第4話
屋台開業! 異世界人を「焼肉のタレ」で餌付けする
「商売の基本は、立地と原価管理、そして『他にはない強み(USP)』だ」
ラルディアの街の裏通り。
俺、青田優也は、腕組みをして宣言した。
目の前には、俺たちの城となる屋台が完成していた。
もちろん、木材を買ってきて組み立てたわけではない。『ネット通販』で買った「業務用イベント屋台セット(49,800円)」だ。組み立てもワンタッチである。
「優也さん! 見てくださいこの衣装! ネギオに作ってもらいました!」
ルナがくるりと回ってみせる。
彼女が着ているのは、植物の葉と繊維で織られた、フリルたっぷりのエプロンドレス。看板娘としての破壊力は抜群だ。黙って立っていれば、だが。
「……動きにくい。だが、機能性は悪くない」
「お前は似合わなすぎるぞ、龍魔呂」
店の隅には、黒いサロンエプロンを着けた鬼神・龍魔呂が座っていた。
筋肉隆々の腕、死んだ魚のような目、そして禍々しい赤黒い闘気。
どう見ても「ラーメン屋の頑固親父」を通り越して「処刑執行人」だ。客が逃げないか心配だが、治安の悪い裏通りでは最高の魔除けになるだろう。
「さて、開店準備だ」
俺は『ネット通販』の画面を操作し、本日の主役を取り出した。
【業務用 鶏もも肉(冷凍)2kg】
【業務用 豚バラ串(冷凍)50本入り】
【最高級備長炭】
そして、この異世界を征服するための最終兵器――。
【黄金の味(中辛) 業務ボトル】
リンゴ、モモ、ウメなどの果実を秘伝の配合でブレンドし、ニンニクと香辛料を効かせた、日本の食卓の王様。
この世界には塩とハーブくらいしかない。この「旨味と甘味とニンニクの暴力」に対抗できる味覚など存在しないのだ。
「ネギオ、炭火頼む」
「承知しました。……ファイア」
ネギオが指先から小さな火種を飛ばし、備長炭に着火する。
俺は解凍した肉を網に乗せた。
ジュゥゥゥゥ……ッ!!
脂が炭に落ち、白い煙が立ち上る。
肉に火が通ったところで、刷毛(はけ)でたっぷりとタレを塗る。
ジューッ! バチバチッ!
その瞬間、爆発的な香りが裏通りに広がった。
焦げた醤油の香ばしさ。食欲中枢を直接殴りつけるニンニクの刺激臭。果実の甘い香り。
「な、なんですかこの匂いはぁぁ!?」
「……暴力的な香りだ。唾液が止まらん」
ルナと龍魔呂がゴクリと喉を鳴らす。
反応があったのは身内だけではない。
「おい、なんだこの匂いは!」
「腹が減ってたまらねぇ……こっちだ!」
裏通りのあちこちから、冒険者や商人の荷運び人たちが、ゾンビのようにふらふらと集まってきた。
「へい、らっしゃい! 異世界初上陸、特製ダレの串焼きだ! 一本、銅貨5枚(500円)だよ!」
俺が声を張り上げると、先頭の冒険者が銀貨を叩きつけた。
「一本くれ! いや、全部だ! あるだけくれ!」
「はいよ!」
俺は焼きあがった豚バラ串を渡す。
男はそれを大口で頬張り――白目を剥いた。
「んんっ!? なんだこれはぁぁぁッ!!」
男が絶叫する。
「甘い! 辛い! そして濃厚な旨味が口の中で暴れまわる! なんだこの複雑怪奇な味は! 噛めば噛むほど飯が欲しくなる! おい、酒だ! 酒を持ってこーい!」
そのリアクションが引き金となった。
「俺にも食わせろ!」
「ズルいぞ! 私にも!」
あっという間に行列ができた。
裏通りが、まるでセールの日のデパ地下のような活気に包まれる。
「ルナ、注文と配膳だ! 龍魔呂は列の整理! 割り込む奴は睨んで黙らせろ!」
「は、はいっ! いらっしゃいませぇ!」
「……並べ。死にたくなければな」
店は戦場と化した。
俺はひたすら焼き、タレを塗り、ネット通販で追加発注をする。
原価一本30円の肉が、500円で飛ぶように売れる。
利益率は驚異の90%越え。笑いが止まらない。
だが、好調な時こそ「魔」が差すものだ。
「お姉ちゃん、こっちは水くれないか?」
脂っこい肉を食べた客が、ルナに水を頼んだ。
「はい! お水ですね! 任せてください!」
ルナが張り切って、コップに指を向ける。
俺は嫌な予感がして手を止めた。
「待てルナ! 普通に汲め! 魔法を使うな!」
「大丈夫ですって! 水生成(クリエイト・ウォーター)!」
ドバァァァァァァッ!!
ルナの指先から放たれたのは、優しく注がれる水ではなかった。
消防車の放水、いや、岩をも穿つ高圧洗浄機(ウォーターカッター)のような激流だった。
「ぶべらぁっ!?」
客の男が顔面に直撃を受け、きりもみ回転しながら吹き飛んだ。
屋台のテントが衝撃波で揺れる。
「ああっ!? ご、ごめんなさい! 水圧調整がっ!」
「馬鹿野郎! 客を殺す気か!」
俺は慌てて客の元へ走る。
幸い、客は気絶しているだけだった(顔はピカピカに洗浄されていた)。
「……龍魔呂! こいつを店の奥に運んでおけ! 詫びとして串焼き3本サービスだ!」
「了解した」
龍魔呂が気絶した客を小脇に抱え(荷物のように)、店の裏へ放り投げる。
なんとか騒ぎは収まったが、俺の胃がキリキリと痛んだ。
「お前はもう魔法禁止だ! 皿洗いだけしてろ!」
「うぅ……役に立ちたかっただけなのにぃ……」
ルナが涙目で皿を洗い始める。その背中が少し可哀想だったが、店の存続には代えられない。
◇
数時間後。
用意した食材はすべて完売した。
手元には、ずっしりと重い硬貨の袋。売上は金貨にして10枚(10万円)を超えている。たった数時間の営業としては大成功だ。
「……ふぅ。なんとかなったな」
「優也さん、お疲れ様です。……お腹すきました」
「へいへい。売れ残りの肉でまかないにするか」
俺たちが片付けをしている様子を、少し離れた建物の陰から見つめる影があった。
派手な法被を着た、茶色の猫耳を持つ男。
ゴルド商会・シルバーランク会員、ニャングルだ。
彼は鼻をヒクつかせながら、パチパチと鉄の算盤を弾いていた。
「……あきまへんなぁ。ワイのシマで、挨拶なしにえらい派手な商売してくれとるやんか」
その目は、獲物を狙う狩人のそれではなく、ライバルの売上を計算する冷徹な商人の目だった。
「客単価500円、回転率良し、原価は……匂いからして相当な高級調味料使っとるはずやのに、この安さ。どうなっとるんや?」
ニャングルは首から下げた金貨のネックレスを握りしめ、ニヤリと笑った。
「面白い。ゴルド商会の恐ろしさ、教育したるわ。……潰し合い(価格競争)の時間やで」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます