横断歩道
@omuro1
第1話
うちの近くに、偏差値55の高校がある。
駅からまっすぐ伸びる道を、生徒たちが流れていく。
正門の前には横断歩道。
車はそこで必ず止まる。
僕も例外ではない。
けれど、生徒たちは、こちらを一瞥もせず渡っていく。
スマホを見たり、おしゃべりしたり。
ある夜、仕事帰りの暗闇の中、夜学に通うらしき子が横断歩道に立っていた。
街灯の下には、小さな影がひとつ。
法律なので、僕は車を止めた。
するとその子が、ほんの少しだけ頭を下げたように見えた。
見間違いだったかもしれない。
でも、それだけで充分だった。
その瞬間、僕は見も知らぬその子の幸福を心の底から願っていた。
その子がどんな子か知らないし、もう一生会うこともないだろうに。
それでも、幸せになってほしいと。
そして僕は、「こんなもんか」と思った。
何がかは分からない。
人と人との距離感や、時代の風向き、気づかないまま抱えていた小さな火種のようなもの。
そのどれか、あるいは全部だったのかもしれない。
翌朝も、横断歩道はただそこにあり、僕もただ車を止める。
そして、生徒たちは、いつものように流れていく。
それでも、あの夜の横断歩道だけは、どこか別の未来へ繋がっていた、と僕は信じている。
横断歩道 @omuro1
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