第三話
翌朝、ぐっすりとまではいかないがしっかりと睡眠をとる事は出来た。
眠気を吹き飛ばす為に顔を洗い、ついでに前髪も整える。
「おはようプロング。ご所望のモンなら焼けてるぜ」
いつの間に起きていたのかアニゴがパンを焼きながら優雅に蜂蜜酒を飲んでいた。
何処からそんな物を取り出したのかと疑問が浮かぶばかりだが、大人しく差し出されたパンに噛り付く事にする。
少し焼きすぎだが、好みの範疇だ。
「朝っぱらから酒など…どうかと思うが」
「そこまで度数は高くねぇからヘーキヘーキ」
「ふん…。酔っても介抱などしないぞ」
口では何とでも言えるさ、と悪態を吐くプロング。
しかし蜂蜜酒を飲む姿は様になっており、それがなんとも気に食わない。
アニゴも若いはずなのに、大人としての核の違いをひしひしと感じるのだ。
「……これからどうするのだ。僕は彼奴の居場所など知らないが」
付け合わせにと出された卵焼きを頬張るプロング。
正直卵は好きではないが、今は栄養を取らねばならないため我慢している。
「あ、おい卵残すんじゃねぇぞ」
そのことを察したのかアニゴは卵の残りを回収し始めた。
大口で残り物を食べきったアニゴは一息つきながら続ける。
「知らねぇのか?ヒロアスは数年前に王女サマと結婚して国王になったんだぜ」
あの悪魔のような男が一国の長。理解するのに数秒を要したその意味にプロングは目を丸くする。
「まぁつまりは玉の輿だな。人望もあったから不思議じゃねぇが」
「僕からすれば摩訶不思議な事実だ」
動揺からかパンを持つ手が震えだす。それを見たアニゴは声を殺しながら笑いだした。
呆れたような馬鹿にしているようなその笑みはプロングの癪に障った。しかし言い返す言葉もない為大人しくパンを口にするしかない。
「ここからヒロアスのいる国まではかなり距離があってな。いくつか国を越えなきゃなんねぇ」
おおよそ二つの国を超えた先にヒロアスが統治する国はある。
ここからは距離の離れた内陸部に位置しているようだ。
「今から向かう国は戦争真っ只中でな…。最近はかなり激化しているし、十分気を付けて行くぞ」
「分かった」
アニゴの言う国に着くまでそれほど時間はかからなかった。
数時間歩けば見えてきたその国は人の出入りが少なく、何処か閑散としている。
人々の顔色も悪く、活気が無いのは明らかだ。
国の入り口である門には数人の兵士がおり、荷物チェックを必ず受けなければならないようだ。
アニゴもプロングも特に危険な物は持っていない為焦る必要はない。
「身分証は?」
「あー…これでいいか?」
アニゴは冒険者ギルドと裏面に書かれたカードを兵士に渡した。
冒険者カードは全国共通の身分証のようなもので、大抵の旅人は持っているものだ。
兵士は内容を軽く確認すると検査していた荷物と共にカードを返却する。
「では入国料、二人で金貨1枚だ」
その言葉にアニゴは顔を青くして財布の中身を確認し始める。
なんとか足りてはいたようだが懐は完全に冷え切ってしまった。
お金に関してはアニゴにまかせっきりのプロング。身分証もない彼は後ろにひっそりと立っている事しかできないのだ。
「くぅ…入国税だけは立派だぜ…」
「終わったか?」
長い検査に退屈していたプロング。
ようやく進めるのかと欠伸をかみ殺したその間抜けな顔でアニゴの元へ寄った。
では先へ進もうと歩き出したは良いものの、辺りはもう日が暮れ始めている。
「仕方ねぇ…今夜はここで泊まりだな」
「あの検査官がグダグダとしていたから!」
寒くなった懐が更に寒くなっていく。アニゴは財布の中身を心配するばかりだ。
そんなアニゴに呆れながらもプロングはできるだけ安い宿を探す。
しかし何処の宿も閉まってばかりで観光客にちっとも優しくない。
どの店も日が暮れると早々に片づけを始めているようだ。
いつ命の危機が訪れるかも分からない。家族との時間を優先させるのは至極当然のことだろう。
「……戦争など、くだらない。そんな生産性のない事をよくやれるものだ」
「プロング!今そういうこと言うのは…」
アニゴが発言を咎めるが、彼もプロングの意見に同意する部分があった。
だがそんな事を言っても今戦地に赴いて戦っている兵隊達が報われるわけがない。
国の為にと命を落とす覚悟で戦っている彼らを否定する事だけはしたくないのだ。
そんなアニゴの曖昧な態度にプロングは頬を膨らませる。
こんな奴と組んだのは間違いだったかと少しの後悔が頭に浮かぶ。
しかしそうも言っていられない。己の目的を果たすまでの関係に過ぎないと割り切ればよいだけなのだ。
二人の間に少しの距離が出来始めた頃に、ようやく開いている宿を発見した。
財布に優しく、建物も綺麗でしっかりと手入れされている事が分かる。
「こんばんは。一泊良いか?」
「いらっしゃい。部屋ならいくらでも開いてるよ」
ここしかないと即決してしまう程の出来栄えの宿。しかし客はプロング達だけのようだった。
戦争の影響がここまで街を支配することは珍しい。
案内された部屋にはふかふかのベットが二つ用意されている。
プロングは早速ベットに飛び込んだ。
「あ、おいホコリが舞うだろうがよ」
新しいシーツを見るとついやってしまいたくなる。
フカフカのベットに横たわるのは何時ぶりだろうか。
荷物を置いてひと段落ついた所でプロングは枕に顔を埋めながら訪ねる。
「……戦争はそんなに激化しているのか?」
街の状況を見て戦争の影響がどれほどのものなのか痛感したのだろう。
興味がわいた、というワケではないが、知っておきたくなったのだ。
「そうだな…。長期戦に縺れ込んだせいで物資が枯渇し始めてるんだ。このままじゃいずれ負けるな」
「…そうか」
プロングは枕から顔を動かさない。
争うという事がどれだけ被害を出すのか、それはプロングがやろうとしている事も同じなのではないか。
そう一度考えだせば止まらない。
しかしやると決めたからにはやるのだ。両親の仇を取らねば腹の虫が収まらない。
「どうしたプロング、顔色悪いぜ」
「……ホコリのせいだ」
「ほら、言わんこっちゃねぇ」
翌日目が覚めると空は曇っていた。
日の差さない朝は目覚めが悪い。相乗して気分も悪くなっていく一方だ。
「早く行くぞ」
「分かったって」
朝食もおざなりに宿から出発する二人。
早く進みたいプロングにとっては一分一秒も無駄にはできないのだ。
街は夜の時よりは活気を取り戻しているようだが、皆やはり最低限の外出に抑えているようだ。
自然とプロングの足取りは速くなる。
一刻も早くここから出たい、なんて思ってしまうのは仕方ない事なのだろうか。
「わっ」
「ん?」
ボーっと歩いていたら突然足に何かがぶつかった。
ぶつかったのは小さな男の子で、地面に尻もちをついてプロングを見上げていた。
「大丈夫かボウズ!」
「悪い、考え事をしていた」
後ろを歩いていたアニゴが慌てて少年に駆け寄る。
一通りケガがない事を確認すると今度はプロングの方に向き直った。
「しっかり前見て歩けよプロング。ケガさせたらどうすんだ」
「はぁ…別にいいだろう、なんともなかったではないか」
プロングのその発言にアニゴは眉を吊り上げお怒りモードになった。
「いいか、自分中心な考えは良くない。今からでも思いやりを持つべきだ」
「はぁ…」
「お前は…少し他の奴とは違う。一人で生きていけるのかもしれない。だがいざという時助けてもらえなかったらどうする」
プロングの肩を掴み、説得させるかのように話を続けるアニゴ。
どこか悲しそうで、本気でプロングの事を心配しているのだと分かる。
しかし何故そこま自身の事を助け、心配してくれるのか。それが分からないのが引っ掛かる。
これはお人好しの一言で済ませていい範疇ではないだろう。
「……分かった。気を付ける」
ぶっきらぼうに返された返事にアニゴは少し微笑む。
そこまでされる筋合いはない。そう、アニゴは偶々知り合い流れで一緒に行く事になっただけだ。
しかし、何故だか逆らう気が起きない。
そうやって無償で気にかけてくれる人間がいた、たったそれだけの事のはずなのにだ。
「それにだ、子供は守るべきものであってだな__」
「このお兄さん話長いね」
「そうだな」
仕方なく大人しくアニゴの小言を聞く。
少年も共に聞いているが客観的に見てもやはり彼の話は長い。
すると何処からか嫌な気配が近づいてきているのを感じ取った。
気配の正体を見つけようと辺りを見渡すプロング。
「あ?どうした」
そんなプロングに違和感を感じたのかアニゴも小言を止め、気配を探り出す。
次第に気配は大きくなり、こちらに近づいてくる。
しかも数が多く、明らかにこちらへの敵意で溢れていた。
「なになに、どうしたの?」
突然黙りこくった二人が不思議だったのか少年はプロングの袖を引いて話しかける。
しかし帰ってくるのは沈黙だけ。
それが面白くない少年は更に強く袖を引いた。
「ねぇってば!」
「少し待て、今はそれどころでは…」
プロングの意識が少年に向いたその瞬間。
「上だ!避けろ!!」
アニゴの声で急いで上を見ると、そこには先程まで無かった無数の魔法陣が空を覆いつくしていた。
魔法陣は術を発動し、街に向かって火球を発射する。
その威力と数はこの街を滅ぼす事などたやすいであろう。
プロングと少年に向かって火球が迫る。
アニゴが急いで駆け寄るが間に合わない。
「プロング!!」
火球は無情にも二人に直撃する。
アニゴにも火球が複数向かってくるが、全てナイフで叩き落した。
数は多いが弾けない程ではない。
「大丈夫か!?」
アニゴの声が響くが返事はない。
しかしプロングはあんな攻撃でやられるほどマヌケな奴ではないだろう。
少し安心したアニゴ。しかしすぐに嫌な予感が頭をよぎった。
(待て、あいつ子供の事視界に入ってるか…?)
先程小言を言ってはみたが、あまり分かっていない様子だった。
そんな奴が少年を自ら守るだろうか?
(それにあいつは……)
辺りには煙や砂埃が充満し、何も見えない。
あちこちで悲鳴が聞こえる中、二人の声を聴き分けるのは困難だろう。
大人しく煙が収まるのを待つしかない。
数十秒で煙は晴れるだろうが、アニゴにはその時間がとてつもなく長く感じる。
拭えない不安感を押し殺しながらアニゴはその場で大人しく待つしかなかった。
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