第5話

電卓 vs ソロバン! ゴルド商会との価格戦争

 翌日。

 俺たちが屋台を開こうと裏通りに行くと、そこには既に先客がいた。

 先客というか――巨大なテントが、俺たちの場所を塞ぐように建っていたのだ。

「……なんだあれは」

 派手な金色の布で作られた天幕。

 その前で、昨日見かけた猫耳族の男が、踏み台に乗って仁王立ちしていた。

「毎度! よう来たな、素人商人さん!」

 男は派手な法被の裾をはためかせ、ニヤリと笑った。

「ワイはゴルド商会ルミナス支部のニャングルや。ここでの商売は楽しかったか? せやけど、今日で終わりやで」

 ニャングルはパチンと指を鳴らす。

 すると、テントの中から大量の従業員が出てきて、肉の焼ける匂いが漂い始めた。

「今日からここで『ゴルド特製・激安串焼き』を販売するで! お値段なんと、一本あたり銅貨3枚(300円)や!」

「なっ!?」

 ルナが悲鳴を上げる。

 昨日の俺たちの値段は500円。いきなり4割も下げてきたのだ。

 しかも、チラリと見える肉の質は悪くない。完全に採算度外視の「ダンピング(不当廉売)」だ。

「大資本の力、思い知るんやな! ワイらは赤字でも耐えられる。せやけど、あんさんらごときの資金力じゃ、三日と持たんやろ!」

 ニャングルの宣言通り、安さに釣られた客たちが、俺たちの屋台を素通りしてゴルド商会のテントへ流れていく。

「あぁっ! お客さんが取られちゃいますぅ! 優也さん、私たちも値下げしましょう!」

「……待て。落ち着け」

 俺は冷静に『解析眼』を発動し、敵の屋台をスキャンした。

 肉の原価、炭代、人件費、場所代……。

(……原価割れだ。一本売るごとに50円の赤字。典型的な消耗戦だな)

 俺は腕組みをして、隣のテントを見下ろすように笑った。

「面白い。喧嘩を売られたなら、買うのが流儀だ」

「えっ? 勝てるんですか?」

「ああ。向こうは『安さ』で勝負してきた。ならこっちは、『圧倒的な付加価値』と『コスト革命』で勝負する」

 俺は虚空を操作し、『ネット通販』を開いた。

 【検索:コーラ 1.5Lペットボトル(ケース売り)】

 【検索:業務用 プラスチックカップ】

 【検索:ロックアイス 1kg】

 この世界には冷蔵庫がない。氷魔法使いは高給取りだ。

 つまり、「キンキンに冷えた炭酸飲料」は、王族ですら飲めない奇跡の飲み物となる。

「作戦開始だ。ルナ、看板を書き換えろ。『串焼きセット(ドリンク付き)』銅貨4枚だ」

 ◇

「らっしゃいらっしゃい! ゴルドの串焼きは安いでぇ! ……ん?」

 順調に客を捌いていたニャングルが、異変に気づいた。

 一度は自分のテントに並んだ客たちが、次々と列を抜け、俺たちの屋台に戻っていくのだ。

「なんや!? あっちの方が高いはずやろ!」

「おい、あれを見ろ! なんだあの黒い水は!?」

 客たちが手にしているのは、俺が提供したプラスチックカップ。

 中には氷がカランと音を立て、シュワシュワと泡立つ黒褐色の液体――コーラが入っている。

「ぷはぁっ! うめぇぇぇ!! なんだこの喉越しは! 冷たくて、甘くて、弾けるようだ!」

「脂っこい肉と最高に合うぞ!」

 串焼きの塩気と脂を、コーラの炭酸と砂糖が洗い流す。そしてまた肉が食いたくなる。

 悪魔の無限ループの完成だ。

「な、なんやて……!? 氷やと!? この炎天下で、あんな大量の氷をタダ同然で配っとるんか!?」

 ニャングルが目を剥いた。

 彼の計算では、氷を用意するだけでコストが跳ね上がるはずだ。

 だが、俺の仕入れ値は、コーラ一杯あたり約20円。氷を含めても30円もしない。

 串焼き(原価30円)とセットで400円で売っても、利益率は80%を超える。

「おのれぇ……! なら、こっちもさらに値下げや! 銅貨2枚!」

「こっちはセットで銅貨3枚だ」

「ぐぬぬ……ど、銅貨1枚!」

「じゃあこっちは『おかわり無料』をつけるぞ」

 俺が涼しい顔で即答すると、ニャングルがガタガタと震え出した。

 彼は懐から、自慢の『黒鉄の算盤』を取り出し、猛烈な勢いで弾き始めた。

 パチパチパチパチッ!

「ありえへん! 計算が合わん! そんな値段で売ったら、原価率が150%を超えるはずや! どないなっとるんや!」

「計算が遅いな、時代遅れの猫さんよ」

 俺は屋台から出て、ニャングルの前に立った。

 手には、ネット通販で買った『ソーラー式12桁電卓(980円)』が握られている。

「な、なんやその板は?」

「文明の利器だ」

 俺は電卓を叩く。

 ――ピピピピッ。

 液晶画面に数字が浮かび上がる。

「お前の屋台の損益分岐点はここだ。今のペースだと、あと2時間で本日の赤字が金貨5枚に達する。在庫の廃棄ロスを含めればもっとだ」

 俺は電卓の画面を彼に見せた。

「ひぃっ!? ひ、光る数字!? 一瞬で計算したんか!?」

 ニャングルは腰を抜かした。

 彼にとって、算盤は商人の魂であり、計算速度は絶対の自信だったはずだ。

 それを、謎の光る板にあっさりと超えられたのだ。

「ま、魔法の計算機……!? ドワーフの技術を超えとる……!」

 ニャングルの耳がぺたんと伏せられた。完全な敗北のポーズだ。

 そこへ、トドメとばかりに龍魔呂が後ろから顔を出す。

「……おい、優也。コーラをもう一杯くれ。あれは角砂糖に次ぐ発明だ」

「ヒィッ!? DEATH4までおるんか!?」

 最強の用心棒と、未知の計算機、そして圧倒的な価格競争力。

 ニャングルは泡を吹いて気絶寸前だった。

「わ、わいの負けや……! 今日のところは引いたるわ!」

 ニャングルは涙目でテントの撤収を命じた。

 だが、去り際に彼は捨て台詞を吐いた。

「覚えときや! 商売で勝てても、権力には勝てんのや! この場所の権利、上が黙っとらんぞ!」

 逃げるように去っていく背中を見送りながら、俺は冷えたコーラを煽った。

「権力、ねぇ……」

 俺の『解析眼』は、ニャングルの背後にいる黒い霧のような繋がり――悪徳貴族の影を既に捉えていた。

「上等だ。まとめて『在庫処分』してやるよ」

 俺がニヤリと笑うと、ネギオがボソリと呟いた。

「……主よ、その顔、魔王より悪人面です」

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