第4話 遊園地と不穏な影

 〜空木映司うつろぎエイジ


「なあ空木。今日一織イオリ君の誕生日なんだろ? 早く上がってやれよ」


 朝の亜幻ファントム対応の報告書を書いていると、同じチームの剛谷ごうやにそう言われた。


「いいのか?」


「気にすんなって。俺ぁガキの頃さ、親父が家にいなくてよぉ。他の子供にはそんな思いさせたくねぇんだ」


 剛谷はニカリと笑みを浮かべると俺の肩をバンバン叩く。


「今日はあのイケスカねぇ室長もいないからよ。な? 後の処理は俺がやっておくぜ?」


「……ありがとな。なら、この書類だけ書いたら帰るよ」


 時計を見る。時間は11時20分。今日は土曜だし、早上がりにはちょうどいいか。


 書類に亜幻ファントムの発生状況を書き込んでいく。


 本日8時30分に震度2の次元震が発生。その30分後、秋葉原電気街上空に思念粒子が増大。粒子が人の形へと形を変え、甲虫と人を混ぜたような亜幻ファントムが出現……と。


 今回は発生直後に対処できたから怪我人はいなかったものの、見つかるのが遅くなったらどうなっていたか。


 亜幻に通常兵器は一切効かない。俺達が体内に持つ思念粒子を媒介にしなければ触れる事すらできないからだ。


 要は、異能を持つ者でないと触れる事も倒す事もできない存在……これが日常的に現れるんだ。冷静に考えれば絶望しかない。


 しかし、だからこそ俺達、異能協会がいる。住み慣れたこの国で、日常を壊さないためには誰かがやらなきゃいけないんだ。


 俺だってそうだ。第二級異能者……決して第一級や特級ほどの力は無いが、それでもできる事をやる。その覚悟でこの道に進んだ。


「ところでよ、一織君は何歳になったんだ?」


 剛谷の声で思考が掻き消える。


「うん? 今日で6歳・・だ」


「うへー!! もうそんなデカくなったのかよ!? 時間が経つのは早いねぇ」


 剛谷はやだやだと言うと、自分のデスクへ戻っていく。俺は、報告書を書きながら近頃の一織の事へと思考を移した。


 あの異能測定から4年。一織イオリの熱心さに俺は舌を巻いた。俺に格闘技を指導して欲しいと言い出したのから始まり、毎日のようにあの異能を使いこなそうと試行錯誤している。


 それに、遊びたい盛りのはずなのに、欲しがる物は図鑑や知識を増やす物ばかり……正直、俺の子供時代とはすごい違いだ。


 だけどその動機は分かってる。アイツは薫子カオルコさんを笑わせたいんだ。2歳の時からその想いだけで努力し続けている。


 もしかしたら、いずれ異能協会に入るつもりかもしれないな。親としては我が子が危険な目に遭うのは恐ろしいが……それと同時に、異能協会の人間としては、一織には俺よりも強くなる素質があると感じてしまう。


 いや、素質じゃない。そんな事を言ったらあの子の否定になってしまう。あの努力を4年も続ける意思の力。それこそが、俺を超えて、第一級……いや、特級異能者の器かもしれないと期待を持たせてくる。


 大したもんだよ……本当に。


「けど、誕生日くらいは子供らしく喜ばせてやらないとな」


 スマホを確認する。今朝、薫子さんから来たメッセージは「お昼からみなとみらいの遊園地に行ってきます。夕飯はみんなで食べたいので早く帰って来てね♡」というものだった。


 薫子さんのハリキリように笑ってしまう。一織も喜ぶだろうな。薫子さんが自分の為にしてくれる事でアイツが喜ばないはずがない。


「……よし! 終わった!」


 そう言って席を立ち上がった時、剛谷が「ん?」と声を上げた。


「どうした?」


「いや、次元震が起こったこの場所、みなとみらい方面……だよな? 薫子さんと一織君さ、昼はみなとみらいの遊園地に行くって言ってなかったか?」


 剛谷のデスクを覗き込むと、PCに次元震観測情報が表示されていた。協会全支部に配信される情報……確かに場所はみなとみらいになってるな。


「次元震度3か……向こうの管轄がもう動いているだろうが……」


 なんだか妙な胸騒ぎがする。亜幻ファントムに関する報告は上がっていない。向こうの担当異能者達もまだ亜幻の場所を特定できていないのかも。


「悪い。俺、急ぐわ」


「おう! 早く帰ってやれ!」


 俺は剛谷の肩を叩くと、急いで事務所を出た──。




◇◇◇


 〜空木一織うつろぎ イオリ


「ねぇお母さん? どうして今日は公園に行っちゃダメなの?」


「ダーメ! 今日はイオリちゃんの誕生日だよ? お母さんとみなとみらいの遊園地に行く予定でしょ?」


 母さんに手を引かれてみなとみらい駅を歩いていく。母さん張り切ってるな……本当なら今頃公園の複合遊具で筋トレしてる時間なんだけどな。


 この体にとって、1番良い筋力トレーニングは「うんてい」だ。ぶら下がって腕の力だけで移動するアレ。その他にもロープに捕まって壁に登る遊具もあり、近所の公園は子供が人目を気にせず筋トレできる。俺は平日はそこで毎日筋トレと能力発動の訓練をしている。


 後は休みの日は父さんとの格闘術。父さんの格闘術は変わっていて空手や柔術など、色んな格闘技が混ざったようなものだ。その基礎訓練や組み手を4年間繰り返す内に、俺の能力は自分の「肉体的限界を底上げする力」だと気付いた。


 だからこそ、地味な訓練が1番能力強化に効く。肉体の基礎能力が上がれば、能力上昇する幅も飛躍的に向上する。母さんはもっと遊んでいいよと言うけど、俺はやれる事は全部やっておきたいんだ。


「はい! 難しい顔しないの! 着いたよ〜!」


「うわぁ!」


 母さんに言われて顔を上げると、円盤みたいなアトラクションが目に入った。回転しながら左右に揺れている円盤。川向こうにも別エリアがあり、俺の想像の何倍もちゃんとした遊園地だ。駅の近くだからもっと小さい場所かと思った。


「ほら、いつも頑張ってるご褒美! 遊ぼ!」


 母さんに手を引かれて急速にワクワクした気持ちが押し寄せてくる。こういう楽しい時は意識が幼くなってしまう気がする。なんだかんだで今の俺は子供なんだな。


 年齢制限があるので絶叫系のアトラクションは乗れない。奥にある子供向けのエリアに向かう。レールの上を走る自転車のような乗り物に乗って、小舟のような乗り物にも乗った。



 そうしてしばらく遊んだ後、別エリアの観覧車へ。観覧車は身長制限が無いので問題無く乗れる事ができた。


「わ! すごい! 高い!!」


 我ながら子供みたいな感想を言ってしまう。でもしょうがないよな。もうかれこれ6年も上を見上げる生活だった訳だし? こんな風に高い所から下を見下ろすなんて久しぶりなんだ。はしゃいでしまうのも無理ないって。


 などと、誰ともなく心の中で言い訳していると、向かいに座る母さんと目が合った。


「ふふっ」


 母さんが長い髪をかきあげる。改めて思うけど、母さんって若いよな。今まで聞いた事なかったけど、一体何歳なんだろうか?


「ねぇ、お母さんって何歳?」


「お母さん? お母さんは25歳だよ」


 25歳!? って事は俺を産んだのが19歳の時!? 父さん、一体何やってんだよ。あんな真面目そうな顔して……いや、法律的には問題無いんだろうけどさ。


 それにしても……。


 気になる……2人の馴れ初め……。あの父さんが女子高生くらいの母さんに手を出すとは考えにくいし……。


 しかし、どうしたものか……。


 あ。


 よし、幼稚園で唯一仲良くしてくれるつむぎちゃんの話を引き合いにさせて貰おう。すまん紬ちゃん。俺の好奇心の為にお母さんの年齢を言わせてくれ。


「紬ちゃんのお母さんは31歳って言ってたよ? お母さん、若いね」


「そう?」


「お父さんとどうして結婚したの?」


 よし。こういう聞き方なら自然だろう。このまま聞き出してやる。


「どうして……かぁ」


 母さんが遠くを見つめる。俺もつられて視線を外へ。みなとみらいから見える海の先、水平線の向こうまで見えそうだ。その様子を眺めていると、母さんがポツリと呟いた。


「お母さんね。子供の時、イオリちゃんみたいにお医者さんに言われて……家族から嫌われてたの。私みたいな能力の低い子は家族じゃないって」


「え」


 そういえば……6年間生きてきて祖父母に会った事がない。母さんにはそういう事情があったのか。


 俺が医者から無能力と宣告された日。母さんはひどく動揺していた。あれは自分と俺を重ねて……だから母さんは自分を責めてしまったのか。俺の能力が低いのは自分のせいだって。


「そんな私を助けてくれたのがお父さんなんだ。能力なんて関係無い。君は君のままでいいって。お母さん、パパの事大好きになっちゃって……家を飛び出してパパの家に押しかけちゃったの」


 わ、若い時の母さん、相当行動的だったんだな……苦労したのはむしろ父さんだったのか……。


 2人の馴れ初めに衝撃を受けていると、突然、母さんが俺を抱きしめて来た。


「いつもイオリちゃんは頑張って……辛い思いさせてごめんね。でも、イオリちゃんが頑張っている事は、絶対にイオリちゃんの将来の為になる。だからお母さんは止めないわ。貴方の事を信じるって決めたから」


 母さんが俺のおでこにキスしてくれる。そして、俺の両頬に手を当てて、優しく微笑みかけてくれた。


「でも、お母さんはイオリちゃんがどんな道を進むことになっても大好きよ? だから、気負いすぎてはいけませんからね?」


「うん」


「ならよし!」


 今度は無邪気に笑う母さん。俺は母さんの事が大好きだ。母さんにはこうしてずっと笑っていて貰いたいな。


 ……。


 そうして時間は過ぎていき、俺達は観覧車から降りた。別のアトラクションに乗ろうと入り口の広場まで戻る。


「さ、次は何に乗ろうかな〜!」


「お母さんの方が楽しそう」


「い、イオリちゃんと一緒だから楽しいのよ!」


 母さんが頬を膨らませる。



 それに笑ってしまった時。



 遊園地内にすごい量の粒子が漂い始めた。


「何、あれ……?」


 アレって、俺が力を使う時に見えるヤツだよな? 母さんを見ても、母さんはいつも通りの様子だ。え、もしかしてアレ……他の人には見えないのか?


 それが頭上に舞い上がり、空に人型を形作る。光の粒子でできた人型は、人混みの中に降り立った。



 直後。



 人混みから悲鳴が上がった。



「きゃあああああああああああ!?」

「人が倒れてるぞ!!」

「血が!? 誰か救急車を!!」



 慌てふためく大人達。広場の中心で血を流している人がいる。なんだ……?



 突然の空気の変わりように汗が伝う。よく見ると、倒れている男の人の近くに、異形の存在が立っていた。緑色のカマキリと人間を合わせたような存在が。



 カマキリが何も無い所で腕を振るうと、空気が歪む。



 一瞬の静寂。次の瞬間、離れた場所で逃げ惑っていた人が血を吹き出して倒れてしまった。


「な……!?」


亜幻ファントム!? なんでこんなところに出るんだよ!?」

「に、逃げろ! 殺されるぞ!!」

「きゃああああああ!!」


 誰かが言った言葉で理解してしまう。父さんが仕事で倒している亜幻ファントム。TVの中での出来事が目の前で起きた事に。



 カマキリ亜幻ファントムは、逃げ惑う人々に向けて奇声を上げた。



「ギオオオオオオオオオ!!!」



 その声が響いた瞬間、周囲にいた人々は体がすくんだように一歩も動けなくなってしまう。


「イオリちゃん……向こうに行きましょう」


 母さんが震える体を無理やり動かすように少しずつ後ずさる。母さんに手を引かれて、俺は無理やり自分の意識を引き戻した。


 そうしてチケット売り場の影に隠れようとした次の瞬間。


「ギィ?」


 カマキリ人間がこちらを向く。真っ直ぐ俺達を見ている。ヤバイ。ヤツが鎌を振り上げた。あの腕を振るわれたら母さんが……。


「ギィイイイイ!!!」


 怒り狂ったような雄叫びをあげ、カマキリが腕を振るう。歪む空間。母さんは固まったように一歩も動けないようだった。




「イオリちゃ──」




 一声。母さんの声が響く。




 急速に世界が遅くなる。心臓の鼓動が早くなる。




 目の前で倒れている人達が視界に入る。




 地面を伝う真っ赤な血、血、血……。




 母さんがあんな風に……。





 ダメだ。


 ダメだダメだダメだ……!!!


 母さんを死なせるわけにはいかない……!!



 体が熱くなる。遅い世界の中、無理やり体を動かして、母さんに飛びかかる。2人で地面へ倒れ込む。


「きゃあ!?」


 刹那。俺達の背後から暴風が巻き起こり、アトラクションの鉄骨が切り裂かれた。


「い、イオリちゃん……? 大丈夫……?」


 母さんの言葉で俺はため息を吐いた。良かった……あの一瞬で体が動いて……。


 カマキリ亜幻に見つめる。カマキリ亜幻は挑発するようにその首を何度も傾げていた。


 アイツ……!! 母さんを殺そうとしやがって……!!


 いつもの母さんの笑顔がよぎる。許さない。この人の笑顔を奪おうとする奴は絶対に……!!!



 気が付いたら俺は、亜幻めがけて走り出していた──。




―――――――――――

あとがき。


次回、圧倒的な力を持つカマキリ亜幻に対し、一織は4年間積み重ねたものをぶつけます。いよいよ序盤クライマックス……! 一織の戦いをぜひ目に焼き付けてやって下さい……!!

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