第3話 忘れ物の写真

 いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます。

 それでは今日のお話を。


 三本の桜の木がすっかり裸になってしまったころ。

 夜の八時半。時折り店内まで届く冷たい空気が店の外に出られない私により一層、季節の変わり目を教えてくれる時間帯です。

 店内には常連のお客様の声が少しずつ満ち始めます。

 

 そんな中、思いも寄らないお客様のご来店です。


 あら?昼間のお客様、せつ子さんです。

 せつ子さんは慌てた様子でカウンター奥に向かって店主を呼び出しています。

 店主はぱたぱたと二階の自宅からおりてきました。すっかり暖房の冷めた一階店舗ですが店主は丁寧にせつ子さんの言葉を拾っていきました。


 せつ子さんはいつもお喋り友達二人と一緒にお昼の二時くらいに現れます。

 いつも、いろんなお話をしてらっしゃいますが、特に良く話されるのは遠くに住んでらっしゃるご家族の話です。

 少しよれよれになった家族写真を片手にお孫さん自慢です。

 お絵かきをすれば将来は画家かデザイナー。

 お歌を歌えば歌手か音楽家。


 他人の自慢話はつまらない物です。

 たまらずにお友達が話し始めます。

 お孫さんの自慢話を。


 その大事な写真をなくしてしまったそうです。

 喫茶店に忘れてしまったのではないかと。


 お家の方も心配しているだろうから今日はお引き取りください。店内は探しておきます。と、告げるとせつ子さんはお辞儀して帰られました。


 少し、お節介な幽霊や妖かし達が足もとなどを見回したりしています。

 もちろん、私もお節介です。仕事の合間に探す事にしました。


 お店の外かも知れません。

 店主の夕飯用の油揚げをちょっと拝借します。

 ごめんなさい店主さん。少しだけお味が落ちてしまいますが多分気づきませんよね。


 油揚げを手にお稲荷様の仔狐にお願いしました。

 外で写真を探して来てくれませんか?


 仔狐達は快諾してくれました。忘れ物を探すと言うより、宝物探しするみたいに楽しそうです。

 可愛らしいしっぽをふりふりして勢いよく表に飛び出していきました。


 朝四時を回った頃。新聞配達のバイクの音が忙しそうです。外ままだまだ暗闇の世界。


 仔狐達が帰って来ました。

 見つからなかったそうです。

 寒い中ご苦労さまと油揚げを渡すと大喜びして街の南にある稲荷神社に帰っていきました。


 朝六時。少し、外は明るさを取り戻し妖かし達の時間は終わります。

 静けさに包まれた店内。

 なにげにカウンター下に目線をはこぶと、ありました。せつ子さんの写真です。

 少し奥まった気づきにくい場所です。


 幽霊は影は掴めますが本当の物を触るのは苦手です。

 気持ちを集中してもう少しもう少し。

 写真がひと目につきやすい場所へ。

 もう少し、もう少し。ここなら店主に気付いて貰える。

 その時、写真が大きく動き出しました。

 朝、開店準備に降りてきた店主です。


 前かがみのまま、店主は拾い上げた写真を少し見詰めてから、ちょっと微笑んでカウンターの上に置きました。

 

 普段と変わらず朝の準備をしていると、開店三十分前。息を切らしたせつ子さんがいらっしゃいました。


 まだ、暖房を入れる前の喫茶店です。せつ子さんの息は白くて、やかんから出る蒸気と混ざり合いました。

 カウンターの下に落ちてましたよと写真と淹れたてのコーヒーを渡すとせつ子さんは大変喜ばれました。寒い喫茶店で飲む熱々のコーヒーがすごく美味しそうでした。


 昼間の二時。せつ子さんは真新しいお孫さんが少し成長された写真片手に自慢話をしています。

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