第3話 一織の秘密
俺は2歳になった。
2歳になると病院で「異能測定」という物があるらしい。全身をくまなく調査され、どのような異能を持つか調べるというものだ。近頃、俺は「ある課題」に当たっていたから、その日を待ちわびていた。
なぜなら……1ヶ月前までは発動できていた「関節から蒸気が発生する現象」の発動条件が分からなくなっていたからだ。
今までは必死に体を動かそうとしたり、話そうとすると、必ずあの力が発動していたんだけど……どうやら今まではうまく発動条件と使いたいタイミングが噛み合っていただけみたいだ。これからはちゃんと自分の意思で発動できるようにならないと。
俺は今日の異能測定で、そのキッカケが掴めるかと考えていたが、期待に反して女性の医者は冷酷に俺達家族に告げた。俺の名前、
「残念ですが、この子は
無能力? いや、ちょっと待てよ。じゃあ、あの蒸気はどう説明するんだよ!
「無能力……ですって?」
見上げると、いつもニコニコしている母さんが放心したような顔をしていた。初めて見る顔だ……隣にいる父さんが医者に聞き返す。
「俺達夫婦はこの子の成長を見ていました。この子は明らかに異能の力を使っていた。その判断には納得できません」
そうだぞ父さん! このヤブ医者に言ってやってくれ!
この場で証明してやりたいけど、今の俺は力がうまく使えない。悔しいけど、ここは父さん達に任せるしかない。
「この子は生まれてすぐ立って言葉まで話したんですよ!? 無能力なはずがありません!」
……ん? 父さんは冷静だけど、母さんの様子がおかしい。体も震えて呼吸も荒い。俺が無能力だと言われてショックなんだろうけど……さすがに動揺しすぎじゃないか?
医者は、ため息を吐いて肩をすくめた。
「それは最近の事ですか?」
「た、確かに……その、最近は使った所を見る事は無いですが……」
母さんは、ここ最近俺が能力を使っている所を見ていないからか、その言葉に自信を失っていく。医者は母さんの様子にメガネを光らせると、淡々と説明を始めた。
「これを見て下さい」
医者が、断面図のような物を壁に貼る。検査の時に体の中を撮影するって言ってたけど、その時の写真か?
「この子の体内には「思念粒子を溜め込む器官」が存在していません。加えて、体内に残存する粒子数値は……異能者が出現した1945年以降で最低レベルです。残念ですが……」
医者がつらつらと説明していく。この世界には空気中に思念粒子というのが漂っている。異能者は、その思念粒子をどれだけ体内に保有できるかでどんな能力を持つのか分類できるらしい。
だけど俺の場合、その粒子を溜め込む用の器官が身体に無いというのだ。だから無能力だ、と。
「現在の日本では何らかの異能を持つ人が9割と言われています。ですが、無能力という事は決してハンデではありません。そういう特性なのです。しかるべき教育を受ければ、一織君も他の子と同じように生活できるはずです」
異能者が9割……異能の力を使えるのは珍しいことじゃない、か。それを俺ができないって?
急に前世の事を思い出してしまう。自分には才能が無いと言われた事を。2歳の自分ではこのトラウマを抑える事ができず、嗚咽を漏らしてしまった。
「うっ……」
「イオリちゃん……」
いつもなら、すぐに俺を抱きしめてくれる母さん。だけど今日は違う。両手を握りしめて、俯くだけだ。母さんの様子から察するに、すごくショックな結果なんだろう。
医者はデスクに置いてあった2枚の書類に目を通す。
「お父様の異能は常時発動型……身体能力を1.5倍程度高める能力ではありますが……お母様の異能は「肉体の発光」という決して恵まれたものではありません。遺伝的に見ても、お子様に器官が存在しない可能性はあり得るかと」
母さんの手にさらに力が入る。母さん、震えてるな……。
「受け入れ難い事は分かりますが……検査結果の受領書にサインを」
「検査結果が間違いだという可能性は?」
話せないほど震えている母さんに対して、父さんは毅然とした態度のままだ。しかし、その威圧感は普段の父さんじゃない。静かだけど、明らかに怒りを抑えているという様子……医者は、その空気に押されるように書類に目を落とす。
「そ、それはあり得ません……ここの検査設備は最新式のものです。数値に関しても、1秒間に180回計測するのですよ? それを3分間。それだけのデータ取りをした結果なのです。受け入れて下さい」
「今まで力が使えていたのに数値だけ見て無能力というのはどう考えてもおかしいだろ」
「生まれたばかりの頃はへその緒を通じて粒子が蓄えられていたのかもしれません。しかし、一織君に器官が存在しないという事は、大気中の思念粒子を細胞に取り込めないという事になります。体内に僅かに残った粒子を全て使い果たしてしまったのでしょう」
「……もういい。行こう薫子さん。一織もおいで」
父さんが走り書きでサインをし、母さんを立たせる。俺は父さんの後について、病院を後にした。
◇◇◇
沈黙の中、近くの公園のベンチに腰を下ろす俺達。父さんは、真ん中に座る俺をチラリと見た。
「一織。遊んでおいで」
「うん。お父さんとお母さんは遊ばない?」
「ごめんな。ちょっと父さんと母さんは話があるんだ」
俺なりに気を使ったつもりなのだが、やんわりと断られてしまった。仕方なくジャングルジムへ行き、それを登るフリをして2人の様子を伺う。母さんは俺がいなくなった事で顔に手を当てて泣き始めてしまった。
何を話しているんだろう? あんな母さんを見るのは初めてだ。
母さんの様子を見ると、胸がギュッと苦しくなる。前世の母親に失望された事を思い出して。
今の母さんに、失望した顔を向けられたら……嫌だな。
そんな事を考えていると、ジャングルジムから足を滑らせてしまった。
「うわっ!?」
咄嗟に手を伸ばして両手で鉄の棒を掴むが、完全に足が離れてしまう。考えながら登っていたせいで、いつの間にか最上段まで来てしまっていた。腕だけで宙ぶらりんになる俺。必死に腕に力を入れるけど、全然体が持ち上がらない。2人は話に夢中で俺に気付いていなかった。
ヤバイ……この体で落ちたらさすがに怪我するかも……!?
しかし、子供の力で持ち直す事は不可能だ。助けを呼ぼうとした時、母さんの泣き声が聞こえた。
「私の……!!
母さん……。
俺は一瞬でも母さんを疑ってしまった事が恥ずかしくなった。前世の母親のように、俺には才能が無いと嘆かれているのだと思ってしまった。
だけど、母さんの涙の理由は違ったんだ。母さんは……自分を責めて、責任を感じて、俺の将来の事を心配してくれていたんだ。
……そんな顔しないでくれよ。母さんのせいじゃない。
正直、俺はあの医者の話には懐疑的だ。いくら機械の数値が低かろうと、俺自身の事は俺が一番分かってる。今は力が使えなくても、赤ん坊の頃に無理やり立てた事、父親に話しかけた事、力を使った事は今まで沢山あった。
俺は……自分に才能が無いなんて、思わない。
絶対、俺の力は母さんと父さんが俺にくれたものだ。だから俺は……あの2人に責任なんて感じさせたくない。
「う……ぐ……」
しかし、俺の意思に反して、腕の力は限界を迎えそうになる。指が離れそうな感覚が、俺の意識を現実に引き戻す。
大人の自分ならなんて事ない状況が、子供の俺にはとんでもない壁に思える。この状況が、前世の後悔に俺を引き戻そうとしているように思えた。
──お前に才能は無い。身の程を弁えろ。
どこかで言われたセリフが蘇る。うるさい!! もう俺はアンタ達の子供じゃない……!! 俺はこの世界に生まれた
腕に目を向ける。こんなの、あの力があればなんて事ないんだ。初めて立った時の事を思い出す。あの日、俺は前世で大人の体だった時の動きを再現しようとして……全身が燃えるように熱くなったんだ。
あの感覚を思い出せ。
俺は……無能力なんかじゃない!!
ブワッと全身が熱くなる。俺の目に、周囲を漂う金色の粒子が見えた。
あれは……赤ん坊の頃に見た金色の粉?
それが俺の体に吸い込まれた瞬間、関節から蒸気が出て、身体中が悲鳴を上げる。メキメキと自分の肉体が限界を超える力を出している事が分かる。この感覚……久しぶりだ。それもかなり強い。初めて立った時の感覚だ!
俺は思わず叫んでいた。
「お母さん!」
母さんと父さんが俺の状況に驚いて走り出す。そんな2人に見せるように、俺はジャングルジムに体を引き寄せる。全身が燃えるように熱い。筋肉が痛い。骨が
だけど……分かった。これは今、俺の異能力が発動しているんだって。自分の限界を超える力を引き出している事が。
俺は、懸垂のように腕だけで体を引き上げ、ジャングルジムの上に乗った。息をのむように俺を見つめる2人。俺は、2人に語りかけるように両手を広げる。
「僕にはすごいちからがあるよ! ホントだよ! だからお母さん! なかないで!」
俺の体が子供だからなのか、思っていた事が全て口にできない。だけど伝えたかった。母さんは泣かなくていいという事を。
「
言った瞬間、俺は父さんに抱き寄せられ、無理やりジャングルジムから降ろされた。
そして俺は、母さんに抱きしめられた。
「ごめんね……ごめんね。お母さん、イオリちゃんの事をもっと信じてあげたら良かった……お母さん、もう泣かない。誰にどんな事を言われても、イオリちゃんの事を信じるからね?」
体が痛くなるほど強く抱かれる。その痛みは、俺の事を想ってくれるからこそ、痛いのだと思った。
「教えてくれてありがとな、一織」
父さんに頭を撫でられる。ごめん、2人とも。心配にさせてしまって……。
俺は誓うよ。
絶対に俺は証明してみせる。才能が無いと言われても、俺は自分の才能を信じ抜く。2人がくれたものを信じ抜いて……努力して、努力して……強くなる。強くなって、2人は最高なんだってこの世界に教えてみせる。
だから、俺を信じてくれ。
◇◇◇
一織達が去った後、病院では、あの医者が測定器を何度も確認していた。検査結果に強く反発された事で、改めて全てのデータを測定機から抽出していたのだ。
そこで彼女は発見してしまう。その中に残っていた「異常」を。
「測定機内にあった粒子量まで数値が0になっている……?」
ありえない。そんな事は観測された事が無い。肉体だけでなく、周囲の粒子量まで0にしてしまうなんて。測定機の中は常に粒子量が一定になるよう設定されているのだ。このような状態は、何らかの要因で内部の粒子を全て吸い出さなければ成立しない。
機械内部は密閉されている。外に流れ出るなんてあり得ない。粒子があるとすれば、測定機内か、測定を受けている人間の体内か、どちらかだけ。
しかし、測定機内に
一体なぜ……?
思念粒子は体内器官を経てエネルギーへと変換される。そのエネルギーは細胞へと巡り、異能の力を引き出す。測定機は、このエネルギー自体は測る事ができないのだ。
思考を巡らせた結果。医者はある結論に達した。
「もしかしてあの子供の力は……周囲の粒子を
通常、異能者は呼吸を通じて大気中の思念粒子を吸収し、体内器官に溜め込む。そしてそこから粒子をエネルギーへと変換する事で能力を行使しているのだ。その力は肉体の強化や変異、超常現象など多岐に渡る。
しかしそれが「器官に溜め込む」というプロセスを経て行われる事で、どうしても能力の限界や個人差が生まれてしまう。人によって器官の性能は異なるからだ。
しかし、それがもし……器官を通さずに行われたとしたら?
そもそも器官が失われたのではなく、「必要が無いから存在しない」のなら?
「あの子は……さらに進化した人類だというの……?」
医者が頭を振る。ありえないという思いが浮かぶ。しかしこの測定器は最新鋭のモデルなのだ。誤作動をするはずがない。この結果は紛れもない事実なのだ。
「もし、私がこの話を研究機関にしてしまったら……」
女性に嫌な予感がよぎる。あの家族は研究機関のモルモットにされてしまう未来が。
研究機関の結果を出されてもなお、子供の事を信じる親の姿に……女性は……。
「私は、何も見ていない……測定なんてしていないわ」
医者は、抽出結果を破り捨て、自分の仮説を胸の内にしまい込んだ。
―――――――――――
あとがき。
次回、
次回より本領発揮。ぜひご覧下さい。
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