社会人二年目・三年目

二年目の秋頃だろうか。私は部署異動した。入社した際の、希望配属先面談の時に希望していた部署に配属されたのだ。

二番手の社員が退職するので、ポストが空いた。私が辞めるかも知れないと、当時の店長の耳にも入ったのだ。そう、私は退職しようか悩んでいた。そんな時だ。店長から言われた。「希望していた、ここの売場はどうか。心機一転挑戦してみないか」と。私はもう一度「心を入れ替え頑張ってみよう」と決心した。私に部署異動を提案してくれた店長は、新卒採用面接の最終選考の担当だった。会社の新卒入社祝いパーティーで、対面した際に「黒薔薇さん面接担当したの、僕なんだけど、覚えてる?」と言われた。だが、正直私は、面接時のことを、よく憶えていなかった。愛想笑いを浮かべながら、「覚えてます〜!その節は、ありがとうございました!」と応えた。この店長には、本当に良くしてもらった。配属希望面談の際に、私が希望していた部署を覚えてもらっていたことが、何より嬉しかった。それから、リンゴジュースや、目薬やお菓子など、たくさんの差し入れをいただいた。時には、私を含めた女性社員三人程度に、店舗の催事に来ていたショップで、礼装用のドレスも買ってもらったことがある。これを聞くと、第三者からは「依怙贔屓だ」なんて言われるかもしれない。恐らく、そうなのだろう。だが、私はこの恩を忘れたことは無い。買ってもらったドレスを着用して、友人の結婚式に参列した。

世界で蔓延したコロナウイルスもこの年の冬頃、中国で流行り出した。年明け暫くしたら、コロナウイルスの脅威は日本にもやってきた。マスクが店頭から無くなったのだ。そう、私は化粧品売場と薬局売場が併設された部署に異動していたのだ。未曾有の事態に、世間は困惑していた。接客業だ。自分達の感染リスクもある。毎日の様に掛かってくる問い合わせの電話にうんざりだった。「マスクはないのか。」「手指消毒用のアルコールはあるのか。」「うがい薬はないのか。」などと。

ある日、マスクについての問い合わせが一件あった。「今ある在庫のマスクはどこ製だ。」と。私は、お客様からの問い合わせに真剣に応えた。「中国製です。」と。そしたら今度は「中国のどこ産だ。」と聞いてくる。そんな事は、不明だ。私は言った。「中国のどこ産かまでは不明ですが、日本の検査を受け合格している商品です。店舗の担当では、詳細な情報までは分かりかねます。」と。そしたら、「勉強不足だ。」と言われた。私は「仰る通り勉強不足で申し訳ありません。」と答えたのだ。口調は丁寧であるが、適当にあしらった。内心、「電話掛けるくらい暇で羨ましい。家で大人しくしていてよ。」と心底思った。こんな事がお客様に思えるくらいには、成長したのだ。

この部署での、直属の上司は二名いた。一人は、私が部署異動したタイミングと同時期に、定期異動で他の店舗から異動してきた、女性の上司だ。五年程、先輩で私と同じく、専門卒・短大卒の枠で入社した方だったので、比較的年齢も近かった。プライベートの会話は、話が合い楽しかったが、仕事上での会話や姿勢は馬が合わないなと何となく感じていた。この女性の上司の時に、私は日本の大手化粧品メーカーの社内独自の、研修プログラムを受けることになった。「メーカーの化粧品知識を高め、美容部員不在時にでも接客を行えるように」という目的の内容だった。定期的に、メーカーの接客カウンターに入り、商品知識を学びながら、お客様へ実際に接客することに努めた。化粧品関係の業務から離れていた時期もあるが、自分が使用する化粧品知識としても役に立ったので、有意義な時間だった。

この化粧品プログラムと、同時期に「登録販売者の資格取得」に向けた研修も行うこととなった。調剤薬局が併設されていたので、薬剤師や登録販売者の資格を持っている人も働いていたが、会社としては社員の有資格者を増やす目的があったのだろう。私は、これに選出されたのだ。月に4回程度のオンライン研修を受けて、その年の資格試験に合格することを目標としていた。薬の知識が多少増えた事案だったので、感謝している。

この二つの研修を並行しながら、日々の業務も務めなければならなかったのは苦行だった。上司からの指示と、パートさんからの上司への愚痴なども聞かなければならず、板挟み状態だった。段々と、私の心は疲弊していった。

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2025年12月17日 17:00

芽生え 黒薔薇あず @azu_black_rose

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