはり兵士たちはここで指示を待っていたようで、屋敷の庭で待機していた。
「見たところ、騎士団長が領主と話してるみてぇだな」
アニゴは背の高い木に登り、屋敷の中の様子を観察する。
書斎のカーテンを開けっ放しにして話をするのはいかがなものかと心配になるが、今はそのガサツさに感謝だ。
しかし呑気に話し合いなどしている場合ではない。
そんな事も分からないのかここの領主は、とアニゴは悪態を吐いた。
「このままでは一向に戦況は変わらないぞ」
「もう乗り込むしかねぇか…」
二人は木から飛び降り、その足で屋敷に向かう。
突然やってきた二人に驚いたのか兵士は警戒態勢に入る。しかしそんな事で怯える程やわな二人ではない。
「何用だ。今は客と話している暇はない」
恐らくこの中で一番偉いのであろう騎士が前に出てくる。
どっしりと構えているように見えても、その焦りは隠しきれていなかった。
「この街の兵隊さんはいつになったら助けに来てくれるのか、と様子を見に来たんだよ」
「貴様、なんという口のきき方だ!」
挑発するようなアニゴの態度に周りにいた兵士たちは各々剣を向け始める。
しかし図星だったのだろう、騎士は反論できずに黙りこくったままだ。
アニゴは臆することなく騎士に向かって歩き出す。
プロングもその後ろについていくが、いつでも攻撃に対応できるように臨戦態勢だ。
「お前らは領主サマの指示が無いと動けねぇのか?」
「……統率が取れない状況になる事こそ本当の敗北だろう」
「ほーん…」
値踏みするように騎士を見つめるアニゴ。
一人ひとりの戦力は期待できそうだが、どうも上の人間の頭が弱いようだ。
アニゴは髪をかき上げ、威圧するように騎士を見据える。
「領主に合わせろ。オレが直々に指導してやる」
その上からな態度が気に入らなかったのか騎士は睨み返してくる。
プロングもその物言いはどうかと思ったが、それも国民を想っての事だと何となく分かる。
こんな所で待ちぼうける事しかできない兵士が気に入らないというのもあるのだろうが。
「心配すんなって、オレは中々いい男だぜ?悪いことはしねぇよ」
「どういう理屈でものを言っているんだ!」
騎士のその対応に兵士達は敵だとみなしたのか攻撃を開始する。
剣を突き立て、アニゴに向かって突進してくる者が多かった為、プロングは威嚇の意味を込めて氷でバリケードを作った。
先端はその勢いのままツッコめば自身に突き刺さるような鋭さである。
突如現れた氷に兵士達は勢いを殺し後ずさりする。
一人で広範囲の魔法をしっかりと制御しただけでなく、その精密さは目を見張るものであった。
プロングの魔法の実力は頭一つ抜けている。そう感じ取ったのだ。
ではそんな子供を従えているこの男は一体。
そんな考えが頭をよぎったのか兵士達の顔色はどんどんと悪くなるばかりだ。
「野蛮だなァ…。平和的解決はできねぇのか?」
「……何が目的だ。貴様らは何者なのだ」
怯える兵士の前に毅然とした態度で騎士が立ちはだかる。
危機的状況でも毅然とした態度を取る事が出来る者というのは重宝しなければならない。
そういった意味でもこの街の人たちが死んでいくのをただ見守るというのは胸糞が悪いだろう。
アニゴはしっかりと騎士に向き直り、そして優雅にボウ・アンド・スクレープをした。
「お初にお目にかかる。しがない旅人をしている、アニゴだ」
そう格好つけて笑うアニゴを傍で見ていたプロングは苦い顔をする。
紳士文化はどうも小恥ずかしくてできる気がしない。
アニゴの場合は身なりはカッチリとしていないはずなのに、どうして様になっているのだと文句を言いたいくらいだ。
「……プロングだ」
「お前なぁ。もっと愛想よくできねぇのか?」
後ろで手を組んで素っ気なく名乗るだけに留めたプロング。
しかしアニゴは不満そうだ。
そんな二人の緩いやり取りを見ていた騎士は毒牙を抜かれた感覚がした。
緊張感があるのかないのか、よくわからない。
だが、悪い人間ではなさそうだ。そう感じる。
「……領主の下に案内しよう。しかし、私も同行させてもらう。」
「話の分かる奴だな。よし行くぞプロング」
騎士の案内で屋敷に入る二人。
中は思ったよりも広くはなく、どちらかと言うと質素なタイプの内装だった。
階級は良くても子爵程度だろうから、そこまで大金持ちという程でもないのだろう。
書斎の扉は控えめながらも他の扉よりは豪華に作られており、抑えるべき点は抑えているようだ。
防音性もあるようで中の会話はくぐもってしか聞こえない。
騎士が書斎の扉をノックする。
控えめな返事が返ってきたため騎士はゆっくりと扉を開けた。
「あ~っと…。どちら様ですか…?」
結論から言うと、領主はとんでもない心配性な男だった。
頭の中であれやこれやと考えるうちに不安になって、いつになっても作戦を実行できない。
そんな優柔不断な者がよく今まで戦争などできていたものだ。
「定石が決まっていたり、ある程度の準備期間があれば大丈夫なのですが、咄嗟の判断が苦手で…」
「……軍の者や国民が強かったんだな」
実際この場にいる騎士と団長はかなりの実力者だと伺える。
一人ひとりの力は他の国や街より抜けて強いだろう。
しかし今はその強さに甘えていては負ける道を辿るしかない。
それくらい領主も分かっているだろう。
だからこそこうして必死に考え、悩みぬいているのだ。
「一番被害が無いのは降参する事でしょうが、それでは今までの苦労が水の泡。国民の反感もくらうでしょうし…」
「当たり前だろう。降参など、一番ありえない選択肢だ」
弱気な態度の領主にプロングはふん、と鼻をならす。
ウジウジと考えるのが苦手なプロングはもう飽きてしまったのか目を閉じて索敵に集中し始めた。
戦況を把握するのは何より大切な事のため、アニゴは咎めない。
こういった話し合いや会議はアニゴの方が得意なのだ。
「今はとにかく人数差を埋める事を考えなくちゃいけねぇ。一刻も早く兵士を出動させなきゃ負けだぜ」
アニゴは髪をかき上げ集中する。
この場で一番の最適解は何か。自分達の武器は何か。
頭で幾通りものパターンを想定し、チェスを進めるような感覚で物事を展開する。
それを時々領主に共有しつつ、質問を繰り返して作戦を作り上げる。
その姿は参謀そのもので、領主は目に涙が浮かんでくる。
両親が早くに亡くなって引継ぎもままならないまま領主になり、不安でいっぱいだった。
戦争は避けては通れない道だったため、仕方なく始めた事。
何もかもが不安定で、なにも分からない。
相談しようにも今は自身が相談を受ける立場になってしまった。
今我が国に足りていない物はなにか。
それが明確に分かった気がする。
頼もしい顔つきのアニゴを見ていると、本当に大丈夫な気がしてくる。
領主は気合を入れなおし、アニゴから飛んできた質問に的確に答え、その都度大切な事を付け加えたり。
それでも不安なところは騎士団長が補足をしてくれたり。
出来る事は精一杯やった。後はアニゴの作戦がどのように仕上がるか。それ次第だ。
「……よし、この作戦で行こう。急いで出動準備だ」
アニゴはプロングに戦況を確認する。
プロングは瞑っていた目を開き、状況を淡々と伝える。
兵士や国民の位置、両方の数、それに加えバリケードの位置まで。
「もうじき限界だ。戦える者がいない」
国民達が作ったバリケードで何とか持ちこたえているものの、専門家には勝てないのが現実だ。
時間が掛かれば相手は更に強大な戦力を連れてくる可能性もある。
今から二時間以内。短期決戦で終わらせるしかない。
「準備が整いました。いつでも行けます」
団長が領主の傍に付く。
領主も戦いに参加することになっている。
非力だが魔法は使える。少しでも皆の士気をあげたいと自ら挙手したのだ。
多くの兵士の前では堂々と構える領主
先程の不安げな顔は鳴りを潜め、今は兵士達しか見えていない。
「皆、待たせてすまなかった。我々の手で国民を守り、そして平和を取り戻しに行くのだ!!」
剣を上に掲げ、どっしりと構える領主。
鼓舞された兵士達は雄たけびをあげ、やる気で満ち溢れている。
「…やっと進軍か。流石に遅すぎだろう」
「まぁまぁ、団体行動ってのはこんなもんだぜ」
二人も兵士の後に続く。
ようやっと侵略を止める為の戦いが始まろうとしていた。
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