第3話 救世主へ至る序文
「正直に言おう。ラト師匠、実は俺、名前が無くて……だからそのー……ちょっと待って頂けませんかね!? 考えるので!?」
「……貴方にも、きっと事情があるのね。こんな山まで来るくらいだし。大丈夫よ、私は人の過去を詮索しないわ」
慈母のような目で俺の顔を見つめるラトに、少しばかり心が痛む。
言えない。今世の名前を名乗りたくないだけだって。転生して一週間ちょっとで実家から勘当されましたって。何なら、もう忘れましたって言えない。
主人公(仮)ちゃんの名前を────プレイヤーネーム『
前世の本名、
いやいや、何かそれは嫌だ。せっかく転生したなら別名を名乗りたい。
そうだな……救世主、に繋がる叙唱。本編開始前の前書き。
「────プレフィス。俺の名は、
さあ。十回程度、世界を救おうか。
愛すべき主人公の為、今のうちに世界滅亡フラグを壊してあげよう。
「ところでラト師匠、ナイフ持ってない?」
「ナイフ? 無いけど。何に使うのよ」
「髭剃って、髪を切る。いやね、流石に四年も切ってないと見た目が仙人過ぎると言うか。これで山降りたらいよいよ伝説になっちゃうよ俺」
「私が斬ってあげるわよ。師匠だから。【星征アゼダラク】解放Ⅲ────ちょっと、どうして無言で逃げるの!? 待ちなさい、プレフィス……!」
師匠から逃げつつ、ふと思う。
設定資料集にも名前のない弟子って、もしかして俺のことではないか、と。
まさかね。まさか、そんな訳ないでしょう。いくら弟子が影も形も無いからって、自分が死んだ程度でラトが闇落ちするなんて……無い、よな?
◇
「よし、良い感じね。もう動いていいわよ、プレフィス」
「……ホントウニダイジョウブデスカ」
「いいって言ってるじゃない。まさか、師匠の言うことが聞けないの」
改めて。ラトは実に愉快で、弟子に甘いヒトだ。
嬉しそうに何度も『プレフィス』という名を呼ぶし、それはもう嬉しそうに師匠と名乗る。思えば、約四年間もの間、毎日顔を合わせていたのだ。
俺という矮小な人間に情が移ってしまったのだろう。
だからって、触れたら消し飛ぶ超威力の星雲で俺の髭を消すのだけは、頼むから今後一生金輪際絶対に何があろうとやめてほしい。
髭と肌が順番に消えては再生、うっかり髭ごと再生してやり直し、うっかし肌ごと消して以下省略、回復魔法により拷問技術が発展するとは真だった。
随分と痛みに慣れた自分が怖い。前世の自分が聞いたらショックで倒れそう。
「そういや、プレフィスは何の為に私の元へ? 目的が無い、なんて事はないでしょう。四年も山に籠もるなんて、常人の精神力では出来ないわ」
岩に座り、青色の果実を齧りながら、ラト師匠は俺に問いかける。
あの青色の果実は、この山に自生する数少ない植物だ。齧ると仄かな甘みが味蕾を刺激する。モンスターの肉と薬草が主食のここじゃ、神の恵みにすら見える。
「そりゃ、世界を救う為に。俺ってちょっとした使命を持ってんだ」
「使命? だからって、私の弟子になる必要はないわよね。隠れ住んでいる無名の魔族よ、私。殺しに来たのならともかく、弟子なんて……」
「あー……正直言うと、必要と方法があれば殺してたよ。でも俺には力がなくて、ラト師匠は凄い良い人で。じゃあ、仲良くしたほうが嬉しいよねって。俺、友達少ないからさ」
「不思議なヒト。年齢にしては達観してる……あれ、貴方って何歳?」
「どうだっけな。ええと、成人して四年……十九歳? まあまあ、肉体年齢なんてどうでもいいでしょ。ラト師匠からすれば十も百も赤子だろうしさ」
魔族の寿命は個体差があるけど、ラト師匠は設定資料集Part1曰く不老不死。
まあ、魔族と人間が相容れない理由はこれだよなあ。不老不死が本気出したら支配階級の席は埋まるけど、人間からすりゃ美味しくない展開だ。
ラト師匠は、物悲しそうに俺を見つめて、自らがざっくばらんに切った髪をゆっくりと撫でた。
……魔族と人間が相容れない理由、二つ目。
百年も生きない生物に入れ込んだら、そりゃあ苦しいだろうよ。
ま、ラト師匠は一つだけ思い違いをしているが。
傷一つ無い真っ白の手に、いつの間にか随分と頑強になった俺の手を重ねる。
「俺は死にませんよ。最低でもあと百年、生きなきゃならないので」
推しの姿を見る前に死ねるか。それに、世界滅亡フラグのうちバージョン3とバージョン7は結構後に発生するものだ。今対処するのは実質不可能。
最高に平和な世の中を作って、平和に生涯を終える主人公(仮)を見届ける。そもそもこの世界に主人公(仮)が産まれるのか、産まれたとして
「プレフィスは何がしたい? 修行のついでに、私にできる事なら手伝うわ」
「そりゃ助かる。ありがとうラト師匠、愛してるぜイヤッホウ!」
「えっ」
「さーて、今が1904年。1905年の弟子死亡は……情報がないからパス。何の戦いで死んだかも分からないし、弟子が俺のことかも不明だしな。となると……」
百年前ってのは、結構ギリギリのタイミングだ。
俺は設定資料集をPart1から9まで全て頭に入れているし、サブストーリーから推測できる時系列考察や、開発者インタビューでサラッと言及された事まで全て頭に入れている類の『シナスタジア・オンライン』廃人。
人生のほぼ半分を捧げたゲームだ、存分に原作知識チートを行ってやろう。
「リミット、1906年。目的地はタクティル帝国領南部、タクティル内海付近の無もなき漁村。……俺は魔神エイルの復活を止めに行きます、ラト師匠」
最初に壊す世界滅亡フラグはバージョン2。
「……どうしてエイルを知ってるのかしら。彼女、結構前に私が封印したのに」
「えっ?」
「何でもないわ。私、プレフィスを信じてみるって決めたのよ。師匠だから」
「あー、じゃあ、その話は道すがら聞かせてもらいますネ……」
普通に知らない情報出てきたな、どうすんだこれ。
原作知識が案外頼りない可能性に震えながら、俺とラト師匠は山を降り始める。
転生し、山に入って約四年。
始めての下山である。
……そうだ、久し振りにステータスでも見てみるか。
◇────────────────◇
【ラッキーマン】プレフィス レベル 30
[メインクラス]放浪者 [サブクラス]なし
体力 4050/4050
精神 1300/1300
筋力 740 俊敏 570
耐久 210 魔力 70
信仰 100 幸運 910
[剣]装備なし
[服]ボロ布
[アクセサリ]装備なし
[メインスキル]
【全力疾走】【運命穿ち】
[パッシヴスキル]習得数:6
【転生者】【環境耐性:氷】
【空腹慣れ】【骨折慣れ】
【決死の生存】【根性】
◇────────────────◇
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