第2話

その後、俺は大人しくロウェナに従って連行された。口を開くだけ無駄だし、何を言っても勝手に解釈されるだけなので、会話する価値すら感じられなかった。

帝国の騎士たちは俺を縄で縛る代わりに、まるで凱旋将軍であるかのように護衛した。誰が見ても、俺が負けたのではなく勝ったように見えるだろう。

(まあ、皇帝の命令だから理解できなくはないが)

通り過ぎるたびに兵士たちが敬礼をしてくる。敵将に対してこの儀典はやりすぎじゃないかと思い、ロウェナを不服そうに見ると、ロウェナが顔を赤らめてそっぽを向いた。

(こいつ、またどうしたんだ?)

呆れて「はあ」と溜息をつくと、ロウェナがまるで罪人のように暗い表情で言った。

「その……兵士たちを失って傷心しているのは分かりますが、あまり我々を憎まないでください。それぞれ立場があって、やるべきことをやっただけではありませんか。我々の兵士も大勢死にましたし」

「……お前らが起こした戦争だろ?」

そうだ。皇帝が狂った権力欲で世界征服するとかイキり散らさなければ、戦争は起きなかった。俺も無事に家に帰れたはずだ。皇帝はよほど頭がおかしいのか、数万人をすり潰しても執拗に兵を送ってきた。今年1万人すり潰せば、来年は2万人送ってくるのだから、たまったもんじゃない。

そんな消耗戦の末、味方は敗北してしまった。いくら上手く戦っても無駄だ。結局、物量が正義なのだ。ゲームの中でもここでも、戦争はいかに上手く戦うかではなく、物量と補給が全てだ。上手く戦えば勝てるなら、劉備・関羽・張飛が曹操をボコボコにしていただろう。

だから俺は、皇帝アデルハイトも、皇帝の犬っころであるロウェナもクソほど気に入らない。この二人の女さえいなければ、俺は今頃家にいたはずなのだから。

「それはそうですが……陛下も単純な権力欲で征服戦争をしておられるわけではありません。陛下なりに大義をお持ちです」

「はっ、侵略者が大義とか笑わせるな。ふざけたこと言うなら舌噛んで死ね。じゃなけりゃ俺を殺してくれ。聞きたくねえから。いや、そこの剣を一本貸してくれ。俺が勝手に死ぬから」

「……国を失ったあなたの傷心がどれほど深いかは理解しています。だからこそ、私またあなたの暴言に耐えているのです」

「話が通じねえな……もういい、行くぞ」

俺は前にある馬車へとズカズカ歩いて行った。馬車に乗ろうとすると、ロウェナが奇妙な表情で俺を見た。

「何見てんだ? 行かないのか?」

「いえ、そうではなく……」

「なんだよ」

「それは一般兵用の馬車です。あちらが将軍のお乗りになる馬車ですが」

「……」

ロウェナが指差す方を見た。金糸で刺繍された豪華な馬車が見えた。共和国では貴族ですら乗れない馬車だった。そんな馬車が数十台もあり、そのうちの一台が俺のために割り当てられていたのだ。

(く、クソッ。こいつらいったいどんだけ金持ちなんだ?)

息を呑んで、前方の高級馬車へと近づいた。ロウェナが俺のために先に立ってドアを開けてくれた。

「ほ、本当に乗っていいのか?」

「ええ? もちろんです」

「本当に乗るぞ?」

「どうぞ」

馬車に乗った瞬間、ベルベットシートから伝わる尻の柔らかさ。今まで感じたことのない感触だった。

(おおっ、すげえ……)

馬車の中からも何やら良い香りがした。所詮は侵略者だ。侵略して稼いだ金でこんな馬車に乗ってるんだ。そう自分に言い聞かせたが、身体の快適さには抗えなかった。

(全然揺れねえ。マジやべえ……)

共和国の奴らは9年間も俺をこき使っておきながら、こんな馬車に一度も乗せてくれなかった。むしろ貴族どもが自分たちだけで乗り回していた。戦場では俺が先頭に立って馬を駆った。硬い鞍のせいで尻にタコができただけだ。

それが敗将となった今、敵国の馬車でこんな贅沢をしているのだから、人生とは分からないものだ。

「将軍、不便な点はありませんか?」

……クソ快適だ。

だが、さっきあれだけ悪態をついておいて快適だと言うのも微妙なので、とりあえず首を横に振った。

「ない」

「……」

俺のぶっきらぼうな返事に、ロウェナは少しの間沈黙した。そしてすぐに悲壮な表情で口を開いた。

「やはりそうなのですね。両側に座る騎士たちのせいで不便でしょうに、顔色一つ変えないのを見ると、国を失った悲しみに比べれば、この程度は何でもないということですね……」

違うけど。お前んとこの女騎士たちクソ可愛いんだけど。いい匂いするんだけど。

だがそう言うにはプライドが許さないので、そのまま重々しい雰囲気を出すことにした。

「いや、ただ本当に不便なことがないだけだ」

「くっ……! なんと淡々としておられるのか! 陛下が将軍を高く評価する理由が分かりました!」

こいつとは会話が通じない。俺は窓の外へ顔を背けた。

数日走り続けて到着した帝国の首都『アルカディア』は、まさに圧倒的だった。天を突くような尖塔、巨大な城壁、そして……最も目を引いたのは水道橋(水路)だった。

(アーチ型の水路だ……わあ……こいつら文明マジで発達してんな)

俺が住んでいた共和国がただの田舎に過ぎなかったという事実を、ここに来て悟った。地球基準ならイタリアの観光地にでもあるような建築物が、ここに建てられていたからだ。

(これじゃ戦争に負けるわけだ……俺一人で頑張ったところでどうにかなるもんじゃなかったんだな)

しかし驚きはまだ始まりに過ぎなかった。大理石で綺麗に舗装された道路から始まり、居住区には数十メートルもの高さの高層建築まであった。

深い敗北感を味わいながら首都に進入した。ところが異変はその時から始まった。

「これからどこへ行くんだ? 刑場か? 凱旋式で見世物にされて処刑されるのか?」

「いいえ。皇宮へ参ります」

「ん? なぜだ?」

「帝国の将軍たちに兵法を教えていただきます」

「……やるなんて言った覚えはないが」

「やることになります」

彼女が意味深な笑みを浮かべた。

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