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【人生、変わっちゃいましたぁ。夫からも、「きれいになったな」なんて言われたりして。なんだか恥ずかしいわぁ。んふふふふ】
食堂の空気に不釣り合いなセリフが流れる。昼休憩の時間帯は、茶の間でテレビを見ている層をターゲットにした、この手の宣伝が多い。
『※効果には個人差があります』という注意文が、テレビ画面の右下にずっと表示されている。勤務中の会社員にとって、どうでもいい内容だ。そんなCMには誰も見向きもしない。
流行りの肌改質系メーキャップの宣伝だ。荒瀬たちがあまり化粧品を買わなくなって久しい。肌に宿したナノAIを、スマートフォン等のアプリで動かせば、画像処理と同じ気軽さで、思い通りのメーキャップが可能だからだ。日焼け止め機能だってタップひとつで有効化できてしまう。
化粧品メーカーが主導となり「内側から綺麗になろう!」のキャッチコピーと共に大衆に受け入れられた、インナーコントロールメーキャップという概念。そいつをきっかけとして爆発的に普及したナノAIは、人間の表皮、真皮、皮下組織にまで浸透している。今や美容目的にとどまらず、多彩な機能を付与され、さまざまな形でヒトを助けている。体質改善や内臓機能の改善など、その効果は幅広い。一律1μmのそれは、注入に使用される点滴針よりも、はるかに微細である。一粒を皮下に一度解き放つことで、クローン様コピペ機構により無限増殖し、全身に満遍なく広がる。製造時に設定された上限に達すると、増殖が止まる。そして、携帯端末のアプリを使用することで、効果を適用したい部位のみで機能させることが可能だ。
より高度な目的になると、皮下組織よりも深い部分までナノAIを潜り込ませることが必要となる。左右双方の眼球に近い位置に一粒の『ヘズ』を寄生させている、荒瀬のように。そして『ヘズ』という特別な呼称のある私は、他のナノAIと制御機構が異なる。――自律性が高い。
私に増殖機能は無い。汎用ナノAIと比較して大きさも随分違う。私自身による自発的な思考を可能にするためには、ある程度の容積が必要であったと思われる。寄生先である人間の体内に一度入れば、機能するべき箇所まで自力で辿り着く。そして根を張り、生やした触手で為すべきことを遂行する。つまり宿主の補助である。
【健常は平等である】
先のテレビCMと同じく明るい音声が、一日に何十回も流れていた時期がある。私、「ヘズ」のような特化型ナノAIを誰かに適用する場合、法令を守る必要がある。適用の目的はドーピングではない。私たちの開発目的は、平均に至らない人間を、健常者と同等のレベルまで、能力を底上げすることである。荒瀬が私を寄生させているのは、彼女が弱視であるためだった。
小さな社員食堂で食事を済ませ、スマートフォンでネットニュースを見ている荒瀬は、「え」と声を漏らした。
私は荒瀬と一緒にニュース画面を覗きこむ。
記事のタイトルは大きな太字になっている。
『異物混入多発。有名メーカーでも続々』
後に続く文字はずいぶん細かい。
【脂肪燃焼も思いのまま!】
テレビCMの明るい口調に気を取られそうになる。しかし、荒瀬の要望を汲み取った瞬間、宿主の視力のピントを、合わせてやる。
「へえ。異物ねえ。大きな会社でも、起きているんだ」
テレビをちっとも気にしない荒瀬は、熟読したネットニュースの内容について、興味深そうに言う。
「これ、もしかしたら……。ひと月ほど前の、我が社の案件と同じだったりして」
荒瀬が目を細める。私も、目を細めた。
【あなたに合わせた『分解』で、効率的なダイエット! 健康を、応援いたしまぁす! 今から三〇分以内に、こちらの電話番号、またはホームページまでお申し込みを……】
「林さん。メールで送った記事なんですけど」
午後の始業時間から数分も経たないうちに、荒瀬が上司に言う。
「ああ。それな。実は同じ内容で、アンケート依頼が来ているんだよ」
「アンケート、ですか」
「そう。当社で近頃こういう問題は起きていないかっていう外部調査」
「外部って、どこかの研究所とかですか?」
「いいや。送ってきたのは市の商工会議所」書面を広げた。「ああ。本当だ! 某大学の『粉体工学研究室』と『美容外科モニタリング協会』の連名になってる」
「『粉体工学研究室』と『美容外科モニタリング協会』?」
妙な組み合わせだなと、荒瀬は困惑した。
「何がどうなっているのやら。まあでも実際我が社でも起きていることだし、回答しといてやるか」
荒瀬の下書きを上司が仕上げ、先方に郵送すると、それから一ヶ月経つ頃に、謝礼のギフトカードが送られてきた。
荒瀬はそれをじっと見下ろしている。気を利かせたつもりで絵柄にピントを合わせてやったが、花の写真を眺めた荒瀬の目つきは、険しかった。
「アンケートに答えただけ? 儲けもんだな」
カードの額面に感心した同僚が、肩を叩いた。絵柄を見つめ続ける荒瀬を残して去っていく。
「私、期待してたみたい。何か、助言でももらえるのかと思ってた」
荒瀬は落胆していた。
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