第2話 名前を入力してください。

 大前提として、この世界はゲームである。

 元来の身体能力プレイヤースキルよりも、適切なスキル理解と試行回数、そしてレベリングとキャラクタービルドこそが力を持つ。


 1902年、春。

 春とは言っても、年中雪山じゃ季節感なんてありゃしないし、起きてモンスターを狩って薬草を採って、ラトに十回足の骨を折られて穴蔵に帰る生活だ。

 最初のタイムリミット、原作に於いてラトが闇落ちする1905年まではまだまだ時間があるし、件の弟子とやらも現れる気配がない。

 

 結果として、特にさしたる進展もなく、日々はゆっくり過ぎていた。


「それじゃ、今日もよろしくお願いしまーす。ラト先生?」


「……もう。先生も師匠も大差ないでしょ、駄目よ。じゃ────」


 今日も変わらず。雪山の中腹、少し開けた半径十メートル程度の空間で、ラトは背中に背負った大剣を構える。

 武器の名を魔剣ダーレス・不成ならずと言い、二メートルの赤黒い大剣……が、青黒い長方形の鞘に収められたもの。

 鞘から剣を抜く為には、アホ程貴重な素材を大量に使って武器を進化させねばならない。インチキじみた進化難易度で、所持プレイヤーは十人ちょっとだったかな。

 

 まあ、進化させなくてもエンドコンテンツで使える武器なんだけど。

 ラトが持ってるのは当然というか、元々ラトの武器なのを、プレイヤーが毎週シバいて奪い取っているというか。ともあれ、元廃人プレイヤーとしては感慨深い。

 かの魔剣ダーレスが、かの混沌の魔王ラトが目の前に居るとは。

 

 そして、幾千回も挑むことが出来るとはね。


「今日こそは一撃当てるさ」


 木の棒を構え、踏み出す。


「ここ一ヶ月、ずっと言ってるけど、なァ!」


 一歩、二歩、助走を付けて三歩目。ラトまで残り5メートル、相手の間合い。

 行動パターンは既に知っている。

 今回は……横薙ぎ!


 軽い踏み込みと共に、圧倒的質量が超速で振られる。何のスキルも使われていない通常攻撃だが、モロで当たれば確実な死。まあラトは甘いから、うっかり当たっても慌てて回復してくれるけど、それはそれとして痛いのは嫌だし。


 軽く地面を蹴って、四歩目は空へと跳び上がる。

 魔剣ダーレス・不成ならずが足元を薙ぐ。

 あっぶな、コンマ数秒遅れたら当たってたぞ!


「この程度は避けるようになったわね。……普通、避けられないのだけど」

 

 ラトの呟きが耳に届く。

 そりゃそうだ、俊敏2000オーバーの攻撃なんて、雑に振っても絶対当たる。

 今の俺がスキルで回避率を上げようと、余裕で命中、爆発四散。

 

 が、当たらなければ当たらない!

 ……矛盾してるネ。でも、ゲームとはそういうものだ。

 「攻撃範囲に入ったけど、回避率によって避ける」と「そもそも攻撃範囲に入らず、当たらない」事には雲泥の差がある。システムでは覆らない、プレイヤースキルによる絶対の回避は俊敏ステータスに縛られないのだ。


 問題は、次。俺の攻撃が当たるかどうか。

 ……てか、当たらないまま二年目に突入した。

 挑む度に微量の経験値は手に入っているし、プレイヤースキルも上がってる。

 だが、システム的な確率の壁は話が別だ。


「────ハァッ!!!」


 脳内でスキル名を叫び、【運頼みの一撃】を発動。

 地面に降り、五歩目を踏み込んで、ラト目掛けて木の棒で刺突。

 棒は確実に彼女の胸を貫いた。


 貫いた、筈なのだが。

 理不尽にも、仕様通り、仕組み通り、システム通り。


 棒はラトに事になる。


「残念。次よ」


 攻撃後のどうしようもない隙を突かれ、右腕が吹き飛ぶ。

 一瞬遅れ、鋭い痛みが脳を介して全身へ回る。これまで受けた全ての痛みを脳が思い出し、恐怖で心拍数が上がる。視界が歪む。

 何故こんな事を。いつ終わるかも分からないのに?

 一発当てて、ラトの弟子になって、それでスタートラインに立てるだけなのに?

 いつもの問いが、いつも通り心に刺さって、そのまま俺は雪の上に倒れた。


 ◇


 腕が吹き飛ぶ。

 足が消し飛ぶ。

 俺が強くなるにつれ、ラトも少しずつ力を解放する。最初、命中しても骨が折れる程度だった攻撃で、今や半身が消し飛んでしまう。

 それでも全力の2%程度なんだろうなと思う度、世界の広さと、主人公(仮)ちゃんの強さを実感する日々。


 時間が過ぎる。

 無情にも。


 ◇


 1904年、夏。

 一年後にはラトが闇落ちする……ラトの弟子が死んでしまうというのに、未だ俺は一撃当てる事すら出来ず。弟子とやらも現れないし、最近ラトが全力の10%くらいで殴りに来るし、散々だ。


「そ、の。ありがとう。貴方が毎日来てくれるから、ここ数年は楽しいのよ。何百年もここに居たから、今更、一人じゃ山から出られないし。私は……魔族だから」


「そりゃどうも。感謝の気持ちがあるなら治してくれ、俺今下半身とグッバイしてるの。おーけー? 下半身、無い、痛い。コトバワカル?」


「分かるわよ。でも貴方、この程度じゃ死なないでしょう。……はい」


 温かな光に包まれて、下半身が再生する。ついでに身に纏った布も。

 おずおずと差し出されたラトの手を取って、立ち上がる。

 この数年で何も変わらなかった訳じゃない。

 ラトとの会話時間だけは、一年につき数十秒も増えている。


「……貴方は、魔族を怖がらないけど。どうして?」


 魔族。裏設定は色々あるが、この世界の一般知識としては悪しき魔力を溜め込んだ人間の事。遺伝する病気のようなもので、だいたいは魔力の塊たるが身体の何処かへ発生するのが特徴。

 ラトの場合は、黒く太い山羊の角がそれに当たる。

 魔族は一般に忌むべきものとされているけど、ぶっちゃけ人間の上位互換だからだし。優秀な少数派だから敵として迫害されている、よくある話だ。


「ま、俺に魔族を怖がる必要はないし。何よりも……ラトと仲良くしたいんだ」


 仲良くしないと百年後に世界が滅ぶからね。

 あと、幸が薄そうな白髪角アリ美少女と仲良くするってのはオタクの至上命題だし。個人的にも混沌の魔王ラトは好きなキャラだから、幸せになってほしいしさ。

 俺からすれば当たり前の答えなのだが、不思議とラトは面食らったみたいに固まって、数秒後に一言「そう」とだけ呟いた。


「さあ、本日最後の挑戦だ。今日こそ師匠と呼ばせてもらおうか!」


「早くして頂戴。今の貴方なら歓迎よ、私で良ければ何だって教えるわ」


 いつの間にか、ラト本人も師匠となる事へ乗り気らしい。

 四年という歳月は長いものだ。よくもまあ、俺も懲りてないな。

 我ながら自分の精神の強さに恐れ慄く。

 ま、主人公(仮)ちゃんの方が大変な人生だった筈だし。

 俺だって多少は頑張らないとね。


「────【星征アゼダラク】解放Ⅰ」


 ラトの足元から星雲が溢れ出す。黒い煙の内側で、魔力の塊がきらきら輝く。

 いつからだろう。

 ラトがスキルを使い始めたのは。こんなの、もう普通に高難度ボスだ。

 

「解放Ⅱ。貫け」


 星雲が浮かび、満たし、分かたれて、ラトの周辺で三メートルの槍へと変わる。

 雪山の冷たい空気を、槍が裂く。

 音速にも迫る一撃。が、数十本。

 

「クソ……【全力疾走】!」


 走る。音速にも迫る程度なら、めちゃくちゃ頑張ればギリ避けれる。

 『シナスタジア・オンライン』にはちょっとした設定があって、設定上はゲーム画面よりも数倍早く動いているのだ。そりゃ音速で動かれても見えないからね、当然の設定である。

 

 掠った右腕が抉れる。

 咄嗟に木の棒を前に投げ、空中でキャッチ、左手に持ち替え。

 走る。走る。走る。

 星雲の槍を避けて、避けて、避けて。


「解放Ⅲ、薙ぎ払うッ────!」


 魔剣ダーレス・不成ならずに星雲を纏い、偽の刃が形作られる。

 そのまま、横薙ぎ。


 消失。


 俺の足首より下と、後ろの山肌が消える。

 やっぱ反応速度が足りないな、まだ避けきれん。

 ま、今回もガチャまでは辿り着いたし良いか。


「……頼む、当たれ」


 初期クラス放浪者、初期習得スキル【運頼みの一撃】。

 効果、対象との戦闘力────レベル、装備、スキルなどから算出される総合的な強さ────の差に応じたクリティカル確率の上昇。


 根本的に、俺からラトへの命中率は0%である。それが攻撃である限り、天地がひっくり返っても当たることはない。

 が、『シナスタジア・オンライン』において、クリティカル判定は命中判定でも発生する。TRPG的なシステム、と言えば生前ごく一部の友人に伝わった。


 100面ダイスで100が出たら、もう一回ダイスを振れる。それで100が出たら、更にもう一回、みたいなシステム。

 実際のクリティカル率はもっと高いし、代わりに必要なクリティカル数はもっともっと多いが、ともかく。


 約2000の敏捷差かつ、10000以上の戦闘力差がある相手に対して、【運頼みの一撃】を使用して攻撃が命中する確率は────

 

 有志曰く、0.001%。


「……遅かったわね。ようやく、貴方の勝ちよ」


 木の棒が、確かにラトの腹部へめり込んだ。


『実績【えっ嘘、運良すぎない?】を達成しました』

『隠しスキル【運命穿ち】を獲得しました』


 ……本当、ここまで遅かった。ようやく、俺の勝ちだ。


 そういや足を消し飛ばされていたんだった。痛い、そうだ、右腕もだ。クソ。

 上手く立てなくて仰向けに倒れる。アドレナリンは万能じゃない、脳内麻薬が快楽で痛みを誤魔化してくれるのは、思いの外短い間だけだ。

 痛い。何年経っても痛みは嫌いだ。

 なのに、今ばかりは、笑みが溢れる。


 ラトは自らの腹部から木の棒を抜き、投げ捨てた。流れで俺に手をかざすと、温かな光が欠損部位を埋め、すぐに元通り。

 痛みはそのままだけど、ちゃんと動くし血は出ないから問題ナイナイ!

 と、俺はいつも自分に言い聞かせている。


「改めて言おう、ラト。俺を弟子にしてください!」


「勿論よ。ようやく聞けるわね、貴方の名前」


 面と向かって「弟子にしてください」なんて、数年間だらだらと挑んだ相手に言うのは小っ恥ずかしいものだな。


『クエスト【ラトへの弟子入り】を達成しました』


 しかし。困った困った。

 

 ……俺の名前、どうしよう?

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