サラスパ外伝 ムッシュ釜堀氏の恋【スピンオフ】

 トゥンク⋯⋯


 ムッシュ釜堀氏の胸が高鳴る。


 トゥンク⋯⋯トゥンク⋯⋯


 目の前にはあの人⋯⋯グレートマッスルはなおか。


 トゥンク⋯⋯トゥンク⋯⋯トゥンク⋯⋯


 もう⋯⋯もう我慢できない。ムッシュ釜堀氏はそのあまりにも激しい鼓動に心不全を起こしかけていた。



 魔人グレートマッスルはなおかがムッシュ釜堀氏の住む町を初めて訪れてから3ヶ月が経とうとしていた。この町を征服しにやってきたその男は、町一番の美女ユカリ嬢に一目惚れ。彼の積極的なアプローチと、ユカリ嬢のあまり物事にこだわらない気さくな性格も相まって、現在交際はすこぶる順調だという。おかげで町には便宜が図られ、いまやグレートマッスルはなおかの第二のホームタウンといった様相を呈していた。


 町に駐留する数万の軍勢は町の経済におおいなる利益をもたらした。グレートマッスルはなおかの指導が行き届いているのか、お行儀もよく、町人たちとの関係も良好である。人々はすでにオラが町の軍隊として、愛情を持って接していた。


 そのようにして守られた町の平和。皆はユカリ嬢に感謝し、おおいに崇め奉った。町長は感謝状を乱発した。しかしその平和の影にムッシュ釜堀氏の隠れた尽力があったことはあまり知られていない。


 町内誌あかつき通信に小説を長期連載しているムッシュ釜堀氏は ”町の賢者“ として知られている。これまでさまざまな町の問題について、相談役のようなことをしてきた。主だった者が名を連ねる話し合いの場には必ず出席した。ただ、ムッシュ釜堀氏の本領が発揮されるのは実はそこではない。彼の真の二つ名は ”町の賢者“ なのだ。


 ムッシュ釜堀氏の書くものはすべて恋愛小説だった。代表作は中世を舞台としたドキドキ恋絵巻。それは老若男女を問わず、町の住人をメロメロにした。JKなどは愛着を込めて、彼のことを ”チョーメロおじ“ と呼んだ。


 恋愛相談も得意だった。彼の、女性の心の機微を的確にとらえる考察は男性相談者を納得させ、女性の気持ちに寄り添う応対は女性相談者を安心させた。「恋のトラブルならムッシュ釜堀氏へ」が町の住人たちの合言葉になっていた。


 そんな評判を聞きつけたのか、ある日ムッシュ釜堀氏の事務所兼自宅にグレートマッスルはなおかがやってきた。完全にお忍び、護衛もつれずたったひとりで。ムッシュ釜堀氏ははじめ戸惑ったが、来意を告げられ落ち着きを取り戻した。得意な分野だった。


「あのう⋯⋯」グレートマッスルはなおかはおずおずと切り出した。「実はユカリさんのですね、そのう、なんというか、気持ちというか、いま俺のことどう思ってるのかなあ、なんて⋯⋯」


 まだ彼らが知り合って2週間も経っていない頃だった。グレートマッスルはなおかは己の気持ちの高まりと、現実の交際の進行具合とのギャップに悩んでいたのだ。それでわらにもすがる気持ちで、ムッシュ釜堀氏のもとを訪れたというわけだ。


 ムッシュ釜堀氏はいつもの手順通り、彼らがいつも話していること、ふたりでどこへ行き、何をしたか、など細かく聴き取りした。グレートマッスルはなおかはその立場に似合わず、素朴でまっすぐ、しかし時に情熱的に、説明した。


 トゥンク⋯


 その時だった。ムッシュ釜堀氏の心がほんの少しだけ揺れたのだった。一生懸命に恋を語るグレートマッスルはなおかの、その口が、その身振りが、そして――そのキラキラと輝く瞳が、ムッシュ釜堀氏の心の琴線に触れた。


(あれ⋯⋯?なんで⋯⋯わたし⋯⋯)


 その後、グレートマッスルはなおかは幾度もムッシュ釜堀氏のもとを訪れた。その度に、一生懸命にふたりの現状や自分の思いを語る。ムッシュ釜堀氏はいつしかグレートマッスルはなおかの来訪を指折り数えて待つようになっていた。


 ムッシュ釜堀氏のアドバイスのおかげもあって、ふたりの関係は絶好調のようだった。徐々に親密になっていく様子を聞かされた。しかしその頃には、話を聞くときに胸に刺すような痛みを覚えるようになった。もうムッシュ釜堀氏は認めざるを得なかった。自分が彼に恋しているということを。


 その想いはまずは小説として表れた。


 『先輩でいたいだけ』


 それは自分とグレートマッスルはなおかの関係を、先輩後輩の関係に置き換えた、切ないラブストーリーだった。後輩に手の届かぬ恋心を抱く先輩の話。あかつき通信に掲載されたそれは評判となり、町人たちの涙を誘った。


 それで発散できていればよかったのだ。しかしムッシュ釜堀氏の恋心はもうどうしようもなく燃え上がっていた。この気持ちを伝えたい。グレートマッスルはなおかに触れたい。抱きしめられたい。もうこれ以上自分を抑えることはできなかった。


 だからいま、ムッシュ釜堀氏は禁忌の地を訪れていた。そう、この町に住む者はみな畏れ敬う、かの偉大なるペロペペロペペペロリン様の祠へと。


「どうか、ペロペペロペペペロリン様お願いします。グレートマッスルはなおかさんとの恋を成就させてくれ、とは言いません。せめて、せめて、わたしがこの思いの丈を伝えられるように、この身体を⋯⋯この男性の肉体を女性にしてくださいッッ」


 ムッシュ釜堀氏は熱心に、熱心に、何時間も祈り続けた。いつしか雨が降ってきていたが、それでもやめなかった。そういう諦めない強い気持ちが伝わったのだろう。頭の中に直接呼びかける声が聞こえてきた。


(ムッシュ釜堀氏、ムッシュ釜堀氏よ、聞こえますか?)


「ハッ !? 聞こえます、聞こえますとも。ペロペペロペペペロリン様でございますか?」


(そうです。私はペロペペロペペペロリン。あなたの声をずっと聞いていました)


「ああ、ありがとうございます、ありがとうございます」


(いえ、礼には及びません。⋯⋯なんというか⋯⋯言いにくいのですが、あなたの願いを叶えることはできないのです)


「エェッ !? なぜ、なぜなのですか?TSをこよなく愛されるペロペペロペペペロリン様のお力なら、わたしを女性化することなど容易いはず」


(いいですか、ムッシュ釜堀氏よ、たしかに私はTSが大好きです。しかし、この場合は当てはまらない。なぜかわかりますか?)


「いいえ、わかりません、わかりませんとも。なぜわたしではいけないのです !? 」


(私がTSのなにを愛するか?それは、その対象者が異性の肉体に変化し、違いに戸惑うその様に、非常なる ”萌え“ を覚えるのです。でもあなた、心は女性ではないですか。女性の身体にしたところで戸惑ったりしないでしょう?それじゃあ萌えない萌えない)


「いや、しかし、わたしだって女性になったら少しくらい戸惑いますよ。トイレとか⋯⋯」


(それだけではないのです。私は身体を異性に変化させることはできますが、年齢を若返らせることはできません。それで、そのう⋯⋯ほら、あなたけっこう御歳を召してらっしゃるでしょう?残念ながら私のストライクゾーンからはちょっと⋯⋯)


「そ、そんなぁ」絶望に膝から崩れ落ちるムッシュ釜堀氏。


(てことなんで、まあ、ほんとごめんね。他のことだったらできるだけ話聞くから⋯⋯あっ、ちょっと待って、電話がかかってきたみたい。ちょっとゴメンね、今日はこのへんで、バイバイね)


 そこで頭のなかの声は途切れた。ムッシュ釜堀氏は慟哭する。天高くまで響いたその嘆きの声は、勝手口から顔を出したユカリ嬢の兄にぶん殴られるまで、止むことはなかった⋯⋯


 その後、魔人グレートマッスルはなおかとユカリ嬢がうまく結婚までその歩みを進めたことはすでに本編で述べた。ムッシュ釜堀氏はグレートマッスルはなおかのよき相談相手として、結婚式に招待された。そこで彼が流した涙を友情の証と勘違いしたグレートマッスルはなおかは、以後もムッシュ釜堀氏と厚い親交を結んだのだった。


 了



あとがき


 どうも作者です。ここまで読んでいただきまして誠にありがとうございます。

 私がなぜこの場にしゃしゃり出てきましたかといいますと、ちょっと自作の宣伝をしようと思いまして。作中登場したムッシュ釜堀氏の小説『先輩でいたいだけ』ですが、あれ元ネタがありまして、カクヨムに投稿してあります。ちょっと違いますが、ムッシュ釜堀氏の切ない想いを汲んで、読んでいただけたらと思います。以下のリンクからどうぞ。


 後輩でいたいだけ

 https://kakuyomu.jp/works/822139837575993015



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サラダスパゲッティはサラダじゃない、スパゲッティだ。 AKTY @AKTYT

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