第3話
死を呼ぶ用心棒、角砂糖に釣られる
ルミナス帝国の辺境都市、ラルディア。
国境を越えた俺たちは、とりあえずこの街で路銀を稼ぐことにした。
現在の所持金、約5,000円。
宿代と食事代を考えれば、今日中に稼ぎ口を見つけなければ野宿確定だ。
「優也さん、お腹すきましたぁ。何か出してくださいよぉ」
「さっきツナマヨ食っただろ。我慢しろ」
「ケチぃ……。あ、見てくださいネギオ! あそこの露店、美味しそうな串焼きが!」
「お嬢様、金がないのです。我慢して指でもしゃぶっていてください」
騒がしい連中を引き連れて、俺は裏通りを歩いていた。
屋台を開く場所の市場調査(ロケハン)をするためだ。表通りは場所代が高いが、裏通りなら安く済むかもしれない。
だが、裏通りには「リスク」がつきものだ。
「おいおい、綺麗な姉ちゃんが歩いてるじゃねぇか」
テンプレ通りの展開だ。
薄汚い路地裏から、ガラの悪い男たちが5、6人現れた。
革鎧を着崩し、腰には剣やナイフ。冒険者崩れのチンピラといったところか。
「へへッ、エルフの上玉だ。金がないなら、体で払ってもらおうか?」
「ひっ……! ゆ、優也さんっ!」
ルナが俺の背中に隠れる。
俺はため息をついた。
(ネギオにやらせれば瞬殺だろうが、あいつは目立ちすぎる。街中で植物モンスターが暴れたら、衛兵が飛んできて営業どころじゃない)
俺はこっそりと虚空を操作し、『ネット通販』の画面を開く。
武器カテゴリから『コンパウンドボウ(狩猟用)』と『催涙スプレー』を購入しようと指を動かした、その時だった。
「……おい」
地獄の底から響くような、低い声がした。
チンピラの一人がビクリと震え、声の方を向く。
路地裏の突き当たり。ゴミ箱の上に、一人の男が座っていた。
黒髪に、黒い瞳。ボロボロの和服のような道着を纏い、目つきは死んだ魚のように暗い。
だが、その指にはめられた赤黒い指輪からは、禍々しい空気が立ち上っている。
「うるせぇんだよ。静かに食わせろ」
男の手には、粗末な茶色の塊――この世界で流通している、精製度の低い砂糖菓子が握られていた。
俺の『解析眼』が、男の頭上に警告文(レッドアラート)を表示する。
【個体名:鬼神 龍魔呂(キシン タツマロ)】
【称号:DEATH4(死を呼ぶ四番)】
【危険度:測定不能(今すぐ逃げろ)】
(……日本人!? しかも測定不能だと?)
だが、チンピラたちはその恐ろしさに気づかない。
「あぁン!? なんだその目は! テメェも痛い目見たいのか!」
リーダー格の男がナイフを抜き、男に歩み寄る。
男――龍魔呂は、興味なさそうに視線を逸らし、手元の砂糖菓子を口に入れた。
「……マズい。ジャリジャリしやがる」
彼は不機嫌そうに吐き捨てた。
その瞬間、俺の商売人としての勘(と、生き残るための本能)が閃いた。
(……これだ!)
俺はチンピラたちの前に飛び出した。
「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁ!!」
全員の視線が俺に集まる。
俺は両手を上げて敵意がないことを示しつつ、素早く龍魔呂の方へ近づいた。
「そこの兄さん! あんた、甘いもんが好きなのか?」
「……あ?」
龍魔呂がギロリと俺を睨む。その殺気だけで、肌が粟立つ。
だが、俺は怯まずに『ネット通販』で取り寄せたばかりの「小箱」を差し出した。
所持金、残り4,000円。痛い出費だが、未来への投資だ。
「これを見ろ。フランス直輸入、最高級角砂糖『ラ・ペルーシュ』だ」
箱を開ける。
そこには、不揃いだが宝石のように白く輝く、洗練された角砂糖が詰まっていた。
甘いバニラのような香りが漂う。
龍魔呂の目が、カッと見開かれた。
「……角……砂糖……?」
震える手で、彼は一粒をつまみ上げる。
そして、口へ運んだ。
カリッ。
静寂。
次の瞬間、龍魔呂の全身から赤黒い闘気が噴き上がった。
「…………美味い」
彼は天を仰いだ。目尻に涙すら浮かんでいるように見える。
「雑味がない。純粋な甘味。そして脳に染み渡る糖分……。俺が求めていたのは、これだ……!」
龍魔呂は俺を見た。先ほどの殺気は消え、代わりに飢えた獣のような執着が宿っている。
「もっとあるか」
「あるぞ。ただし、タダじゃない」
俺は親指で、背後のチンピラたちを指差した。
「俺たちの商売の邪魔になりそうなゴミ掃除。頼めるか?」
龍魔呂は立ち上がった。
その瞬間、チンピラたちはようやく理解したらしい。目の前の男が、自分たちとは次元の違う生き物であることに。
「ひ、ひぃっ! や、やれ! 殺せ!」
チンピラたちが一斉に襲いかかる。
龍魔呂は無造作に一歩を踏み出した。
「鬼神流――」
速すぎて、目に見えなかった。
ドォンッ!! という衝撃音と共に、先頭の男が壁まで吹き飛び、めり込む。
続く二人目は、腕を掴まれた瞬間に「バキボキッ」と嫌な音がして、白目を剥いて崩れ落ちた。
剣も魔法も使っていない。
ただの掌底と、関節技。
だが、その一撃一撃が、重戦車が激突したような破壊力を持っている。
「う、うわぁぁぁ! 化け物だぁぁ!」
残りの連中が逃げようとするが、遅い。
龍魔呂は残像を残して背後に回り込むと、流れるような動作で全員の足をへし折った。
「ギャアアアアアッ!!」
路地裏に絶叫が響く。
所要時間、わずか10秒。
全員が生きてはいるが、二度と悪さができない体になって転がっていた。
「……終わったぞ」
龍魔呂は、血の一滴もついていない手で、俺に手を差し出した。
「報酬をよこせ」
「ああ、約束だ」
俺は角砂糖の箱を彼に渡した。
龍魔呂はそれを宝物のように懐にしまうと、ボリボリと一粒頬張り、初めて微かな笑みを浮かべた。
「俺は龍魔呂。……お前、面白いものを持ってるな」
「俺は青田優也。こっちはエルフのルナと、ネギオだ」
「よろしく頼むぜ、死神さん!」
ネギオが、倒れたチンピラを見て鼻を鳴らす。
「フン、野蛮な……。ですが、戦力としては申し分ありませんね。お嬢様の盾として使い潰しましょう」
こうして、俺たちのパーティに「死を呼ぶ用心棒」が加わった。
最強の武力と、最強の魔法(ポンコツ)、そして最強の物流(俺)。
これなら、どんな商売でも成功間違いなしだ。
――と、俺たちが去った後の路地裏。
倒れたチンピラたちの懐から、チャリン、と小銭が落ちる音がした。
その音に反応して、ゴミ箱の陰からピョコリと「茶色の猫耳」が現れる。
「クンクン……なんや、妙な匂いがするなぁ」
派手な法被を着た猫耳族の男が、鼻をヒクつかせていた。
「血の匂いと、甘い匂い……それに、何より『儲かる匂い』がプンプンしよるわ。……ゴルド商会のシマで何が起きとるんや?」
男はパチパチと鉄の算盤を弾きながら、ニヤリと笑った。
「これは、一儲けの予感やでぇ」
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