第四話 ここが私の帰る場所
散歩がてら森を歩いていると、倒れている赤ずきんがいた。
俺は周囲を警戒せずに彼女へ近づき、生きているかどうかを確かめた。
呼吸は弱いが、息はしていた。
俺は彼女を担ぎ、来た道を戻り森の入り口で待っていた馬車のおじさんのもとへ向かった。
「もう戻ってきたのかい?」
と声をかけてきたおじさんは、俺の後ろの少女に気づくと——
「ケガしてるじゃないか、早く手当するぞ」
そう言って彼女を手当した。
応急処置でひとまず危険はない状態にはなったが、彼女は目を覚まさない。
森に放置しておくわけにもいかず、俺は街へ戻り、自宅の唯一のベッドに彼女を横たえた。
いつ目覚めてもいいように、俺は看病に必要なものを能力で作り、彼女の看病を続けた。
外はすっかり暗くなり、一日の終わりを感じた。
彼女はいまだ目を覚ます気配を見せない。
俺が晩御飯を生成して食べていると、彼女が目を覚ました。
「うぅ…」
「大丈夫か、目が覚めたか」
「…水をくれ」
彼女はそういうと手を伸ばした。
俺は用意していた水をコップに入れ彼女に渡すと、奪い取るようにコップを受け取り豪快に飲んだ。
「…一応食べるものもあるんだけど、いる?」
コップを奪い取るようにした彼女に少し戸惑いながらも、おかゆを手にして聞くと即座に——
「いる、くれ」
と言われたので渡すと、彼女は同じように奪い取るように受け取り、食べ始めた。
(めっちゃこっちを睨むように見てくるな……)
食べている間も彼女はずっとこちらを見ていた。
(まぁ、いきなり知らない男の家のベッドで寝かされてたと思うと警戒するのも当たり前か)
やがて彼女は食べ終え、皿を突き出してきた。
「ん!」
まるで片付けろと言わんばかりだった。
俺は皿を受け取り、気になっていたことを尋ねた。
「そういえば君はなんであの森で倒れていたんだ?」
彼女は沈黙し、睨むだけだった。
俺は彼女の警戒心を解こうと、自己紹介を始めた。
「俺の名前は桐谷朔也。みんなからは朔也って呼ばれることが多いかな。森の中を散歩してたら偶然君が倒れているのを見かけて、看病してたんだけど……。」
彼女は嘘がないか確かめるために特徴的な耳をピンと立て、話を聞いていた。
「…ところで俺は君のことをなんて呼べばいいかな」
「なぜよくわからん相手に名を教えてやらねばならないのだ」
「まぁ…、仲良くなるため?」
その返答に納得したのか、彼女は少し警戒を緩めた。
「私の名前はヴァルカ・エディスだ。好きに呼べばいい」
「じゃあ、エディスって呼ぶね」
彼女は「勝手にしろ」とつぶやき、視線をそらしたが、特徴的な尻尾はぶんぶん揺れていた。
(名前言われてうれしいのかな)
どこか犬みたいだなと感じ俺は思わず、
「エディスは犬なの?」
と失礼なことを尋ねてしまった。
「どこをどう見たら私が犬に見えるのよ。どこからどう見ても狼でしょうが」
少し語気を強めに言われたが、そんなやり取りで警戒心が和らいだ。
俺は改めて彼女に尋ねた。
「ところで最初の質問に戻るんだけど、エディスはどうして森で倒れていたんだい?」
「……」
再び沈黙が続いたが、やがて彼女は口を開いた。
「もう帰る場所がないの」
先ほどまでの強気な態度とは打って変わり、悲しげに話し始めた。
「ちょっと前まであるところで狩人として過ごしていたんだけど、最近大きな問題があって…、その対処の際にいろいろあって私は死んだことになっていて。私がいた場所には代わりの奴がすでにいて、私は忘れられてて……」
話していくうちに徐々に声は小さくなり、怯えているようだった。
きっと彼女が恐れているのは『自分のことを忘れられること』なのだろう。
俺は彼女の話を聞いていると、昔の自分を思い出し、とっさに言った。
「帰る場所がないなら、新たに帰る場所を作ればいいんじゃない」
「……言ったわよね、もう帰る場所がないって。それに新しく作ればいいって簡単に言って……」
彼女の目元には涙が垂れていた。
俺はそんな彼女に、昔自分がしてもらえたように手を伸ばし——
「だからエディスが良ければだけど、ここで一緒に暮らさないか?」
彼女の涙が止まり、俺は続けた。
「俺もここに来たばっかであんまりよくわからないけど、一緒に暮らせばきっと楽しいだろうし……ほら、あれだよ」
何も考えず話始めたため途中で言葉があやふやになってしまったが、彼女にはそんな何気ない率直な言葉に微笑みを見せた。
「だから、そう、あれだ。俺と一緒に暮らせば、ここが帰る場所になるじゃん」
彼女の涙は、先ほど流した悲しみの涙とは違うものだった。
彼女は俺の伸ばした手を取り——
「もしかしたら私、ほかの人と比べたらめんどくさいかもしれないわよ」
「なんとなくそんな気はしてるから大丈夫」
冗談めかして言うと、彼女は少し頬を膨らませて笑った。
「こんな私でもよければ、この場所とあなたを新たな帰る場所にしてもいいですか」
その言葉に対し俺は考えることなく彼女の手を取り、
「そんなこと俺が許可するまでのことでもないよ」
そう伝えた。
月明りが窓から差し込み、互いに取った手をやさしく照らす。
その瞬間、この家に新しい住人が加わった。
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