社会人一年目
ようやく社会人になった。憧れていた。早く大人になりたかった。お酒も飲めるし、脱毛するにも、携帯の機種変更をするにも親の誓約書は不要になる。だが、思っていた社会人生活では無かった。親の監督から離れるということは、自分が行う行動全てに責任が生じる。支払いも果てしない。
就職した会社は、福利厚生は充実していた。ある程度、名の知れた企業だ。公休や有休とは別に、年二十日間の長期休暇が付与された。賞与も夏季と冬季、それから寸志程度だが、前年の業績によって変動される賞与が毎年五月頃に支給された。年三回だ。社会に出ると、連続した休暇は取りづらくなる。一般企業なら、ゴールデンウィークと盆休暇、年末年始休暇だろう。私が就職した会社は小売業だ。接客がメインの仕事だ。当然、世間が休みの期間は仕事だ。だが、公休とは別に長期休暇が付与されていた為、不満は無かった。旅行にも行きやすかった。職場の同僚と、韓国旅行にも行った。
韓国旅行では、当時日本でも流行っていた「チーズタッカルビ」を食べた。お肉や野菜を食べ終わった後で、「ポックンパ」を締めにいただいた。韓国風のチャーハンだ。これが、凄く美味しかった。だが、やはり本場韓国だ。思った以上に辛かった。チーズタッカルビ以外にも、念願の「カンジャンケジャン」や「カンジャンセウ」を食べた。カンジャンケジャンとは、新鮮なワタリガニを醤油ベースのタレに漬け込んで熟成させた、韓国の伝統料理だ。カンジャンセウとは、カンジャンケジャンの海老バージョンだ。これが、本当に美味しかった。蟹味噌が詰まった甲羅に、ご飯を入れて食べるのだが、絶品だった。もう一度、韓国へ訪れ、食べたいと思っている。食べ物だけではなく、システムも新鮮だった。韓国の地下鉄は、日本に比べて遥かに安い。日本で言うところの、「Suica」のような交通系ICカードが韓国にもある。通称「T-money」だ。地下鉄に乗る度に現金でチャージする、「1回用交通カード」もあるらしいのだが、韓国旅行に一緒に行った同僚の一人は、何度か韓国へ訪れていた経験があった為、T-moneyの方が便利だと私たちに教えてくれた。大人の初乗り料金は、一〇キロメートルまで、約1,400ウォン〜1,550ウォンだ。日本円で、約百四十円〜百五十五円である。五キロメートル毎に、100ウォン追加されるシステムだ。韓国のコンビニも面白かった。「1+1」というシステムがある。これは何なのかと言うと、例えばヨーグルトを一つ買ったら、もう一つおまけでヨーグルトが貰えるシステムだ。この1+1のシステムはコンビニだけではない。韓国コスメのお店でも、このシステムがある。おかげで、お土産をお値打ちに買えて嬉しかった。
話は、仕事について戻る。業務内容は決して楽では無かった。アルバイト経験はあるが、正社員は初めてだ。上司も勿論いたが、それなりに責任が伴う。目まぐるしく過ぎていく日常に、私は趣味に費やす時間も無かった。社会人一年目の時だけは、あれほど夢中になったジャニオタの活動も興味が無くなった。所謂、「お茶の間オタク」に成り下がった。
入社して、配属部署が決まり二ヶ月目頃だろうか。私は、おもちゃ売り場や、ベビー用品売り場が併設されている、キッズ売り場の子供服担当の部署に配属された。因みに希望していた部署ではないところだった。希望してない上に、子供という存在が、この時はまだ得意ではなかった。
ある日当時の上司に言われた。「明日、僕も田中くんも居ないから」と。震撼した。次の日の売場責任者は私になるのだ。言われた時から、不安で仕方がなかった。当日一本の電話が鳴った。商品のお問い合わせだ。私は電話口でお客様の要望に応えようと真剣に挑んだ。しかし、私はお客様に怒られた。「そんな事も分からないの、分からないなら電話に出ないでちょうだい」と。社会人一年目に、そのお言葉はキツい。しかも、結構な勢いだった。見事に堪えてしまった。私はあろうことか、電話口で泣き出したのだ。頭が真っ白になった。「申し訳ございません」と平謝りするしかない。お客様にも私が泣いている事が伝わってしまった。「ちょっと私も言い過ぎた、何軒か電話して此方ならあると言われたから」と。お客様も電話をたらい回しにされて、食傷としていたのだろう。この出来事は、今でも鮮明に憶えている。
一年目から、社会人として洗礼を受けた訳だが、役に立ったこともある。社員だった為、担当部署以外のことも学んだ。ベビー用品売り場の研修に出た事もある。妊娠・出産の基礎知識や、準備品について知識がついたので有意義だった。クリスマスの時期には、おもちゃ売り場が繁忙期だ。「進物」が多くなる。進物とは、贈り物のことだ。この期間には、進物カウンターが設置された。衣料品売り場の従業員で、順番に入るのだが、当然キッズ売り場の一員だった私は、進物カウンターを担当する時間が多かった。だが、進物の技術は殆ど無いと気付いた。小さな品であれば、不織布の袋に包んで終わりだが、箱状の品や、大きな品だと包装紙に包むことが多かった。包み方の規定は二通りあった。「キャラメル包み」と「回転包み」だ。キャラメル包みとは、その名の通り、キャラメルが包まれている紙のように包むことである。回転包みとは、百貨店でよく見るような包み方だ。商品を回転しながら包んでいく。これが、私には、まぁ難しかった。正しい位置に置いてから包み始めないと、途中で包装紙が足りなくなる。それに、包んでいる最中で包装紙が破れることが、幾度もあった。それから、進物の量も多い為、スピードも求められる。回転包みは向いていないと悟ったので、キャラメル包みにすることが多かった。だが、回転包みの方が見栄えがいい。回転包みを希望するお客様の時は、得意な人に変わってもらった。子供服売り場では、ランドセルの販売も担当していた。年に一度、ご予約販売会があったので、先輩社員に教わりながらイベントの立ち上げに携わった。ご予約販売会では、たくさんの子供達と関わる機会が多かった。そこで分かったことは、「子供とは意外にも可愛い存在なのだ」ということだ。ランドセルを試しに担いでいる子供達の笑顔を見ていると、幸せな気持ちになった。小さな体で、大きなランドセルを担いでいる姿は天使だった。「ありがとう」と、希望に満ち溢れた笑顔で言われたら、心が温かくなった。
勝手な偏見を持っていたので、苦手意識が強かったが、子供服売り場の担当だったことで苦手意識が無くなったので、感謝している。だが、可愛い子供だけでは無かったのは確かだ。と言うよりは、親の躾の問題だろう。此方が、笑顔で明るく接しているのに、顰めっ面の子供もいた。まぁ、これは子供なので致し方ないと思う。驚いたことは、子供と一緒になって店内を走り回っている親もいたことだ。これは、一体どういうことなのか、今でも理解に苦しむ。
一年も経てば、少しは成長したのだろう。お客様に多少文句を言われても、平気になった。おもちゃ売り場では、カプセルトイの管理も任されていた。当然、中身についてはメーカ側の管理になる。お金の詰まりや、カプセルが出てこないなどの対応はしていたが、商品の交換自体は受け付けていなかった。ある日、私がレジに入っていたら親子がやって来て、こう言った。「子供が何回かガチャガチャを回しているんだけど、同じアイテムしか出てこないから変えてくれ」と。私は毅然と対応した。「お金の詰まりや、カプセルが出てこないなどの対応は致しますが、中身についてはメーカーさん管理の為、交換等は致しかねます」と。そしたら、「貴方じゃ話にならないから、上の人と代わって」と言われた。私は内心、「はぁ?」と思ったが、こう答えた。「私が今の時間の売り場責任者です。」と。この日は、上司や先輩社員もいなかった為、私が責任者代行だった。それでも、納得してない様子だった為、その日の課長代行に連絡したら、私の対応は間違っていないと返答があった。その連絡をしている間に、親子は友人と会ったのだろう、立ち話に花を咲かせていたので、事なきを得た。私が、20代前半の小娘だった為、舐められたのだろうと思っている。そんな事もありながら、二年目を迎えた。
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