第4話

 どれほど歩いただろうか。

 延々と続く灰色の景色を見ながらぐるぐるとした螺旋状の階段を登り続ける。

 目の前のカペルはその間一言も口にすることなく、息を切らしている私とは違い一定の速度で階段を登り続けていた。

「おい、カペル……、少し休まないか?」

「ん?ああ、そうね。確かに結構な時間歩き続けているものね」

 そう言って彼女は私の言葉に同調するように足を止め、その階段へと腰をかけながらこちらを見てきた。

「すまないね……、階段を登り続けるのがこんなに疲れるなんて、想像もしてなかったよ」

 額に汗を垂らし、乱れた呼吸をどうにかして落ち着かせるように私は壁にもたれかかる。

「まあ、そうね。確かに一気に駆け上がるなんてちょっと無理をさせちゃったかもしれないわ、ごめんね、紅羽」

 そう言って彼女はまた手に掛けたバスケットから水を取り出して私に渡してくる。

「水分補給はこまめに、よね?」

「ああ、そうだな」

 この光景にも慣れたもので、私は水を受け取り喉の潤いを満たす。

 しばらくして呼吸も整い、体も軽くなったので私は壁から離れてカペルに言う。

「よし、もう大丈夫だ。まだまだ頂上には遠いんだろう?早く行こう」

「無理はしちゃダメよ?」

 そう言って彼女が立ち上がった時、カタカタッと何かが揺れる音が響いてきた。

 短い振動の後、音が鳴り止んだと思った次の瞬間──

 ゴゴゴゴッ。

「なっ!?」

 大きく大地が揺らぐような音が身に響いた。

 足元の階段も音を立てながら揺らいでおり、建物自体が今にも崩れ落ちそうになっている。そして、それと同時にあたりを覆っていた鼠色の壁が剥がれ、鉄骨フレームのようなものが露出する。

「なんなんだ!?」

 動揺しながらもなんとか手すりに掴まりながら前にいるカペルを見ると、突然のことだったのか動くのが遅れ、彼女の身が宙へと投げ出されそうになる。

「カペル!」

「あっ……」

 無意識に体が動き、彼女の腕を掴んだ時──

 内側へと戻る彼女とは真逆に、足を踏み外した私の体は空中へと勢いよく投げ出された。

「っ……!」


 揺らぐ視界に反転した空が映る。

 激しい風圧と冷たい外気が、私が落下して行くのを伝えてくる。

 ああ、私はここで死ぬのか。

 静かに、身動きの取れない体のまま悟る。

 どうせあとわずかな時間の命なのだから、今死んだとしても何も変わらない。

 みんな死んでしまったのだから。

 家族も、友も。誰一人として私を知っている者はもういない。

 だったら、まあ。ここで終わってしまってもいいのかもしれない。

「そんなわけ……」

 そんなわけ、あっていいはずがない。

 私は……、私は生きている。

 たとえ人類が滅びたとしても、この荒廃した世界で私は確かにカペルとこの町を歩き、その景色を目にしてきた。

 まだこうなった真実も聞いていないし、彼女のことだって隠されたままだ。

 有耶無耶にされて、曖昧なまま死ぬだと?馬鹿を言うな。そんなこと私は許さない。

 確かな苛立ちを胸にしながらも、落下する速度は一向に変わらない。

 憎悪を向けるように夜空を眺めると崩れ切った街並みが目に映る。

 そして、その景色と同時に"それ"が目に映る。

 星が連なる夜空に波紋が広がる。

 黒い、黒い空の一角にそれは現れた。

 ぶくぶくと脈動する塊。まるで心臓のように鼓動する異形の物体に、数え切れないほどの触手が意思を持ったように蠢いている。

 その数ある触手のうちの一本が、勢いよく私に向かってきたと思った矢先、その触手は私の身に巻き付いてくる。

「なっ……!?」

 重力の影響を受けない場所で少しの間私は振り回され、次第に意識が遠のいてゆく。

「……………………」

 とても現実だとは思えないその光景を前に、私の視界はブラックアウトした。

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