第二話

 プロングが目を覚ますと、異様な程の痛みが全身を走った。

思ったように体を動かせるようになるまで少し時間がかかったが、何とか歩ける程には回復した。


しかし立ち上がった瞬間に違和感を感じる。

視線が以前よりも高くなっているのだ。髪の毛も随分と伸びた。


 近くにある湖までゆっくりと歩き、水面に映る自分を見つめる。

年相応の見た目だった筈だが、身長は母と同じくらいにまで伸び、掠れて出る声も少し低くなっている。

何より顔が随分と大人のようになっていた。


「ぼく…どれくらい寝てたんだ……?」


 確認をしようにも辺り一面森だ。どうしようかと悩んでいると、不意にお腹が鳴った。

プロングは薄くなった腹を撫でて、何も食べていなかった事を思い出す。

食欲は無いが栄養は取らなくてはいけない。


プロングは重たい体を引きずりながら食料調達へと向かった。




 自然に生えていた果物や瀕死の動物を解体して何とか腹を満たした。

美味しくはなかったし、何なら嫌いなものばかりだった。しかしそうも言っていられない。

口の周りについた食べかすを強引にふき取る。こんな行儀の悪い事をするのは初めてだ。


 少し休んでいると、突然何者かの気配を感じた。

ゆっくりと振り返ると、そこには屈強な男が数人、プロングを取り囲むようにして立っていた。


「お前、随分とボロボロだが、綺麗な顔してんじゃねえか」

「アイツ、珍しい髪色してるし高く売れそうだな!」


 人攫い、もしくは山賊と言った所だろうか。

こんな深い森にまでこのような奴らがいるとは、世も末だ。


下世話な会話をしてゲラゲラと笑う山賊達にプロングはイライラが抑えられなくなってきていた。

これだから人間は嫌いなんだ。自己中心的で、傲慢。良い奴なんて、いないのだ。


「大人しく付いてくるか、痛い目見てから付いてくるか…。どっちが良いかなお嬢ちゃん?」


 その言葉にプロングの堪忍袋の緒が切れた。


「僕は男だ!!」


 プロングは一番近くにいた男の胸ぐらをつかみ、思い切り殴り飛ばす。

しかし思ったよりも力が入らず、男は少しよろめいただけであった。


「テメェ、よくもやりやがったな!」


 男はプロングの鳩尾を思いきり殴る。その衝撃は凄まじいもので、プロングは思わずしゃがみ込む。

しかし間髪入れずに今度は顔面を蹴り飛ばされた。


「おい、あんま顔殴んなよ」

「ちっ。分かってるっつーの」


 男は嫌な笑みを浮かべながら一歩一歩プロングへ近づいて行く。

栄養が足りないのか体が動かない。

痛みで思考が鈍り、判断力が欠ける。

プロングは男をこれでもかという程睨みつけるが、現状を変える事はできなかった。


「さぁて、あと何発耐えられるかな___」


 男が拳を振り上げた瞬間、プロングは痛みを覚悟して目を瞑る。

しかしいつまで経っても想像していた痛みは来なかった。


恐る恐る目を開くと、男は殴られ気絶していた。


「大丈夫か?」


 いや、大丈夫そうじゃねーな。と声をかけて来たのは恐らく男を気絶させた者だろう。


 目元には傷があり、左右で目の色が違う、不思議な男。

プロングが言えた事ではないが、かなり目立つ風貌だ。


「お、前…何者だ」


 何とか声を絞り出し男を睨む。

しかし男は嫌な顔をせず、むしろ綺麗な顔で笑った。


「オレが誰かなんて今はいいだろ。ひとまず飯にしようぜ」


その綺麗なオッドアイを覆い隠して笑う姿には魔法がかかっているのだろうか。

プロングの高すぎる警戒心を和げるのには効果覿面であった。




 男は慣れた手つきで獣を捕まえ、調理を始める。

捌く手順も完璧で、臭みが残らないよう工夫されていた。


「オレの名前はアニゴ。人探しの旅をしてんだ。お前は?」


 ようやく名乗った男…アニゴは綺麗に焼けた肉を差し出してくる。

調理過程を全て見ていたため毒の心配はない。

プロングは大人しく受け取り、齧り付く。

焼き方が上手いのか、よく味が付いていてとても美味だ。


「プロングだ。家を無くしてロトウに迷っている」

「え…マジかよ」


 食べることに夢中なプロングを観察しながらアニゴも肉に口をつける。


「いきさつは聞いて良いやつか?」


 プロングは少し悩んだ後、起こった出来事を掻い摘んで説明した。

本来はあまり人に話をすることのないプロングだが、一人でこの思いを抱え込むにはまだ幼すぎたのだ。


「母様も父様も殺された。恐らく家もあの男なら焼いているだろうな」


 空を見上げるプロング。

アニゴは目を見開き、気まずそうに顔を伏せた。

聞いたのはそっちだろうとプロングは2個目の肉に手を伸ばす。やはり肉は絶品だ。





 肉を食べ終えたプロングは再び湖まで戻っていた。

あれからどれだけの年月が過ぎたのかは分からないが、思い出の詰まった家がもう廃れているのは目に見えている。


空には星が浮かんでおり、それぞれ輝きを放っている。

灯りが無いからかより一層美しく見えた。


「こんなとこにいたのか」


 音もなく現れたアニゴは優しく笑いながら隣に腰を下ろす。

破落戸達をケガ一つなく制圧できる所を見るにかなりの手練れなのだろう。

今更警戒したところでもう遅いが、プロングは腹に力を入れ、一挙手一投足に目を向けた。


「……お前、これからどうするんだ?」

「あの男に会いに行くしかないだろう」


 アニゴは菓子を取り出し食べ始める。プロングにも一つ分けてくれたが、あまり好みの味ではなかった。

沈黙が広がる中二人は星を見つめる。

その重い空気を切り裂いたのは言わずもがなアニゴだった。


「このまま人里に下りるにしても、その見た目じゃダメだろ」

「あ…?」


 ボロボロでもう使い物にならない服に、伸び放題の髪の毛。風呂も暫く入れてない。

紳士としては恥ずべき姿である。


そう自覚したプロングは途端に羞恥心が襲ってきたのか顔が真っ赤に染まる。

それを見てアニゴは微笑み、手に持っていたカバンの中身を広げ始めた。


「服はオレの貸してやるよ。そうだな、髪もここで切っちまうか」


 アニゴはどこにしまいこんでいたのか不思議なほどの量の服を選別し始める。

暫く悩んだ後にようやく全身一式分をあてがわれた。

アニゴのセンスで服を選ばれたのは不満であったが、生地の質も悪くなく、触り心地も良い。

文句のつけようがないな、とプロングは体をしっかり拭いてから服を着なおした。


 一息ついているとアニゴは生き生きとした表情を隠すことなく近づいてくる。

手には鋏が握られており、目線の先はプロングの長い髪の毛である。

何が楽しいのか分からないが、ひとまず腰を下ろすプロング。


「どれぐらいの長さにする?」


 鋏を片手に持ち、質を確かめるように髪を撫でるアニゴ。

プロングが悩んでいると、父親の姿が頭に浮かんだ。

彼は男にしては長い髪をしていた。それを毎朝自分で結って、母お手製の髪留めをつける。

その姿はプロングの憧れだった。


「父様は髪を結っていた。僕もそれがいい」

「分かった」


 アニゴは思いきりがいいのか躊躇う事無くプロングの髪を切っていく。

長さを明確に伝えていなかったなと少し後悔したが、もう遅かった。

流れに身を任せてしまおうか、とプロングは目を瞑る。








 順調に髪を切っていると、頭に何かが生えている事に気づいた。

触ってみるとそれは固く、通常人の頭に生えるようなものではない。

髪があまりにも長くて見えていなかったが、プロングの頭には角が生えていたのだ。


(確か、角が生えるのは…)


 アニゴは動揺したが、表には出さなかった。

このことを隠そうともしないという事は角について何も知らないか、それともよっぽどの世間知らずだ。


アニゴの頭には一つの推測が浮かぶ。

男は確かとある種族を根絶やしにするべく旅をしていた時があったと聞く。

時期が合わないが、しかしプロングの角はその種族の象徴だ。間違いないだろう。




アニゴにはその男の目星がついていた。

その男の名はヒロアス。無表情で自身の信念の為ならなんだってする奴だ。

そしてアニゴもまた、その男…ヒロアスを追っている。


これは推測に過ぎないし、もしかすれば見当はずれかもしれない。

しかしこの少年、プロングは戦力になる。共に行けば必ず役に立つだろう。


同じ男を追う人間がこうして出会った事にはきっと意味がある。

そう直感したのだ。


 アニゴはプロングの角に触れ、魔法をかける。

周りの人間からの認識を阻害するものを角にかけたのだ。


「何かしたか?」


 突然プロングが振り向き、驚いたアニゴは思わず鋏でおかしなところを切ってしまう。

「急に動くな!」と軽く叱り、深呼吸をした後散髪を再開する。

長めに残す予定だった後ろ髪は切ってしまった所に合わせたせいでかなり短くなった。










「夜に髪は切るもんじゃねぇな…。前髪切りすぎちまった」


 水面で確認すると、後ろの長さは丁度良かったが前髪がガタついていた。

長さがそろっておらず、見栄えがいいとは言えない。

しかし元の状態よりは圧倒的にマシだった。


「髪留め使うか?」

「……あぁ」


 アニゴからシンプルなデザインの髪留めを受け取る。

父がつけていたものはもっと飾りが付いていて豪華であったが、今はわがままは言えない。


父がやっていたように、見よう見まねで結ぼうとやってみるが、全く上手くいかない。

やっと結べても不格好なものになってしまった。


悪戦苦闘していると、呆れたアニゴがプロングから髪留めを取り、丁寧に結い始めた。


「あんま動くな、やりにくいだろ」

「……引っ張るな。痛い」


 あまり頭皮を引っ張らぬよう慎重に、丁寧に髪を結ぶアニゴ。

任せるか、とくつろぎ状態のプロングだったが、突然後ろから少し低い声で話しかけられ思わず背筋を伸ばした。


「なぁプロング。提案なんだが」

「……言ってみろ」


 真剣なのだろう。軽薄な声ががらりと雰囲気を変えた。


「お前が追おうとしている男。かなり手ごわい奴だと理解してんな?」

「あぁ。分かっている」

「そこで…オレもお前の旅に付いていこうかと思ってよ」


 アニゴからの思わぬ提案にプロングは目を見開く。

こんなお人好しな奴が自ら復讐が目的の旅に付いてくるとは思わなかったのだ。


「そんな事をしてお前に何のメリットがある」


 プロングは警戒しながら訪ねる。

ここまでの施しを受けたのだ。断る事はできない。

しかし必ず理由があるはずだ。それを聞く事くらいは許されるだろう。


 アニゴは少し迷った後、口を開く。


「それは内緒だ」


 後ろにいる為表情は見えない。だが、悪い男ではない事だけは確かだ。

プロングは少し微笑んで、アニゴの方に向き直る。

既に髪は結い終えていた。


「僕、朝食はパン派なのだが…用意してくれるんだろうな?」

「…仕方ねぇなぁ」


 アニゴは髪をかき上げ不敵な笑みを浮かべる。

プロングも負けじと片頬笑んだ。


 こうして男二人の旅は始まる。

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