第4話 武器貸してくださいよ師匠ッ!
タクティル帝国領はどこも寒く、年中ほぼ常時雪の降る過酷な地域だ。南部にまで行けば多少マシだが、生憎ここは北部。見えるのは一面の銀景色。
あちこちに樹氷が生える景色は幻想的……な、筈なのだが。
生憎と約四年の山暮らしのせいで、雪と氷にまつわるあらゆるものが嫌いになっているのが俺ことプレフィス。
「そういや師匠、山から出るのって何年ぶり?」
「そうね……たぶん千年くらい? 覚えられないのよ、ずっと居るとね。たまに私を殺しに来る冒険者を、こう、キュっとして聞き出してるんだけど」
「おっそろしいねえラト師匠は。殺しに来た冒険者の中には、伝説の……ああいや、まだ伝説じゃないか。歴史に名を刻むのは数年後だな、あそこは」
「プレフィスって、時折未来を見たかのように話すわね。それとも本当に知ってるのかしら。……問い詰める気はないわよ。私って理解のある師匠だから」
「そりゃ助かる。俺はミステリアスな世界救っちゃうお兄さんだからさ。ま、
理解のある師匠を持つと助かる。何故なら「俺って実はこの世界の真実を知ってて~」という陰謀論めいた弁明パートが挟まらないからだ。
誰から見ても見苦しいし、避けられるのならこのままミステリアスに行きたい。
……あの混沌の魔王ラトが俺の師匠になってくれた、という喜びからカッコつけて匂わせを繰り返してしまっている気がする。
良くない良くない、反省猛省心のなかで千回土下座。ヨシ。
◇
時速六十キロメートル程度で走ること数時間。流石にそろそろ疲れてきたの巻。
何が辛いって、俺がちょっとでも苦しそうにしているだけで、ラト師匠が過保護になる点だ。
「プレフィス、私が抱えてあげてもいいわよ。息、上がってるじゃない」
このように。一万回以上俺の息の根を止めかけておいて、よくもまあ過保護になれるものだ。もっとスパルタ師匠だと思っていたのに。
「遠慮するって言ってますよねえ、ずっと! 今更ですけどラト師匠、距離感気を付けてくださいお願いします。俺ってこれでも健全なお兄さんなのでね!?」
「……距離感。何を言っているのかしら」
「すごい、何も分かっていない事だけ分かった。絶望的だ」
俺ことプレフィスこと前世の名を
彼は生まれて以来、女性に縁がなかった。何なら男性にも縁がなかった。
そうだ、俺は真性のボッチだった!
そんな俺の前に白髪の山羊角アリ異世界美少女長命種お姉さん師匠をドン。
死。
そうだね、ちょっと刺激が強すぎるね。
一時間にも満たない時間に十回半殺しにされ、数分雑談して解散する関係性から、四六時中共に旅する師匠と弟子に変わっては不味い。そう気が付かなかった俺の落ち度だよこれは。
無理だって。好きなキャラが傍に居て好きにならない方が無理だって。
俺なんかが好きになったとて、普通にフラれて終わってしまうだろうし。
そうなったら俺が世界を滅ぼしかねないから、間違って好きにならないよう気をつけないとならない。なんてこった、ラブコメ禁止の異世界転生があっていいのか!?
冷静になると、異世界転生しても強くなったのって身体だけで、考えなしにふざける性格とこの憎たらしい口はそのままだし。
顔は……氷に映ったのを見た限り、まあ多分良くも悪くもない。
タクティル帝国民としてデフォルトの茶髪に碧眼、前世だったらイケメン寄りの普通だけど、今世だったら微妙寄りの普通判定だと思う。
つまり努力次第か。じゃあ駄目だな、うん。だって俺だし。
早急に欲しいのは気兼ねのない男友達だな。前世じゃ得られなかったけど、今世なら行ける気がする、世界を救うついでに男友達を見つけよう。
一緒にゲームをしてくれる類のね。
この世界、1940年くらいにカードゲームが生まれるからさ。
初代世界チャンピオンにでもなっちゃおうかな、なんてね!
◇
「プレフィス、あれを見なさい」
「どうしたんですか師匠……ええ?」
一日も終わりに差し掛かり、夕日が樹氷を照らす頃。
夕日でオレンジ色に輝いた樹氷に、哀れなる生物が突き刺さっていた。
「……そこに誰か居るのか!? 助け、助けてくれ!!!」
人間である。
ふくよかなおっちゃんが、何故か樹氷の……少し上の方で突き刺さっていた。
有り得なくないかい?
おっちゃんの傍には横になった荷台と、荷大に繋がれ共に転がる珍生物。
そう、体長三メートルのやけに丸くてクソデカいアザラシこと、タクティル帝国の終身名誉マスコット珍生物、アザラン。
『シナスタジア・オンライン』においては全ての地域で馬車、もしくはそれに準ずる乗り物があり、タクティル帝国領における馬車枠を担っているのがアレだ。
通称をアザランタクシー。
さて。俺は見付けてしまった。
哀れなおっちゃんとアザランを狙う影が一つ。
────なんと颯爽とフロストワイバーン(レベル40)が登場!!!
「ギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!! たす、おたすけ、神! 神よ!」
なんという間の悪さ、運の悪さだろうか。
竜の頭、コウモリの羽、猛禽の足、蛇の尾を持つ蒼白の竜。
翼を広げれば五メートルはあるだろうヤツは、おっちゃんの刺さった樹氷の上で円を描き飛んでいる。あれは獲物を品定めしてる時の動きだ。
「世界を救うんでしょう? 目の前の人間を救うのも、世界と同じくらい大事よ。これは師匠命令、助けてきなさい」
「優しいねえラト師匠は。この時期に縄張りへ入った方が悪いと言えば悪いんだが……ま、俺は目の前の何かを見捨てられる程ヒトデナシじゃない。でも師匠、一つだけ訂正させて。あと一つお願い」
「へえ、何かしら?」
「俺が救うのは人間だけじゃないよ。神も魔族も平等に、手の届く範囲に居るなら全部救うよ。全員生還ハッピーエンドが好きなタチでね」
「……そう。それで、師匠へのお願いは何? 嬉しいから、何でも聞くわよ」
「ちょっとその剣貸し「それは駄目」
くっ、なんて大人げない師匠だ。魔剣ダーレス・
教会へ立ち寄れてないせいで、未だメインクラスが変えられてないってのに。
武器無しでどう戦えってんだよ、相手のレベル40だぞ!?
ここで一つ、豆知識を。
『シナスタジア・オンライン』はレベル制のMMOで、俺がやってた頃のレベルキャップは190。だが、このマップはバージョン1の範囲内。化け物じみた強さの敵はあんまり出てこない。
……で、バージョン1当時のレベルキャップが50。だからラト師匠もレベル50なんだが、ラスボスとか魔王軍の最高幹部、エンドコンテンツのボスを除いた敵の最高レベルは40なんですよねー。
あのフロストワイバーン、バージョン1範囲内のモブ敵だと最強格です。
困った困った、どうしろってんだよ師匠!
流石に武器無しじゃ面倒だ、弟子を過大評価し過ぎだぜ!
「……ま、ギリ勝てるか。俺じゃ殺しきれないので、トドメだけは頼みますよ」
肩を回し、かろうじて装備していたボロ布を脱ぎ捨てる。
……流石に下は履いてるからね? 履いてはないか。布を腰巻きにしてるだけなんだから。困った、変な広告の無課金プレイヤー以下の装備だな俺。
しかーし、半裸でも俺は『シナスタジア・オンライン』廃人。
1レベル縛りとかやった事あるし、何よりアレの百万倍強い師匠にボコられ続けてリアル動体視力だけはカンストした。
俺が勝てるって言ったら勝てるんだよ。負ける勝負は嫌いだからね。
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