第2話 トリさんの窓破りとシャケの押し付け


 ​月影が目を閉じ、次に開けた時、部屋の様子は一変していた。

 ​障子窓は、破壊されたような痕跡がない……割れていない。

 しかし、空間そのものが、まるで布のように引き裂かれたかのような異様な視覚エフェクトと共に、そのは室内に侵入していた。


 ​「な、なんだと……?」


 ​六畳間の畳の上に、ニ本足で堂々と立つのは、カクヨムのマスコットキャラクター、トリさんだった。


 鮮やかな雀色の身体に、知的な黒い目、そして身体の大きさの割りに小さなくちばし

 その足元には、スーパーのパックに入った塩焼き鮭の切り身が、開封された状態で十数枚、飛び散っている。

 部屋中に鮭を焼いた香ばしい匂いが充満した。


 ​トリさんは、威風堂々とした態度で月影に向き直る。

 ​そして、高らかに、まるで大河ドラマの主役のように叫んだ。


 ​「空を飛べども鳥でなく、人語を解せど人でなく、しかしてその実は……カクヨムのマスコット、トリさんなんだホッ!!」


 ​月影は、手にしていた木刀が抜け落ちそうになるのを必死にこらえた。


「か、カクヨムのマスコット?

 貴様、こんな真夜中に俺の部屋で何をやっているんだ!」


 ​トリさんは、月影の質問を完全に無視した。

 その黒い瞳が、机の上のチキンと熱燗を捉える。


 ​「ほう。やはりチキンを用意しているんだホッ?」


 ​トリさんの動きは素早かった。月影が制止する間もなく、小さなくちばしを伸ばし、月影のささやかな楽しみであるローストチキン一本を鷲掴みにし、そのまま空中へ持ち上げた。


 ​「無粋な奴め!返せ!」月影が思わず立ち上がろうとする。


 ​「チキンを食おうとしてるんだホッ!?

 50代後半にもなって、クリスマスにチキンとは!

 邪道なんだホッ!」


 トリさんは憤慨したような声で叫ぶ。


「チキンは若い者の浮かれた食べ物なんだホッ!

 時代小説を愛するド底辺アマチュアが、そんなものにうつつを抜かすんじゃないんだホッ!」


 ​そして、奪ったチキンを脇に抱え込んだまま、トリさんは飛び散った鮭の切り身パックから、一番美味しそうな一切れを掴み出すと、チキンがあった場所に押し込んだ。

 さらに、沸騰しかけていた熱燗の徳利に近づき、懐から取り出した小さな袋から、乾燥させた鮭フレークを豪快に振りかける。


 ​「熱燗にはシャケなんだホッ!

 これがクリスマスの王道なんだホッ!」


 ​月影は憤怒に震えた。


「貴様! 俺のチキンを奪い、酒に妙なものを混ぜ、部屋を鮭の切り身だらけにして、何を言っておるのだ! 武士の風上にも置けぬ! 」


 ── 武士ではないが、時代歴史小説の世界から抜け出せていないようだった ──


 ​「武士がどうしたんだホッ!?」


 トリさんは、塩焼き鮭をそのままかじりながら熱弁を振るう。


 ​「歴史を愛するならば、歴史の真実を知るべきなんだホッ!

 クリスマスにチキンを食べるのは、所詮、外国から来たブームなんだホッ!

 しかし、シャケは違うんだホッ!」


 ​トリさんは畳に散らばる鮭の切り身を指し示す。


 ​「7年前に立ち上がった偉大な怪人サモーン・シャケキスタンチンの教えを忘れたのかホッ!?」


 ​ 月影は、頭が混乱した。


「怪人? シャケ? 俺は歴史小説家だぞ!

 そんなヨタ話を知るわけがない!」


 ​「ダメなんだホッ!」トリさんはニ本足で畳を踏み鳴らす。


「シャケこそが、日本の歴史と文化を、深海から支えてきた存在なんだホッ!

 チキンは脆い! シャケは強い!

 シャケこそが、歴史の流れを変える王道なんだホッ!」


 ​トリさんは、さらに月影のスマートフォンに目をつけた。


 ​「時代小説家なら、文豪を知ってるんだホッ?

 昔の文豪は皆、シャケを愛したんだホッ!

 脳に効くんだホッ! DHAパワーで執筆が捗るんだホッ!」


 ​月影は、その突飛な論理展開に完全に押し負かされていた。

 チキンを奪われ、熱燗を改造され、挙句の果てに鮭を齧る文豪の話を聞かされる。


 ​「うるさいんだホッ! 論よりシャケなんだホッ!」


 ​ トリさんは、そう叫ぶと、素早く塩焼き鮭の切り身を月影の口元に突きつけた。


 ​「さあ、食べるんだホッ!」



 ​ ── 続く ──



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