第五話  喫茶店【忍冬】

赤ずきんの少女がこの家に加わり、初めての朝が訪れた。

俺は床に寝そべり、一夜を過ごした。

起き上がり、ベッドの方へ視線を向けると、昨日新たにこの家の一員になった少女が眠っていた。


勢いで「ここに住んでもいい」と言ったものの、考えてみれば俺はチート能力という本来この世界に存在しない力を持っている。

一人なら能力を見られる心配もないのだが、あんなことを言った以上「やっぱなし」というのは人としてありえない。

だから俺は彼女に悟られないように、この能力を使っていくかを考えていた。


そんなことを考えていると、彼女はむくりと起き上がった。

「あ、おはよう。エディス」

「あぁ、おはよう。さ、朔也」

昨日のことを思い出したのか、彼女は布団で口元を隠し、視線を合わせようとしなかった。

そのとき、彼女のおなかが鳴った。


俺は朝ごはんを作ろうと立ち上がったが、あることに気が付いた。

(そういえば食材がないや)

まだ食品店は開いていないし、かといって能力で作れば彼女に見られる可能性がある。

悩んだ末に俺は振り向いて言った。

「じゃあ、今から朝ごはん食べに行くか」

そう言うと、彼女は外に出る支度を整え、俺たちは定食屋に向かった。


朝ごはんを定食屋で食べ、家に戻り今後のことについて話し始めた。

「そういえばエディスって、これから何するとか決めてるの?」

「特には決めてないな」

俺は喫茶店の開業を目指して行動を起こそうとしていたが、彼女は——

「今はやりたいこともないな」

「ならさ……」

俺は彼女に断られないか恐れながら尋ねた。

「俺と一緒に喫茶店でもやりませんか?」


緊張のあまり敬語になってしまった俺に、彼女は驚き目を丸くした。

しかしその返答は意外にもすぐに返ってきた。

「役に立てるかどうかはわからないが、朔也がそう言ってくれるならぜひやらせてくれ」

思いがけない返事に緊張が解け、俺は椅子代わりに座っていたベッドに倒れこんだ。

その様子を見た彼女は少し慌てた様子で近づいてきた。

「急に倒れこんで大丈夫か?」

「なんとも。ただ、なんか告白みたいで緊張しちゃってさ」


俺はそのセリフを言い終わった後、まずいことを言ってしまったと思い彼女を見ると、頬を赤らめていた。

「そんな告白なんて……」

ぼそぼそと呟く声が聞こえ、彼女の受け取り方は俺の意図とは違っていたようだ。

こうして喫茶店のメンバーが増えたところで、俺はベッドから立ち上がりある場所へ向かった。


「どこに行くんだ?」

「そりゃまあ、喫茶店の掃除しないと営業できないしな」

そう言って掃除道具を取りに部屋を出ようとすると、彼女も立ち上がり——

「ならば私も行くぞ。私も喫茶店メンバーの一人だからな」

といい、彼女も掃除を手伝いに参加した。


「こっちはモップかけ終わったぞ」

「こっちも終わりそうだわ」

二人で掃除を始めてしばらく経ち、喫茶店内の掃除も終わりが見えてきた。

彼女はまだ掃除していない場所を掃除しながら、

「そういえば朔也、内装とかは決めているのか?」

「いや、全部は決めてないって感じだな」


彼女はそれほど興味がなかったのか、ふ~んと答えたが、俺が続けて言った。

「決まってない内装は一緒に決めてかないか」

その言葉を待っていたと言わんばかりに彼女の耳がぴくりと揺れた。

「別に朔也がそういってくれるなら、一緒に決めるわ」

表情は見えなかったが、きっと頬が緩んでいるだろう。


掃除を続けながら、俺は必要な道具や食材について考えた。

店の裏で能力を使って作ることもできるが、彼女に見られる可能性があった。

そこで週に数回「仕入れ」と称して森にでも行き、そこで能力を使い食材などを作ろうと考えた。

早いうちに喫茶店をオープンできるように準備を進めようと思いながら、掃除を続けた。


二人で協力したこともあり、日が沈む頃には掃除が終わった。

まだ晩御飯を作れる環境が整っていないため、朝昼と同じように定食屋へ向かった。

本日三度目の来店で店側も俺たちのことを覚えており、少しずつではあるがこの街の住人とも仲が深まってくるのではないかと感じた。

定食屋の帰りに銭湯に寄り、さっぱりしたのち帰宅し寝る支度をしていると、彼女が訪ねてきた。


「そういえば喫茶店の店名は決めているのか?」

「あぁ、それはもう決めてる」

「どんな名前なんだ?」

喫茶店の名前は最初から決まっていた。

死ぬ前、両親が喫茶店を営んでいたときの母との会話を思い出す。


「もしあんたがどっかで店を立てるなら、この店の名前を使ってもかまわないわ」

「使ってもいいって…そもそもこの店の名前の意味って何なの?」

俺は母に尋ねると、母は微笑むと——

「さぁ、いったい何なんでしょうね」

結局意味は教えてくれなかった。


「でも、あんたも将来意味を知る時が来たら、この名前がこのお店にぴったりだと思うはずよ」

「はいはい」

そう言って俺は深夜のバイトへ向かった。

それが母との最後の会話になるとは思ってもみなかった。

今でも、あんなそっけない会話が最後だったことを後悔している。


そんなことを思い出していると、彼女は何も答えなかった俺に不安を覚え、

「えっと、言いたくないなら別に言わなくてもいいぞ」

「いや、言いたくないわけじゃないんだ。ただ、ちょっと昔のことを思い出してて……」

「そうか…」

彼女は少ししゅんとした様子を見せた。


俺は空気を変えようと先ほどの質問の返答をした。

「喫茶店の名前はね【忍冬】にしようと思ってる」

「忍冬? どういう意味なの?」

「いや、俺もあんまよくわからない。わからないけど…」

窓越しに見える月を見ながら続けた。

「ただ、きっとこの名前が、この店にとってふさわしいと思ったんだ」


彼女は納得できない様子で首を傾げたが、俺にはこの名前しか考えられなかった。

それは前世の後悔からなのか、それとも無意識に意味を理解していたからなのかはわからない。

ただ、この場所を誰かの帰る場所にできればいいと思った。


「ところでベッド一つしかないけど、私はどこで寝ればいいの」

「え…、あ」

喫茶店のことばかり考えていて、居住スペースの内装のことについて忘れていた。

結局その夜、俺は冷たい床で一夜を過ごすことになった。

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次の更新予定

2025年12月24日 15:30

赤ずきんとチート能力者の異世界喫茶店 藍月狐(あいづきこ) @Aidzukiko

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