第4話:17発
試験当日の早朝。
まだ薄暗い寮の自室で、俺は机の上に並べた銃弾を見つめていた。
試射を終えたあと、今日までに製作できた銃弾だ。
鈍く光る真鍮の薬莢。その先端には、鉛色の弾頭が押し込まれている。
全部で17発。
これが、俺の財布の中身のすべてであり、これからの命綱だ。
「……一発、300ガメル」
俺はため息交じりに呟き、一発を摘み上げた。
重い。重量以上に、色々な重みが指先にのしかかる。
この一発を作るのに、俺の1週間の食費と同等のコストがかかっている。
だが、問題は金じゃない。
全財産を叩いても、たった17発しか用意できなかったという事実だ。
弾薬(アモ)が尽きれば、俺の『ピースメーカー』はただの鉄塊になり、俺は無力なGランクに逆戻りする。
「外せないな。絶対に」
俺は弾薬をベルトのループに差し込み、残りの6発をピースメーカーのシリンダーに装填した。
カチリ、カチリ。
一発ずつ弾を込めるたびに鳴る金属音が、俺の覚悟を固めていく。
有り合わせで作った左脇のショルダーホルスターを装着し、その上から制服の上着を羽織る。
鏡の前でポーズを取り、銃が外から見えないことを確認する。
ピースメーカーの4.75インチ(約12センチ)という銃身は、隠し持つにはギリギリのサイズだが、上着のシルエットに違和感はない。
準備は整った。
俺は部屋を出た。
◇
ダンジョンの入り口広場には、すでに多くの生徒が集まっていた。
煌びやかな杖を持った貴族の生徒たち。最新の魔導アーマーを着込んだ戦士科の生徒たち。
皆、これからの実技試験に向けて気合が入っている。
そんな中、俺たち低ランク(E、F、Gランク)の生徒は広場の隅に固められていた。
装備はボロボロの革鎧や、刃こぼれした剣。
「注目!」
演壇に立ったガストン教官が声を張り上げる。
ざわめきが収まり、視線が集まる。
「これより班分けを発表する。今回は特別措置として、上位ランクの生徒と下位ランクの生徒を混合したパーティを編成した」
どよめきが起こる。通常ならランクごとの編成だ。
それから順次パーティーが発表されていき、いよいよ俺の番になった。
「カイル。貴様は第4班だ。リーダーはDランクのバリス。……貴様の役割は『ポーター(荷物持ち)』兼『スカウト』だ」
教室中からクスクスという笑い声が漏れる。
ポーターとは名ばかりの雑用係。スカウトとは、罠や魔獣の有無を体で確認する危険な役割のことだ。
「おいおい、足手まといを押し付けるなよな」
バリスが露骨に嫌な顔をして近づいてきた。
後ろには取り巻きの男子生徒が二人。どちらも魔術師だ。
「よお、無能。俺たちの荷物を持ってついてこい。間違っても戦闘に参加しようとするなよ? 邪魔だからな」
「……あぁ」
俺は短く答え、彼らの荷物――キャンプ道具や予備の食料が入った巨大なリュックを背負った。
重い。身体強化の魔法もなしにこれを持たされるのは、ただのいじめだ。
「武器チェックを行う! 列を作れ!」
教官達による所持品検査が始まった。
不正な魔導具や、禁止されている劇薬の持ち込みを防ぐためだ。
生徒たちが杖や剣を提示していく。
俺の番が来た。
衛兵は手元のリストを確認し、俺を見た。
「カイル、Gランクだな。……ふむ、魔力反応なしか」
「はい」
教官は俺の身体をざっと目視し、背負ったリュックの中身を軽く確認した。
「危険物の持ち込みはなし。よし、通っていいぞ」
「ありがとうございます」
ボディチェックは最低限で済んだ。
魔力を持たないと、危険な魔導具を扱えないため、チェックが簡易的になる傾向がある。
あるいは、単に武器を持っていないように見えたからだろう。
(……好都合だ)
俺は内心でほくそ笑んだ。
上着の下、左脇にあるショルダーホルスターには、6発の銃弾が装填されたリボルバーが眠っている。
誰にも気づかれずに「切り札」を持ち込めた。
◇
試験会場となる『試練の洞窟』。
薄暗い洞窟内を進む俺たちの足音だけが響く。
先頭を歩くのはバリスたち。俺は数メートル後ろを、重い荷物に担ぎながらついていく。
「おい、ゴブリンだ!」
通路の角から、緑色の小鬼が三匹現れた。
最弱の魔獣だ。剣があれば一撃、魔法なら下級呪文で十分な相手。
「俺がやる! ファイア・ボール!」
「ウィンド・カッター!」
バリスたちが色めき立ち、一斉に魔法を放った。
狭い通路を、炎の塊と風の刃が埋め尽くす。
ドオォォン!!
爆音と共に、ゴブリンたちが吹き飛んだ。
壁が焦げ、土煙が舞う。
オーバーキルもいいところだ。
「へっ、楽勝だな!」
「見たかよ今の威力! 俺たち最強じゃね?」
ハイタッチを交わして喜ぶバリスたち。
その後ろで、俺は深い深いため息をついた。
(……馬鹿か、こいつらは)
俺は心の中で毒づく。
今の魔法、一発でMPを50は消費している。
それを三人がかりで、たかがゴブリン数匹相手に使用した。
コストパフォーマンスが悪すぎる。
「(無駄だ。無駄の極みだ。ネライも悪いし、連携も取れてない)」
俺の懐にある一発300ガメルの弾丸と比べて、彼らの魔力は「湧いてくるタダの資源」だ。だからこそ、使い方が雑になる。
その甘えが、俺には我慢ならなかった。
「おいカイル! 何ボサッとしてんだ、魔石を拾え!」
「……はいはい」
俺は無言で黒焦げになったゴブリンの死体を漁り、小指の先ほどの魔石を回収した。
こんなクズ魔石じゃ、俺の弾代の足しにもならない。
◇
第二層へ続く広場に出た時だった。
「ブモオオオオッ!!」
野太い咆哮と共に、岩陰から巨体が躍り出た。
豚の頭を持つ亜人――オークだ。
身長は二メートルを超え、手には錆びた大斧を持っている。
ゴブリンとは格が違う。Dランク相当の魔獣だ。
「うわっ、オークだ! 撃て、撃てぇ!」
バリスが慌てて杖を振る。
取り巻きたちもデタラメに魔法を放つ。
だが、焦りで照準が定まっていない。炎はオークの肩を掠めるだけで、分厚い脂肪と筋肉に阻まれて致命傷にならない。
「ガアアアッ!」
痛みに激昂したオークが、猛スピードで突進してくる。
魔法使い特有の「近寄られたら終わり」という恐怖が、バリスたちの足をすくませる。
「ひ、ひぃッ!? 来るな!」
「カイル! お前が盾になれ!」
バリスが俺の襟首を掴み、前に突き飛ばした。
態勢を崩した俺の目の前に、オークの醜悪な顔と、振り上げられた大斧が迫る。
死ぬ。
普通の人間なら、そう思って目を瞑るだろう。
だが、俺の意識は冴えていた。
スローモーションのように流れる時間の中で、俺の思考は加速する。
(距離、約5メートル。)
(味方の位置、後方。射線クリア。目撃リスク、なし)
バリスたちは恐怖で腰を抜かし、顔を背けている。
今なら、誰にも見られない。
俺の手が、流れるような動作で上着の下へ滑り込む。
グリップを掴み、引き抜く。
その数秒の動作の中で、俺の親指はすでに撃鉄(ハンマー)を弾いていた。
照準(サイト)を覗く時間はない。
感覚だけで射線を結ぶ。
ゲーマー時代に何万回と繰り返した、画面(モニター)の中央に敵を捉える感覚。
――今だ。
カチリ、というコッキング音が鳴る暇さえなく、俺はトリガーを絞った。
ズドン!!
狭い洞窟内に、落雷のような轟音が響いた。
赤いマズルフラッシュがオークの視界を覆う。
「――ッ!?」
オークの動きが止まった。
眉間の中央に、ポッカリと赤い穴が空いている。
後ろへ突き抜けた衝撃で、巨体が仰け反るようにして倒れた。
ドサァァァッ……。
地響きを立てて沈黙するオーク。
俺は硝煙が晴れるよりも早く、銃をホルスターに戻し、何食わぬ顔で腰を抜かしたふりをした。
「……え?」
遅れて顔を上げたバリスが、呆然と目の前の光景を見る。
自分たちを殺そうとしていた怪物が、一瞬で死体になっている。
「な、なんだ? 俺の魔法が遅れて効いたのか?」
「そ、そうだよバリス! やっぱりお前の魔法すげぇよ!」
都合の良い解釈をして盛り上がる馬鹿ども。
俺は心の中で毒づきながら、自分の懐をそっと押さえた。
「(……残弾16発。)」
命拾いはしたが、残弾が減った。
あと16回。
それ以上撃てば、俺は戦える武器を失う。
◇
なんとかオークを倒し、あとは帰還するだけとなった頃。
俺たちは第三層の広場にいた。
ズズズズ……。
不気味な地響きと共に、地面が隆起する。
天井からパラパラと砂が落ちてくる。
「な、なんだ? 地震か?」
動揺するバリスたちの前で、巨大な岩塊が動き出した。
いや、岩ではない。
それは、全身を岩の甲羅で覆った、巨大な亀だった。
「嘘だろ……なんでこんな浅い階層に『ロック・タートル』がいるんだよ!?」
バリスが悲鳴を上げる。
ロック・タートル。防御に特化した魔獣で、通常は深層に生息するはずのモンスターだ。
しかも、目の前の個体は資料で知るサイズと比べて、通常の倍以上の大きさがあるように感じる。
「くそっ、喰らえ! ファイア・ボール!」
バリスが魔法を放つ。
炎の玉が亀に直撃するが、岩の甲羅には傷一つ付かない。
ただ表面が少し煤けただけだ。
「硬すぎる! 通じねえ!」
「魔法が効かないなんて聞いてないぞ!」
パニックになるバリス達。
亀がゆっくりと口を開け、咆哮する。
その風圧だけで、バリスたちは尻餅をつき、恐怖で動けなくなった。
「お、終わりだ……殺される……!」
絶望が場を支配する。
だが、その中でカイルだけ冷静でいた。
俺は荷物をそっと地面に下ろした。
そして、上着の下の相棒(ピースメーカー)のグリップを握りしめる。
硬い? 魔法が効かない?
だからどうした。
(関節、目、口の中。……狙う場所ならいくらでもある)
残弾16発。だが問題は弾数じゃない。
リロードにかかる時間だ。
撃ち尽くしたら、次の6発を込めるのに最低でも30秒はかかる。
その30秒間、俺は丸腰になる
それに弾切れになる前に倒し切らないといけない。
カイルは難易度の高いムリゲーほど、攻略のしがいがあると思い身体を震わせた。
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『魔力ゼロのモブ探索者に転生しましたが、知識チートで「銃」を作って、学園最恐の美少女と契約して成り上がります 』 ダマ @dama-dama27
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