砂はうたう

夏原秋

 その日、不具合があった。異物の混入だ。

 サンプルを最初に観察したのは品質管理部の荒瀬あらせだった。

「『ヘズ』。サンプルが見えない」

 荒瀬の目を通して顕微鏡のレンズを覗く。ぼやっとしていた画像が鮮明になる。本来平滑であるラミネートの表面が隆起していた。透明なフィルムの向こう側に、粒子状の何かが、大量に付着していた。

 私は『ヘズ』と呼ばれている。呼称の由来は、盲目の神の名、らしい。盲導特化型ナノAIの開発者が、そう名づけたからだ。

 宿主(あるいは私の立場からすると、「寄生先」とも言える)の荒瀬と共に勤めるのは、軟質包装材メーカーだ。ラミネート加工後の検品工程で、表面の凹凸が複数確認された。

 以前は年に数回起きていたらしいが、相応のクリーンルームを備えて以来、報告されなくなったトラブルだった。あまりにも稀有なことであり、昔の記録をひっくり返して調べると、十四年ぶりであることが発覚し、社内に衝撃が走った。

 原因はわからなかった。工場は、完全に調温調湿されているわけではない。特に夏場は高い気温と湿度が悪さをすることがある。けれども、ごくありふれた秋の一日だった。気候要因のトラブルなど起きるはずがないと、スタッフの誰もが考えてしまうような、気持ちの良い快晴だった。

 荒瀬は手元で粒子の正体を探る。私は今度は言われる前に、ピントをコントロールする。視力が思い通りになったようで、荒瀬はサンプルに集中した。

「フケ。じゃないよな、まさか、こんな大量に……。やだな」

 最後の一言に本音がこもる。確かに、それが本当にヒトのフケだとすれば、気持ちの良いことではない。

 上司の許可を取り、専門の検査会社に調査を依頼しサンプルを送った。一週間後には、分析結果の速報メールが返ってきた。

『生体組織』

 備考欄にはこう記述されていた。

『ヒトの皮膚片と思われる』

「うそでしょー」

 荒瀬が肩を落とした。

 皮膚片。荒瀬が推測したように、従業員のフケでも混入したのだろうか。工程にたずさわる社員について思い浮かべる。ラミネート工程のオペレーターは、横田という人間だ。特別不潔だという印象はない。

『防護服の着用』

 対策の記入欄に荒瀬はそう記載した。不良品が外部に流出することは取り急ぎ防がれたため、原因不明のまま、調査継続案件となった。

 しかしその後も、同様の事例が何度か続き、ついに横田が異動となる。本人は不服な様子だった。それがきっかけで退職願が提出される事態となった。個人に責任を押しつけられたと受け取り、不愉快に思ったのだろう。話し合いの場が何度かもたれたが、けっきょく横田は辞めてしまい、後味の悪さが残った。

 さらに悪いことに、横田がいなくなっても異物の混入が続いた。人的要因ではないという判断のもと、設備点検が何度も行われたが、それでも解決しなかった。ヒトの皮膚片「だけ」がどこからか湧き出してくるという怪奇じみた現象により、社内は不穏な空気が流れるようになった。防護服の試験運用で、ようやく異物混入の頻度が減った。効果が有るのは明らかであり、着用の義務化が早々に決まった。

 私たちの部署は、急に忙しくなった。社内検査、それ以外の検査の外注依頼、報告書の作成、設備導入予算申請のため必要な資料作成と、それらに伴う調査、等々。

 荒瀬は日々の業務をこなすことに精一杯な様子で、解決の糸口が見えたことを、喜んでいる場合ではなさそうだった。


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