第3話
「やることになる、とはどういう意味だ?」
「言葉通りです。望もうが望むまいが、やることになります」
「ふざけるな。やらないぞ」
「見ていましょう」
何を根拠にあんなに意気揚々としているのか。呆れていたが、すぐに彼女が何を信じているのか理解できた。
皇宮の入り口に到着すると、後ろの方にある粗末な一般兵用の馬車から、大勢の人々が捕縛縄に縛られて引きずり出されていた。俺が高級馬車に乗って快適に来たのに比べれば、正反対の状況だった。
そして連れてこられた顔ぶれを見ると、見覚えのある連中が多かった。よく見れば共和国の貴族たちだった。
(腐敗貴族どもめ)
国が大変な時に、四六時中高い馬車や高い服で贅沢三昧していた連中。民が塗炭の苦しみを味わっているのに、絶えず搾り取っていたクソ野郎ども。あいつらのせいで家に帰れないと思えば、噛み殺しても飽き足らない。
「こんなクソみたいな……」
殺してやりたい腐敗貴族たちを見て悪態をつくと、何を誤解したのかロウェナが意味深な笑みを浮かべて言った。
「お分かりですか? 国は滅びましたが、国の中枢部は全て我々が捕らえています。いつか共和国の再建を望むあなたなら、彼らを生かしたいでしょう」
違うけど? マジでぶっ殺したいんだけど? 今すぐあいつらの首を刎ねてくれと頼みたかったが、敵であるロウェナに上官の首を刎ねてくれと頼むのもおかしかったので、ただ口を閉ざした。すると何を誤解したのか、ロウェナがまたしても的外れなことを言い出したのだ。
「ふふ……やはり亡国の忠臣であるロベルト様には、この方法には逆らえないと思っておりました」
「くだらないこと言ってないで行くぞ。顔も見たくないからな」
あの無能腐敗貴族ども。いつかマジで殺してやる。
「いくら腐敗した貴族たちでも、敵に捕らえられた姿は見たくないということですか? やはりあなたの気概は称賛に値しますね」
違うっての。さっさと行くぞ。口を閉ざして皇宮の入り口へ向かうと、ロウェナが俺を案内した。
「本来、捕虜は監獄へ行くのが原則です。ですが他の捕虜は監獄へ向かい、ロベルト様は別室へ行くことになります」
「何? なぜ俺だけ?」
「皇帝陛下が礼を尽くして遇せよと、重ねて命令されました。皇帝陛下の恩恵に感謝してください」
「はあ……好きにしろ」
彼女が俺を連れて行った場所は、高級感のある別室だった。カーテンさえシルクで出来ており、絨毯はベルベットという高級な部屋……汚してはいけない気がした。
今生はもちろん、前世ですら味わったことのない豪奢さに、俺は狼狽して部屋に足を踏み入れることすらできなかった。
(靴は……脱ぐべきだよな?)
こんな高級な部屋に入るのだから、靴は当然脱ぐべきだろう。そう思って靴を脱いで入ろうとすると、ロウェナが不思議そうな目で見てきた。
「将軍? 靴はなぜ脱がれるのですか?」
「そりゃ……部屋に入るから?」
「カーペットがあるではありませんか?」
「あるけど?」
「靴で踏むためのものですが?」
「……」
俺は再びごそごそと靴を履いた。しかし、この泥のついた汚い靴で、この綺麗なベルベットのカーペットを踏んでもいいものなのか……。
内心では色々な考えが巡ったが、田舎者のように見られるわけにもいかなかったので、ひとまずは彼女の言葉通り靴を履いてカーペットを踏んだ。
『ふかっ』
まるで花びらを踏んでいるような気分だった。カーペットは狂おしいほど柔らかく、踏むたびに足が包み込まれるようだった。共和国では布団にも使えないベルベットを踏んでいいのかと、罪悪感を覚えるほどだった。
ベッドの上に上がった時は、さすがに軍靴を脱いだ。ベッドの向かいには得体の知れない魔法装置があり、ベッドの横には本棚があったが、そのほとんどに戦術書が並んでいた。俺のために予め用意したのは間違いなかった。
(ふむ……)
俺は大人しく座って本を読んだ。大部分がゲーム内の情報と、ここで戦った経験からよく知っている部分が多かった。俺が帝国軍の敵として第一線で戦ってきただけに、帝国軍については俺ほどよく知る人間はいない。女皇帝アデルハイトでさえ、俺よりは知らないだろう。
結論から言うと、戦術書の内容は最悪だった。その戦術ではこう論じていた。
[帝国の騎士たちは世界最高の勇猛さと気概を持っている。平地では騎士たちが活躍し、攻城戦の時は農奴を徴集して城へ突撃させ占領させれば、能く国土を広げることができるだろう。]
帝国軍がなぜこれほど突撃を好むのかと思ったら、この戦術書を見てやっていたらしい。
それでもカバーも綺麗で紙も高いものを使っているのを見るに、それなりに質の良い戦術書に見えたが、内容は全くそうではなかった。
レベルの低い戦術書の内容に舌打ちをして本を閉じた。他の戦術書を開いてみたが、次の本はもっと酷かった。
[攻撃精神は万物を支配する根源的かつ無限の生命の衝動である。これは物質的な形態に囚われず、絶えず新たな創造を試みる生命の本質を意味する。そのような攻撃精神を備えた戦士だけが、戦争で勝利することができる。]
つまり、戦場では精神力が最強って話だ。地球にある某国が思い浮かばざるを得なかった。
「これは兵法書か? 哲学書か?」
荒唐無稽な内容に深い溜息をついて本を閉じた。その後、数冊の本をさらに読んだが、内容は大同小異だった。[騎士最強、突撃最強、攻撃マジ最強]
「こんなこと言ってるから、ピレネー共和国みたいなクソ雑魚国家に連敗するって分かんねえのか?」
首を横に振って、ベッドに広げた本を一つずつ片付けた。どうやら戦術書から得るものはなさそうだった。だが、その次に目に入ったのは工学書だった。
[ランドマーク建築術。古代人は370ポディオンに達する巨大な灯台をいかにして作ったのか?]
建築に関する本だった。戦術書とは違い、この本は非常に素晴らしかった。精神的な部分を排除し、徹底して実用的に、建設はどうすべきか、どうすれば良い建物を安く、丈夫に、腐らず、長持ちさせられるかを扱っていた。
「お……悪くないな」
戦術書と違って建築書はとてつもなく素晴らしかった。貧しい共和国では想像もできないような、大量の大理石を利用した巨大建築物の建設事例と建設法を扱っており、帝国が伊達に先進国ではないと思わされた。整理すると……。
「戦術はゴミ。工学は一流」
それが帝国の本質だった。敗将を戦術教官として招くとか云々言っていた理由が分かる気がした。皇帝も俺と戦いながら薄々気づいたのだ。自国の戦術がゴミだという事実に……。
「俺が戦術まで伝授すれば……」
帝国の凄まじい資本力と技術力、そこに俺の戦術まで加われば、とてつもなく強い国が誕生するだろうが。
俺がなんで?
今まで俺の部下たちを殺してきた敵どもに服従して、しぶとく生き残れと? 冗談もいい加減にしろ。いっそ首を吊るわ。
「ああ。いっそ死んだ方がマシだ」
そう考えて、首を吊る場所を探していた。ところがキョロキョロと周囲を見回していると、ふと目につくものがあった。部屋の中に別の扉があったのだ。
「あれは何だ?」
部屋の中の部屋? それとも隣の部屋へ続く扉か? わざわざなぜあんなものを作ったんだ? と思い、とりあえず扉を開けてみた。すると……。
「これは……」
扉を開けて現れた驚くべき風景。今まで共和国で過ごした10年間、想像すらできなかったもの。扉を開けた場所にはなんと……。
「べ……便器?」
そこにはなんと……水洗……つまり現代式の便器があった。横には洗面台もあったが、俺には便器だけが見えた。
「マジか……本物かよ……」
俺はなぜ死にたかったのか。
10年間、臭い汲み取り式便所を使ってきたからだ。
ところが帝国には……水洗便器があった。呆気にとられた。帝国の建築術が凄いとは知っていたが、地球では1700年代にようやく発明される便器をすでに発明しただと? マジか?
もしやと思い、恐る恐る近づいて、便器と推定される物の左側にある紐を引っ張ってみた。すると……。
――ジャーーーーー
便器の中の水が……流れた……新しい水に入れ替わったのだ。ということは……。
「本物の便器じゃねえか!」
俺は思わず飛び上がった。部屋の外から誰かがドアをノックした。
「大きな音がしました。何かありましたか?」
ロウェナの声だった。適当に何でもないと収拾し、試しに便器を使ってみた。すると本当に問題なく流れたのだ。
「わあ……」
驚きだった。本当に驚きだった。涙が出るほどに……10年間の苦労はいったい何だったのかと思うほど、美しい状況だった。部屋の中にトイレがあり、その中に洗面台と便器があり……完全に現代と同じレベルではないが、ある程度は現代文明が具現化されていたのだ。貧しい共和国とは違って。
「これなら……」
死ぬ必要、なくないか?
そんな考えがよぎった。便器一つで心が完全に変わってしまったのだ。俺はすぐに扉を蹴破って外に出た。
――バン!
突然開いた扉にロウェナが驚いて尋ねた。
「何かご用でしょうか?」
「ロウェナ!」
「はい」
「帝国で戦術を教えろと言ったな?」
「そう言いました。今すぐには嫌だとしても、共和国の貴族たちを我々が捕らえている以上、ロベルト様は結局教授職を引き受けることになるでしょう。ふふ……」
「やるよ」
「……え?」
「教えてやるよ。お前んところの将軍どもに」
「……こんなにあっさりと?」
ロウェナが拍子抜けした顔をした。だがその表情など気にせず、俺は続けて言葉を継いだ。
「その代わり条件はこうだ。水洗トイレ付きの宿舎を用意し、毎月の給料として200ルーデンを寄越せ」
「……はい?」
彼女が間抜けな顔で聞き返した。
「聞こえなかったか? 水洗トイレだ。水洗トイレ!」
俺は何度もその言葉を繰り返した。まるで子供が駄々をこねるように……俺にとっては、それほどまでに重要なことだった。
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