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 10月。ある日の放課後。中学三年の俺はバス停の看板を通り過ぎて、歩道を走っていく。京都の西本願寺の入口にはいると、イチョウの木の近くで拙生さんが見えた。灰色のスーツと近くにはトランクがある。

 俺は拙生さんに向かって、手を振った。


「拙生さん! どうも、こんにちは!」

「おっ、朝飛くん。こんにちは」


 俺、賀茂朝飛は拙生さんの目の前に来ると頭を下げた。


「今日こそ、陰陽術を教えてください!」

「定期テストの全教科の点数が良ければの話しだけどね」


 にこやかに意地悪いことを言う拙生さん。そんなこと、俺にとっては定番!!

 俺は通学のバッグから返ってきた答案用紙を手にしてみせた。

 拙生さんは目を丸くしていた。答案用紙には罰のないし、すべてが丸。すべての教科100点。

 花丸。どうだ!


「有 言 実 行!! 100点取りましたよ! 拙生さん!!」

「んぐあぁぁぁっ! んもぉー! なんでそういつも簡単に取るのかなぁ!?

簡単じゃないのはわかってるけどさぁー!」


 拙生さんは、しゃがんで頭を抱えた。これで千回以上、何度目かの光景。

 かれこれ拙生さんと出会って数年。最初は出された条件に困ったけれど、今はそんなことない。真っ黒な手書きのノートに、付箋だらけでボロボロの教科書は俺の戦歴。蛍光ペンは使ってない。

 んでもって、拙生さんの課題を乗り越えてきた証拠だ。


「さぁ、今日こそ、拙生さん。陰陽術を教えてください!

府内の書道コンクールで金賞を取った過去があるのですから、札作りは問題ないですよ!

俺は中学三年。大人っていうわけではないですが、高校の進路は決まってます。

受験勉強も疎かにはしませんよ!」

「もう有言実行男だろー……」


 拙生さんはため息をついて、真剣な顔で首を横に振る。


「駄目だ。許可できない。式占なら教えられるけど」

「それだけでは嫌です」

「だよね。何度目だか、このやりとり」

「今日で通算1826日です」

「細かく数えなくていいんだけど」

「俺のモットーはネバーギブアップです」


 言い返していく。拙生さんは頭を掻いて息を吐く。


「陰陽師って、そう浪漫あるものじゃないよ?

俺つえーとか、さっと祓ってはいおしまいな無双とかじゃないし」


 現実を言われ、俺は明るい雰囲気を放つのをやめる。俺は陰陽術という浪漫の為に諦められないというのもある。けれど、今は別の懸念が湧いているから頼んでいた。


「……わかってますよ。でも、そろそろ自衛しないと駄目かなって思ってるんです」

「じえい?」


 きょとんとして誤魔化そうとする拙生さんを見据えた。


「とぼけないでください。拙生さん。勉強しろやら、体育や運動部で体を鍛えろって、陰陽師の土台を作らせる為でしょう。それに、陰陽師にある五行思想は科学や文学にも通じる。自然科学と言葉の意味を学ばせる為だ」


 五行思想には『相生』と『相剋』と『比和』の関係性がある。『相生』と『相剋』と『比和』と『相乗』と『相侮』と『勝復』という性質がある。

 知らなければ、わからない。体感しなければ理解できない。俺に対して条件を出したのは諦めさせるためもあるけど、学ばなければ陰陽師についてわかるはずがないと言っているのもあるのだ。

 答案用紙をしまって、黙ってる拙生さんに言う。


「五行思想はそんな詳しくないです。けど、基本や性質を理解させるためにやっている。陰陽術を知るには、実感も必要です。……俺は、小さい頃から妖怪や幽霊から狙われる節がありましたから」


 幽霊や妖怪が見えているということは、話すこともできるということ。霊力があるという証拠であり、霊力のある人間は人食いの妖怪にとってご馳走である。

 お祖父ちゃんが妖怪が幽霊が見えても見て見ぬふりをしろと言うのは、ふりをしていれば狙われることもないということ。

 鈍感でいればある程度の妖怪や幽霊に狙われることは少ない。でも、そうじゃない場合もある。妖怪側も穏やかになってきたとはいえ、狙う妖怪もいる。

 拙生さんに助けてもらわなければ、あの時の俺は死んでいた。

 拙生さんに助けられるまで、俺を狙う妖怪はいなかった。たぶん運が良かったんだと思うけど、この先はそうもいかない。

 俺の話を聞き、拙生さんは頭を掻く。


「諦めさせるか忘れさせる方が主な目的なんだけどね。含まれた意図を読まれるとは思わなんだ」


 ヘラリと笑って、拙生さんは話す。


「まあまあ、意図なんか気にせずに、諦めてくれない? 幽霊、妖怪に狙われる云々は拙生の方でなんとかするからさ」


 にこやかに言われるけど、俺は首を横に振る。


「俺のモットー、聞こえてませんでした? ネバーギブアップですよ」


 教えてくれるまで粘る。そのつもりで言うと、拙生さんが目を丸くして俺を見続けた。何かあったのか心配して見ている。

 拙生さんは渋い顔をした。その顔のまま沈黙してから、仕方なさそうに話し出す。


「本心では駄目と言いたいけど、朝飛くんのためを思うと教えたほうがいいか。でも、ちょっと現実を知ったほうがいいかもしれない」

「現実?」

「運動部はもう引退しているんだっけ、放課後、時間ある?」

「ええ、はい。引退してるので、放課後に時間ありますが」


 不思議そうな俺に、拙生さんはふっと口角を上げる。


「今から拙生の仕事についてきなよ」

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